裁きの間
半端!ごめんなさい!
後に残された会場の人々は混乱した。ざわめきが会場に広がっていく。
消え、た…?
王族でない者が魔力を行使した、のか??
どういうことなのだ、これは?
最強と言われる魔力を持つ王族が魔力を行使する時でさえ、対象とできるのは三人が限度だ。それなのに片手で足りない人数が一気に……それに、消えた彼らは何処へ?
それまで守っていた沈黙の反動か、ザワザワガヤガヤと好き勝手に騒ぐ人々。
と、そこに。
「はいはーい皆さんお静かにー」
先程まで王太子たちがいた場所に、予告もなくフッと誰かが現れ、場は一気に静まりかえった。何もないところから現れる、それは魔力を持つ者を意味すると皆が考え、長年の経験によって染み付いた反射で黙ったのだ。
現れたのは真っ黒なマントを頭まで被った、何やら怪しげな者。それが辺りを見回して言う。
「そんなに怯えなくても大丈夫だってー!僕はこの国の王族じゃないしー♪」
場と格好に似合わない、陽気で軽い口調は、人々に肩の力を抜かせた。
「あ、そうそう、さっきの王族たちはねーもう戻って来ないからー、これから国が混乱し過ぎないように、僕がお使いに来たんだよー」
軽い口調でさらりととんでもないことを口にしたその者は、胡散臭いマント姿の正体を探るより前に「とにかくもう王族の恐怖に怯えなくて済む」と笑顔になっていく人々を見つつ、お使い内容を頭の中で整理していた。
ラスパニエール国の未来を見据えて。
他の国民にも笑顔が広がる、未来を。
そのためにお使いに寄越されたのだから。
さて王太子たちは、というと。
「どこだここは!」
真っ暗な空間にいた。王太子が喚くと同時に、彼らがいるだだっ広い広間のような空間がパッと照らし出される。
『本当に喧しいやつだ。まあここに来る者の大半はそんなものだがね』
暗闇からゆっくりと姿を現した背の高い黒髪の女は、端正な顔を鬱陶しげにしかめて言った。
「だ、誰だお前は!!」
女が醸し出す独特で威圧的な雰囲気に呑まれかけながらも王太子は喚く。女は、ああと呟いて、指をパチンと鳴らした。
『これで分かるだろう?』
栗色の髪の令嬢。
「スザンヌ・ド・フィーネエッタ!!!」
再びパチンと指を鳴らして黒髪の女の姿に戻ると、彼女は呆れたように溜息をついた。
『そんな令嬢は存在しないよ。スザンヌは私が変化した姿、架空の存在だ。』
「そんな筈はない!私の父が、私が小さい頃に無理矢理決めた婚約者は確かに……」
言葉を遮るように、口角を吊り上げて女は皮肉に笑む。
『本当にいたか?お前に、婚約者が。』
小さい頃に、婚約者を決めるため保護者同伴の子供茶会が開かれて、それで……
『有力貴族は、いつ気まぐれに娘を殺すかも分からないやつの婚約者の座に娘を就かせるなんて、と拒否して、逃げて行っただろう?』
誰一人、候補にもならなかった。みんな逃げて……
『お前に、婚約者なんていなかった。』
気だるげに女は言った。
『私が、お前や周りの記憶を少しずつ変えてスザンヌという婚約者がいるように思わせていただけだ。』
記憶のどこを探しても、スザンヌが婚約者になった記憶はない。
「この私を騙しただと…?!いやそもそも、私以外に魔力を使える者などいない筈だ!!魔力を操るし私の魔力はかからない、お前は一体何者だ!!」
王太子の問いに、長い黒髪を手で靡かせて女はゾッとする程綺麗に嗤った。
『私は〈裁きを下す者〉だ。』
『ここは裁きの間だよ。ようこそ?』
それを聞いて尚、傲慢にも王太子は笑う。
「は、はははっ!!何だか分からないが、私を裁くだと?私を裁ける者などいないさ!私は国の主、世界の頂点なのだからな!!」
『私は〈裁きを下す者〉。だからお前を裁くことができる。』
女は冷たく言った。
『確かにお前はラスパニエール国の主であったし、世界の頂点にいた。』
『だが、全ては過去のことだ。まだ気付かないのか。』
『ここは現世の理が通用しない場所。死者が生者であった時の罪を裁かれる場所。』
『あの世、だ。』
ヒュッと息を飲む音がした。見れば、王太子に抱きすくめられていた緑色の髪の少女が真っ青になっている。と、次の瞬間に驚いたような表情を浮かべ、呟いた。
「声が、出せる…?!」
それに気付いた瞬間、パッと王太子の腕を振りほどいて少女はしゃがみこんだ。
「身体も動く…のね!!」
自分の身体を抱き締めて震える少女。王太子の「言葉封じ」と「身体硬直」の魔力対象は、スザンヌとこの少女だったのだ。
少女の様子を静かに見つめていた黒髪の女は顔を上げると、
『この件も含めて、お前を裁く必要がある。』
と王太子に突き刺すような目を向けて言った。
いつの間にか彼女の手には、分厚い紙の束があった。
『……やれやれ。報告が多すぎるな。』
椅子に座って台の上に置いた紙の束を捲っていく女は、頬杖をついて面倒そうに言う。彼女が座っている椅子も紙を置いた台も、赤みを帯びた深い黒で、彼女の黒髪と一体化しそうな錯覚を覚えさせた。
座っているだけで、彼女が〈裁きを下す者〉…即ち人とは異なる者であることが分かる。独特の威圧感、存在感、そして…
『ああ、どうだ?魔力を体感しての感想は?』
ふと紙の束から目を上げた女は、ニヤリと笑って王太子に問いかけた。
『お前が、さっきの少女と私…スザンヌにかけていた魔力をそのまま過去から再生して反射させているだけだが…なかなかの屈辱だろう?身動きも喋ることも許されないというのは。』
そう、魔力。女が王太子にかけている魔力は、「人」の中では王太子ただ一人が持っていた筈だったから。何故なら…
『本当は、世界各地に魔力持ちは生まれる筈だった。それを昔のラスパニエール王族の者が、自分の血縁にのみ魔力が集まるように禁術を使った…。そうして世界で魔力を持つただ一つの血筋ができた。だがお前は今世の他の王族の魔力を全て吸いとって自分のものにしていた、だからお前だけが魔力を持ち、他の王族は…』
他の王族は死んだ、若しくは死んだようになった。
王太子の父王は死んだ。王太子が、王を殺すように暗殺部隊に命じたから。王太子を上回る魔力の持ち主に、王太子は武力行使による死をもたらしたのだ。一度に魔力対象とできるのは精々が3人まで…その人数を超えた暗殺部隊に王は抗いきれず、倒された。彼の魔力は、死際に王太子が吸いとった。
親類など元々弱い魔力しか持たなかった者たちも簡単に暗殺されていった。
王太子の兄弟…全員男子だった…は、幼い子も皆、王太子に少しずつ魔力を吸いとられ、生きる屍・影のような存在に成り果てた。生まれながらに魔力を持つ者は、その魔力が生きる活力となっているために、それを失った彼らは最早意思も何もなく生きているとは言えない状態で、それでも地上に留まる亡霊のような存在だった。
存在感が薄いながらも、いまだに王太子の後ろに立ち続ける金髪の青年・少年たちを、女は見やって憐れみに目を細めた。
『魔力を失って尚も生者の世界で立ち続けていた…おおかた、体裁を整えるためにそこの王太子が魔力で縛りつけていたのだろうが…』
王太子より背が高い者、まだやっと王太子の腰辺りに届く程度の小さい子ども…彼らは生者の世界でもこの〈裁きの間〉でも変わらずに無表情で、ただただ影のように王太子の後ろに立っている。王太子の命令にだけ反応し動く人形として。
『お前たちは先に送ってやる。向こうへ行けば肉体はなくなっても自由が手に入るだろうから。』
溜息をついてからスッと椅子から立ち上がった女は、動けない王太子の横を通りすぎて彼らの前に立った。
『上へ。』
彼らに手を翳して、少し表情を和らげた女は呟いた。
『安らぎを。』
優しい声と共にフワリと暖かい風が吹き、女が手を下ろすともう彼らの姿は、なかった。
終わりませんでしたごめんなさい!次のページで何とかします(涙)