第六話 諱と日常
そうだ、左近に訊いてみよう!
「左近……直江兼続って、どこで会える?」
「直江兼続? ああ、上杉家の筆頭家老、直江山城守殿のことでござりまするか? それなら、伏見の城下にいらっしゃると思いまするが……ところで、殿!」
「え?」
「人のことを諱で呼ぶのは、わしのような家臣だけにしたほうがようござる。未来には、このような常識も伝わっていなかったのでござるか?」
「いみな?」
「……ともかく、人のことを諱で呼ぶのは、絶対によしてくだされ!」
「あ、ああ。わかった」
つまり、世間で知られている名前で呼ぶなってことか。左近も家康のことを内府っていってたしな。
「ここから伏見城下まで、どれくらいかかる?」
「ううむ、だいたい騎乗で三時間程度でございましょうな……もし、直江殿を訪れるのなら、明日にしたほうがよろしいと思いまするが」
今はだいたい正午……まあ、そうだな。
「そもそも、殿は……殿は殿でも前の殿のことでございますが……すでに直江殿と話し合いをしておられたようでしたぞ」
「へえ、どんな話?」
「それは、おっしゃいませんでしたが……『左近! ワシには直江殿と練った腹中の案がある……内府めの野望、阻止して見せるわ!』と豪語しておられました……」
それなら、話は早い。三成が話をまとめてくれているみたいだ。
左近が政務のために帰ると、俺は暇になった。奥さんの皎月院には、三成とは別人だとはっきり、判明したときから、構ってもらえなくなった。悲しい……家庭内別居状態だ。
直江兼続のところにいくのは、明日ということにして……今日は、なにをしよう?
俺は考えて結局、この佐和山城下に行って、家臣たちの屋敷にでも行くことにした。親交や絆を深めることは大事だし。どういうところに住んでいるのか、少し興味がある。
俺は城を出て、城下へと繰り出した。どうやら、城の東側が現代でいう、メインストリートらしい。店などが立ち並ぶ繁華街から、家臣たちの屋敷が立ち並ぶほうへと向かう。
どの屋敷も板塀で囲われ、小さいながら庭園まであるようだ。結構、いいところだな。とりあえず、一番最初に目についた屋敷へと飛び込んだ。
すると、庭に……女の子がいた。色白で目がパッチリとしている……こちらに気づくと、小さくお辞儀をして、家の中へ入っていった。
「殿! 殿ではございませんか!」
突然、話しかけられてビックリする。顔を見ると、自己紹介で覚えていた、大橋掃部だった。
「よく、おいでくださいました! どうかしたので?」
「え? いや、ちょっと、みんなと話をしようと思ってな……ところで、さっき、庭に?」
「あ、もしかして、それがしの娘がご無礼でも?」
なるほど……掃部君の娘だったのか。
「いやいや、なんでもない」
「左様でござりまするか……ささ、殿、どうぞ、中へ。それがし、未来のことなどききとうござる! 今の殿は、おとといまでの殿と違って、未来から来た者なのでござろう?」
「そうなんだけど……ずっと不思議に思ってたんだ。なんで、俺というか……ワシの心が前までとは違う、別人なのに……普通に接してくれるんだ?」
「なにをおっしゃいます! 殿は殿でござる、たとえ、心が違っても!」
掃部の案内で家の中へと入る。三成って、いい家臣を持ってたんだな。