第十九話 前哨戦
それからはしばらく、睨み合いが続いた。その間に俺は、大坂城の毛利輝元にもういちど出陣を要請する書状を送った。だが、帰ってきた返事は城内に内通者がいるとの噂があり、出陣は不可能というものだった。
14日になると、家康が赤坂に着陣したとの報告がきた。それを受けた俺は、仮の総大将として軍議を開いた。
諸将が集まる。
「みなさん。結局、総大将である毛利殿の御出馬はならなかった。それで、非常に恐縮ながら、この石田治部少が話をまとめさせていただく。さて、赤坂に内府の軍が着陣したとの報告があった。我らは、どういたすか?」
諸将に質問を投げかける。それに真っ先に答えたのは、家老である左近だった。
「殿! おそれながら、それがしに案があるまする」
「では、言ってくれ」
「ハッ! 小勢で奇襲を仕掛けましょう、こちら側の兵の士気向上にも役立ちます」
確かに成功すれば、士気は確実に向上するだろう。
「ふーむ。それはいい案だと思うが……他のみなさんの意見は?」
「石田殿。ぜひともそれを採用しようぞ。ワシは賛成じゃ!」
と賛同してくれたのは宇喜多秀家だった。
「ワシも賛成ですぞ。内府めに加担する不忠者の横腹にひと突きいれましょう!」
続いて賛同してくれたのは、立花宗茂である。兼続から聞いた通り、この立花宗茂さん、本人はもちろんのこと、率いる兵たちも精強で士気も旺盛だとのこと。
「なるほど。異議のある方はおりますか?」
これなら採用しても大丈夫だと思った俺は。異議を申し立てる武将がいるか確認する。だが、誰もいなかった。
「では、奇襲を仕掛けることにしましょう。ワシの家臣、ここにいる島左近に小勢を率いらせますので……」
帰っていく諸将のなかに、毛利軍の大将である秀元を見つけた俺は、声を掛けた。毛利軍はすでに歴史通り、南宮山に布陣している。
「毛利殿! 毛利殿!」
「うん? 石田殿。なにか御用かな?」
「この度の内府討伐軍の総大将は安芸中納言殿であります。その従弟であり、安芸中納言殿が派遣した軍の大将である貴殿にこの戦いの命運が懸っているといると言っても過言ではありませぬ」
「それは、それは……そこまで期待してくれているとは」
「そこでですが……貴家の家老である吉川殿に注意してくだされ。その者、内通の噂がございます」
「吉川が!?……安国寺もそう言っておったが……」
「ともかく万が一、吉川殿が軍の進路を塞ぐなんていうことになりましたら、無理にでも突破して加勢してくだされ、お頼み申し上げる」
「……承知した。その通りにいたす」
「かたじけない」
秀元が陣から出ていく。一応、念を押したつもりだけど……どうなるか。
軍議終了後、小勢を率いて出陣した左近は戦果を挙げて帰ってきた。
まず、東軍の中村一栄・有馬豊氏の両隊の兵を挑発、それに乗って出てきた両隊と適当に戦闘。退却するふりをして後退、そこに潜ませておいた伏兵を出して、横腹を突いたのだ。
それに宇喜多家家老の明石全登の軍も参戦、両隊に大打撃を与え、それに加えて中村家家老の野一色助義を討ち取るという大活躍だった。
そのまま夜になると、新しい報告が入った。家康は俺の城である佐和山城を攻略した後、その勢いのまま一気呵成に大坂城を攻略するつもりだとのこと。
どう考えても陽動作戦だろ、それ。家康は野戦が得意で城攻めが苦手。それから考えれば、この大垣城に籠城するのが最善策かもしれない。だが、輝元さんはどう考えても出陣する気はない様子。援軍も期待はできないし、なにより俺の知識が役に立たない。
やはり歴史通り、この陽動作戦に乗って、関ヶ原で決戦を挑むべきだろう。しかも今回はこちらの軍勢も史実よりだいぶ多い。勝ち目はあるはずだ。
大垣城に残っていた俺や島津義弘、宇喜多秀家、小西行長ら各隊はひそかに関ヶ原へと向かうことにした。
島津さんから夜襲の提案があるかなと思っていたが、なかった。不思議に思った俺は島津さんのところへ向かって、自分から夜襲の提案をした。だが「内府めの軍は島殿の奇襲に懲りて、警戒しておりましょう。夜襲は危険かと」とのことだった。あれ?
死ぬわけにはいかない、まだ結婚もしていない。この戦いが終わって城に帰ったら、きっと……死亡フラグを立ててしまったような気がするが、そんなの関係ない、勝つんだ!