第十七話 伏見城攻略戦(下)
伏見城は二日、三日、四日と経っても落ちなかった。歴史をたどってしまっているらしい。
8月も迫った日の夜、俺たち伏見城攻略軍は大将、宇喜多秀家の陣で軍議を開いていた。副将となっている小早川秀秋の姿もある。なかなか落ちない伏見城の攻略作戦を考えるためだ。
「さて……皆も承知の通り、伏見城はいまだに落ちぬ。ここでもたもたしていれば、内府やそれに加担する諸将が援軍に来てしまうだろう。なにか、策はないか?」
秀家が意見を募る。それに手を挙げて立ち上がり、しゃべり始めたのは、長束正家だった。
「宇喜多殿……妙案がありまする」
「ほう、なんですかな?」
「伏見城内には我が領内の甲賀の者も籠っております。その妻子を捕え、内通しなければ殺すと脅してみましょう。さすれば、必ずや伏見城は落ちましょう」
確かに名案ではある。妻子を人質にするのは、酷いことだが……こうでもしなければ状況は打開できないだろう。
「誰か、異議のあるものは?」
秀家が諸将に尋ねるが、誰一人として異議を申し立てるものはいなかった。
「では、その案でいこう。長束殿、頼みましたぞ」
「承知した」
「では、これにて軍議は終了。解散」
秀家の軍議解散宣言を聞いた諸将はおのおのの陣へと帰っていく。俺も自分の陣へ戻った。
陣に入ると、島左近、蒲生頼郷、舞野兵庫助の三人が待っていた。
「殿! 軍議はいかがでしたかな?」
左近に尋ねられる。
「ああ。長束さんが城内の甲賀の者を裏切らせるように、工作するらしい」
「ふむ。長束殿は水口岡山城主。甲賀の者が家臣の中にいるとか。成功すれば、落城は間違いありませんな」
「へえ」
「この伏見の城が落ちれば、いよいよ本格的に諸将の軍を展開できましょう。越前や加賀の諸将も大谷殿の根回しのおかげで、前田以外はすべて、味方になったようですし……」
そう見通しを言ったのは、頼郷だった。吉継はやっぱり、頼りになる。
「しかし……金吾中納言や吉川はどう動きますかな? 殿の言葉は効いたとよろしいのですが」
と、心配したのは舞兵庫だ。本当の名前は舞野兵庫助ではあるのだが、言いにくいので略してある。
「うーん。できる限りのことはしたけど……ああ、もっと勉強しておけば!」
いまさら悔やんでみたものの、後悔先に立たず。どうしようもない。あの言葉が効いてればいいんだけどな。
結局、伏見城は8月1日になって落ちた。正家の内通工作が効いたらしく、城から火の手が上がったのである。奮戦していた敵将、鳥居元忠らもさすがに支えきれなくなったらしい。最後は、雑賀鈴木家当主の鈴木重朝が元忠を討ち取った。
伏見城攻略に想定外の時間を掛けてしまった。たった2000人と軽く考えていたのが間違いだったらしい。史実の三成の通りに動いてしまったようだ……
だが、まだまだ戦いはこれからだ。なんとしてでも、家康を討ち取らねば。心配なのは、秀秋と広家である。裏切らずに動いてくれるだろうか。