第十話 帰城後
兼続の屋敷をでた俺たちは、佐和山城へ向かった。結局、帰りも山賊は出なかった。勘兵衛は本当に残念そうにしていたが……本当によかった。城へ夕暮れについた俺たちは、一緒に夕食を食うことにした。すでに用意されていた豪華な食事をつまみながら。供の四人と話す。
「いやあしかし、直江殿とは初めて会いましたが……賢明なお方ですな。殿!」と磯野平三郎。
「そうだな……しかも、俺の時代まで伝わってたことだけどイケメンだしな」
「殿? イケメンとはどういう意味ですか?」
平三郎に不思議そうに尋ねられた。そうか、この時代にはイケメンなんて言葉はなかったから……ええと、言い換えると。
「イケメンっていうのは、未来の言葉で美男という意味だよ」
「なるほど……」
平三郎は納得したようだ。
「ところで、殿。明日はなにをなさいますか?」
「この清助、思うに領内を巡視されてはいいかがでしょう?」
勘兵衛と清助が提案してきた。
「巡視?」
「はい、この佐和山十九万石の領民はみな、殿の善政に感謝しております。元の殿もときおり、領内を巡視しておられました。今の殿もやるべきかと」清助が言う。
「我が父も、それを提案しようと考えていたようでございます」と友勝君。
「そうか……じゃあ、そうしよう」
「殿! それがよろしゅうございます。我らもお供しますぞ!」
ここで、俺がイケメンの意味を説明してから、ずっと黙っていた平三郎が意気揚々と言った。
その後、飯を食い終わると供の四人はおのおのの屋敷へ帰っていった。明日の巡視は、午の刻(正午ごろ)からと決められた。初めての遠出で相当疲れた俺は、行水をして寝ることにした。なぜ行水か? それは……風呂がないからだ。近くに温泉もないし、これが普通なのだとか。ちょっと、悲しい、そして、寒かった。
布団に入った俺は領内の巡視について考えた。…戦国時代の一般市民の生活を生で見られるってのは凄い貴重な経験である。ほとんどの人、というか、現代人は全員できないことだからだ。
だが、こんなことばかりしていていいのだろうか? という思いがよぎった。なんかこう、今のうちにしていくことはないのか? といっても、まだ家康が動き出したわけでもないからな……
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。あいかわらず、外には不寝番がいるので安心だ。