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魔法学生の非日常茶飯事  作者: 岩原和鳴
一年生・一学期編
8/110

好奇心に勝る誘惑なし


カリカリと文字を書く音だけが部屋を満たす。

もうかれこれ二時間はこの状態が続いているだろうか。

ちらりと壁の上の方にある時計に目をやると、二時間どころかもう三時間もたっている。

人はストレスが溜まりすぎると時間感覚が麻痺するというが、これはその状態の一歩手前というところだろうか。


一旦ペンをおき、右斜めにいる魂が抜けたような顔をした友人の肩をたたく。

すると、「はうあっ!?」という言葉と共にさっきまでの死人のような瞳に再び光がともる。

さすがに10分もこの状態の友人を放っておくほど人間として腐った覚えはない。


「おう悪いクエスト…完全に意識飛んでた」


「そろそろ一回休むか?もう三時間もたってるぞ」


時計をみたジャッジが「うわっ!マジかよ!?」と驚いている。

やはり、オレ達の精神面は本格的にヤバいのかもしれない。


「まあ確かにしんどいね…10分ほど休憩しようか」


そう言ってロンが冷蔵庫から水を三杯分取りだし、コップにわける。

ひとまずそれを飲むことで少しは心が晴れたような気がした。


「ていうかもう三時間か…終わる気がしねえよ、コレ」


うんざりした様な顔でジャッジが机に広げられた三人分の宿題を見下ろす。

本来この宿題は入学したばかりのオレ達に配られたかなりの量がある宿題だった。


この宿題は元々、入学してからの二週間で終わらせられるように作られており、実際オレ達以外の生徒はもうこの二週間ですでに終わらせているだろう。

しかし、二週間前のオレ達は一週間で出来る量だと判断し、最初の一週間一切手をつけなかった。

今考えると軽率な考えだと思う。しかし実際この宿題はオレ達なら一週間で出来る量なのだ。


だが、今日までのこの一週間、オレ達には思いもしなかった誤算が生じる。

そう、先週談話室の隣でオレ達三人が起こしたあの大喧嘩だ。

あれのせいでオレ達はこの一週間、学校全体の掃除というブラック会社顔負けの重労働を強いられた。

もちろん、そんなオレ達に宿題をする暇なんてものはなく、今こうやって精神をゴリゴリ削りながらペンを片手に、この大量の宿題を処理をするはめになってしまった。


「やべえ…コレまだ一時間はかかるぞ…」


「言うなよジャッジ…考えないようにしてたのに…」


普段真面目に宿題をするロンも、今回ばかりは答えをみるという学生の最終手段を用いている。

それだけ余裕がないということだろう。


「なあクエスト、この宿題ってお前の魔法で消せねえ?」


「出来るわけねえだろ…無効化魔法(アンチマジック)が万能な魔法だと思うなよ」


「だよなぁ…」とため息をつきながらジャッジが天井を見上げる。

さすがに精神面ではタフなジャッジも、宿題という名の学生の宿敵にはやはり平常を保てないらしい。


「なあ…結局あの『紫色の石』って何だったんだ?」


ジャッジが天井を見上げながらぼやくように呟く。

予想外の言葉にオレもロンも思わずピクッっと体が思わず反応してしまう。


「正直お前らだって気になってんだろ…じゃなきゃもうちょっと宿題進んでるはずだぜ」


確かにジャッジのその言葉は否定できない。

昨日からふとした瞬間にあの紫色の石が頭をよぎる。

それほどオレ達にとってあの魔法石は印象的だった。


「確かに気になるけどさ…確かめようがないし」


「まあ、先生に他言無用だって言われてるしな」


あのときの先生たちは全員必死の形相をしていた。

やはり、それほどあの石には何か大きな秘密があるのだろう。


「いやでもさ…やっぱそんなこと言われるとますます気にならねえ?」


どうやらジャッジはよほどあの石の事が知りたいらしく、身を乗り出してオレとロンに賛同を求めてくる。

まあ確かに、オレもあの石の事は非常に気にはなっている。

だが聞いたところで先生達は答えてはくれないだろう。


「まあそうだけど…だからってどうするのさ?またあの部屋にでもいくって言うのか?」


「そうじゃねえけどさ…」とペンを片手でくるくると回しながらジャッジが考えるそぶりを見せる。

よほどあの石に興味があるらしく、諦めようとする姿勢が全く見られない。


「やっぱ先生の内の誰かに聞くしかねえだろ…」


オレの頭で考えられた答えはこの一つのみ。ジャッジもロンもやはり同じ考えだったらしく何か他の意見を言おうとしなかった。


「…仕方ない。明日マソート先生に直接聞いてみるか」


「その前にまず、コレを終わらせないとね」とロンが横に置いてあったペンを再び持ち、ペラペラとまだ手をつけていない宿題のページを開ける。


オレ達も「はあ…」とため息をつきながらもロンに続き、明日までにこの本当に終わるか疑わしい宿題を片付けていくしかなかった。






 * * * * *







「ああ、眠い…」


眠気眼をこすりながら、目の前の教壇に集中する。

あの後なんとかオレ達はフラフラになりながらも宿題をギリギリ終わらせる事ができた。

今は、こうやって必死に目の前のマソート先生の話を聞く。


しかしやはり睡眠がとれなかったからか、いまいち内容が頭に入ってこない。

ジャッジはすでにやすらかな寝息をたてており、ロンも心なしか頭がフラフラしている。

他の生徒がカリカリとノートをとっていくなか、オレは眼を閉じないことを最優先にするしかない。

しかし、やはり限界がある。突然オレの体にかかる重力が急に重くなったように感じ、思わず机に突っ伏してしまった。


(あ…もう限界だ)


そのままオレはゆっくりと瞳を閉じ、暖かい眠りのなかに誘われていった……






 * * * * *








「おい、起きろ…おいクエスト!!」


突然耳元で発生したオレを呼ぶ声で眼が覚める。

横を見るとサラムがオレの肩を揺さぶりながら声をかけていた。


「うお…サラムか…今何時間目、、?」


「なにいってんだよ。もう今日の授業は全部終わったぞ。」


そう言われて周りをみて、あまり生徒がいないこの状況に気づきハッとする。

どうやらサラムは放課後になってもまだ眠っていたオレに気づきわざわざ起こしてくれたようだ。


「サンキュー、サラム…ロンとジャッジは?」


「え?俺がここに来たときにはもうお前しか寝てなかったけどな」


「もう起きて部屋に戻ったんじゃねえの?」と頭をポリポリとかくサラムの言葉を聞いて、あの二人に言い様のない怒りが込み上げてくる。

あいつら…オレを放って帰りやがったな…!


「悪いサラム、オレももう部屋に戻るわ」


机の横にかけてあったカバンを肩にかけ、椅子からゆっくりと立ち上がる。

もしも部屋であの二人がスヤスヤと眠っていたら思いっきりおこしてやろう、などと考えながら、教室のドアを開け、サラムと挨拶を交わし廊下を歩く。


すると、前からマソート先生が脇にファイルや書類を抱えながら歩いてきた。

どうやらオレに気づいたらしく、どこか呆れた様な表情を浮かべる。やはり、俺が授業中に爆睡して、そのままこの放課後まで眠っていたことを知っているらしい。


「今ごろお目覚めか、クエスト。俺の授業を聞かずに眠るとはなかなかいい根性だな」


「いや…本当すいません…」


内心ビクビクしながら謝ると、「まあいい、明日は寝るなよ」と言ってオレの横を通りすぎていく。

オレもそのまま部屋に帰ろうとするが、ふと頭にあの紫色の石が頭をよぎった。


「あの、先生!」


少し声を張り先生を後ろから呼ぶと、先生が「何だ」といってこちらを振り向く。

やはり、直接聞かなければダメだろう。そうしなければこの好奇心を抑えられない。


「昨日の…いや一昨日のあの紫色の石って何なんですか?」


すると、まるでオレがこの事を聞くのが分かっていたように先生はため息をつく。


「…お前で三人目だ」


「…はい?」


「もう今日だけでロンもジャッジも全く同じ質問を俺にしてきてんだよ」


もううんざりだ、とでも言いたげな表情で先生が頭をかきながら答える。

まさか、あいつらも全く同じことをしていたなんて…


「…仕方がない、お前には少しだけあの石について教えてやる」


「また明日も聞かれるのは面倒だからな」といって先生が答える。

まさか本当に教えてもらえるとはおもっていなかったのですこし驚いた。


「あの魔法石はな、この学校を守る結界の役割をしてんだよ」


「結界…ですか?」


「ああ、この学校に入ろうとする部外者や犯罪者をいれないためにな」


確かにこの学校は歴史があり、この前掃除をしていたときもかなり貴重そうな備品が数多くあった。

なるほど、あの石の魔力ならこの広い学校でも非常に強力な結界魔法を張ることができるだろう。


しかし、まだ疑問が残る。それはあの石に秘められた魔力の量だ。

あの量はおそらく人間数千人分はある。それほどの魔力をあの程度のサイズの魔法石に封じておけるはずがない。

本来なら、あれほどの魔力をあんな一ヶ所に留めておくと魔力が暴発してこの学校はおろかこの隣町まで被害が及ぶだろう。

なのに、あの石は暴発していない。それは何故……


「先生、あの石は本当にただの魔法石なんですか?」


オレの質問を聞いた先生の表情が一瞬ひきつる。どうやら先生はオレが言いたいことに気づいたようだ。


この反応は…間違いなく何かある。


「クエスト、一つ忠告してやる」


先生がいつも以上に真面目な目をして口を開いた。


「世の中にはな、知らない方が幸せな事っていうのが必ずあるんだよ」


「質問はここまでだ」と言って足早に先生が立ち去っていく。

今の先生は、どこか悲しそうで、それでいて辛そうな表情をしていた。


(あの石は…まさか…)


ナイナイと頭をふって頭に浮かんだ予想をかき消す。

そんなはずがない。そんなモノがあってたまるか。


(二人には『結界の役割をしている』っていう部分だけ話すか…)


胸に残ったくすぶるような不安をかき消すように、オレはカバンの持ち手を強く握り直し自分の部屋へと向かった。



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