制御不能の怒り
「……ん」
窓から差し込んでくる朝陽が白石竜生の意識を眠りから覚めさせる。そして眠ることで逃避していた現実も竜生の精神に重くのしかかる。
昨日悪徳新興宗教の教祖の精神が壊れる一歩手前まで叩きのめし、さらにトドメを刺す直前になるまで暴走していたのだ。赤羽龍斗が竜生の手を掴んで制止していなければ教祖の頭は踏みつぶされたザクロのようになっていただろう。
『落ち着け。お前に出した命令はハデに暴れて敵大将の足止めだったろ? ボコすのはかまわねぇけど、殺すのはダメだ』
その言葉で竜生はハッと自我を取り戻す。自我を取り戻したのに当て身されて意識を狩り取られたが。
『悪いな、オシオキとでも思っといてくれ。もしお前が暴走したら僕がお前を殺さなきゃならないとこだったんだぞ』
薄れゆく意識の中竜生は、次龍斗に会ったらちゃんと謝罪しようと心に誓った。
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ベッドから若干倦怠感の残る体を起こし目をこする。ふと手を見る。昨日教祖を殴り続けていたときの感触がまだ生々しく残っているような気がした。罪悪感で脳が無理やり覚醒され、それを振り払うように竜生は洗面台へと足を運ぶ。
冷たい水で顔を洗うと、寝汗でベタベタしていた顔がスッキリした。ふと鏡を見る。青い瞳が自身を見つめている。
『なぜ殺さなかった?』
「ッ?!」
鏡の中の自身が喋る。鏡の中の自分は、その凍てつくような青い瞳になんの感情も浮かべず話を続ける。
『あの教祖とかいうやつは誰から見ても悪党だった。お前も襲撃前に資料を見せてもらっただろう? あの教団が行っていた吐き気を催すほど邪悪な所業を。なぜお前の手で下そうと思わなかった?』
「それは、龍斗さんに止められて……」
『意識を取り戻したとしても一瞬あれば殺せていたはずだぞ? 事実あの教祖はもはや再起不能だろう、殺してラクにしてやるのも手だと思うが?』
「それでも、僕は殺すために特訓してた訳じゃない!! 大事なものを護るために僕は戦うんだ!!」
『殺す覚悟も殺される覚悟もないものが戦いを語るな。力はあっても覚悟がなければ、敵にとってはつけ入る隙となる。大事な他人どころか自分すら守れないものが偉そうに守るなど』
「黙れ!!!」
ガシャァァァァン!!!
反射的に鏡を殴り割る。手が震え、息が上がり、寝汗を流したばかりだというのに、竜生は全身を冷や汗で濡らしていた。洗面台に置いた手の甲の鱗と割れた鏡の破片が変わらず煌いていた
どこかで理想を抱いていた。どこかで自分なら大丈夫と。でも現実はそうじゃなかった。容赦なく襲い来る殺気を帯びた現実。認めたくない。でも、それでも、さっきの鏡の自分の言い分は全くの正論だった。自分の力に対して竜生は全くの無力だった
「ボクは……どうすればいいんだろう……」
竜生はその場にへたり込み、泣いた
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「あー……思ったより深刻だコレ」
竜生に割り振られた部屋の前、腕組みをしてドアにもたれかかる龍斗は呟いた。新人の、特に思春期の龍化者によくあることなのだ。思春期にありがちな万能感で慢心し、理想と現実のギャップに苦しみ、心を病んでしまう。いきなり切った張っただの殺す殺されるだのとは無縁の世界で暮らしていたのだから無理もないのだが
これは学生から社会人になるものによくある心理状態だ。龍殺しではさらに抗えぬ龍の本能まで加わってしまい、挙句極限龍化し討伐されてしまう例もある。
かつ竜生は強力な能力を持つ翼持ちだ。龍化者に宿る龍に関しては謎が多いが、力を持つ龍は自我を持ったまま人間に宿ることもあるという。
「……ったく。アイツはどこへ行ってもカタブツだなァ。もうちょっと柔軟に物事を捉えろっての。あー、竜生はしばらく出撃はナシだな」
壁から背を離し、ニット帽ごしに頭をかく龍斗。と、そこに二つの小さな影が近付いてきた
「リュウト兄ちゃんどうしたの? なんだか、浮かない顔してるけど」
「どうしたのリュウト兄ちゃん? 浮かない顔してるけど、なんだか」
二つの影は小さな少女二人だった。顔は双子なので非常にそっくりだが、髪の色は金髪と銀髪とわかりやすく別だ。まるで鏡合わせのように互いのいる方向へ向かって首を傾けながら、不思議そうな目を龍斗に向けている
「お前らか。新人がちょっとヘコたれててな、まぁ致し方なしってヤツだ」
「よくわかんない。アリス、わかる?」
「ううん、私もよくわかんないよイヴ」
「お前らが気にすることじゃねぇよ。ところで最近はどうだ? 能力の方は?」
グリグリと手加減しつつ二人の頭を撫でる龍斗。姉妹はそれを心地良さげな表情でくすぐったそうに身をよじらせている。やり取りだけ見れば久しぶりに親戚のお兄さんに出会った姉妹のようだ。
「うん、お姉さんが安定してるって言ってたよ!」
「そう、前みたいに爆発とかしなくなったよ!」
「おーいいじゃん、そうかそうか! じゃあ外出許可が出る日も近いな!」
「ホント!? ウソついちゃヤだよリュウト兄ちゃん!」
「ホントに?! ウソつかないでねリュウト兄ちゃん!」
「(まぁ保護者は必須だろうけどな……お、いいこと思いついた!)」
双子には見えない角度でニチャァと笑顔を浮かべる龍斗だった
新キャラが出ました。アリスちゃんとイヴちゃんです。ロリです。可愛いのです