踏み出した世界の指南書
長々お待たせして申し訳ない、今回説明が主になるかな
「そらそらそらそら!!」
「うわ、うわわわわ……」
龍殺し本部内の訓練道場にて。二人の龍化者が組み手をしていた。一人は赤羽、一人は竜生。なんでも龍の力を自分で制御するために必要な事なのだとか
組み手、というよりは赤羽の一方的な攻撃を竜生がやっとの思いで避けているといった具合か。赤羽の足技主体のラッシュに息を付く暇も無く竜生は後ろにずっこけ、倒れた
「うわ?!」
「オラァ!」
ズドォン!!
竜生の顔面数センチ横の床が赤羽のストンプを受けてひび割れた。勝負あり、今のが本番なら確実に竜生は死んでいただろう。放心したような表情の竜生。なんだか口から魂が抜けかけているような感じさえある。赤羽は余裕の表情で竜生に背を向ける
「まだまだだなぁ。まぁついこの間まで一般人だったからしょうがないんだろうけど……ッ?!」
背を向けて歩き出そうとした瞬間竜生が倒れたままロケットのように飛んできた。赤羽は咄嗟に尻尾でいなす。いなしとはいえ強烈な横からの衝撃で竜生は道場の壁にめり込むほど叩きつけられた。今度こそ竜生はのびてしまった
「危ない危ない……ちょっとずつ戦いへの渇望が生まれてきたかな。ここからが正念場だ」
尻尾をズボンの腰の辺りに開けた尻尾用の穴へとしまいながら赤羽は呟く。竜生が目覚めたときのために、赤羽はのびた竜生をほったらかしにしてスポーツドリンクを取りに部屋を出て行った。
竜生は夢を見ていた。あたり一面真っ白な世界のあの夢だ。今度は竜生は竜生の姿でそこに立っている。見回すと、ぽつんと一つの人影が遠くに見えた。蹲り泣いているようにも見える。竜生が近寄ろうと走り出した途端、巨大な声がその空間全体を震わせた。驚いて思わず歩みを止めて辺りを見回す
『アナタがあれを追いかければアナタはアナタではいられなくなる。だからといってそこにいたままならばアナタは一生中途半端なまま。アナタはどうしたい?』
バシャァァァ!
「っぷぁ?!」
「おう、目が覚めたか。随分と長く寝ていたな、何かいい夢でも見たか?」
顔面に水かけてまで起こす必要があったのか。鬼、悪魔、赤羽!!
「…………いえ」
「………そうか。ホレ、スポドリだ、飲んどけ。今日はここまでにしよう」
スポーツドリンクを竜生に渡し、赤羽は踵を返して歩き出す。手渡されたスポーツドリンクのペットボトルの表面は結露で濡れていた。どれくらいの間自分は眠っていたのだろうか。と、赤羽が唐突に口を開く
「自分を貫くには結局力は必要になる。だがそれは身体能力や龍化能力ばかりじゃない、自分を保つ心の強さが一番に必要だ。捻じ伏せるか、共に歩むかはお前次第だ」
意味深な言葉を残して赤羽は道場から出て行った。スポーツドリンクを口に運ぶ。スポーツドリンク特有の甘酸っぱい味が口内を満たす。僕はどうしたいのだろうか。さっきの組み手で尻餅をついて転んだとき、一瞬意識が無くなった。気がついたら自分は倒れており、道場の壁の一部が壊れていた。自分の体に何が起こっているのだろうか。
と、ペットボトルの置いてあった場所にメモ用紙と、ボタンのついた大振りのUSBメモリが落ちている。
『コンピュータールームは龍殺し本部3階の中央にある。夕方5時までなら龍化者でも自由に利用できる。自分の力を制御するには、自分が今なんなのかを知る事も大切だ。なお『目が覚めたらトカゲっぽくなってたwww』とか呟いたり掲示板に書き込んだりしたらお前がデリートされるかもしれないのでそこのところ注意せよ』
少々緊張感に欠けるメモ用紙とUSBメモリを持って竜生は道場を後にした
後日メモ用紙に書いてあった場所へ行ってみると、そこには立派なコンピュータールームがあった。全てが最新の型、それが教室くらいの大きさの部屋いっぱいに並べられている。
「やぁ。待っていたよ、金煌龍の白石君。計算どおりだ」
唐突に横から声が飛んできたので驚いてビクッとなってしまった竜生。入り口のすぐ横に机が置いてあり、そこに男が一人座って本を読んでいた。竜生の驚いた反応など意に介さないかのように男は手元の本を読み続けている。
眼鏡をかけ、長い髪は一房残した前髪以外は全て後ろで括り、裾が異常に長いダークグリーンのパーカーを着ている。見るからに変人だ。
「あの……金煌龍って……?」
「聞いていないのかな? 君の龍化者としての呼称のようなものだ。金剛龍とか色々案はあったのだけれど、私としては金剛と呼ぶには君は貧弱という事で近しい銀の色の名前をつけたほうが良いのではと思ったのだが、あの幼女もどきが『パツキンなんだから金でイイでしょ』とかのたまわりやがって、まぁそれはいい。
そしてそんな君のデータはすでに私の脳にインプット済みだ。出生から今に至るまでの君のデータだがね。君は今世間から隔絶された存在、いわばいないはずの人物だ。
普段の行動ならまだしも犯罪などニュース沙汰をおこされるとこちら側としても非常に困る。なので私がデータ管理を行っている。まぁ龍殺しのデータ管理を一手に担う私だ、君一人の個人データ管理など造作も無いよ。ところで君は何をしにこの部屋に来たのかな?」
メガネをクイッと押し上げ、本のページをめくる男。ガトリング砲のごときトークに竜生はたじろぐ。
「え、えっとですね……」
「む? そのUSBメモリ………貸したまえ」
男は本を閉じ竜生の手に持っていたUSBメモリを目ざとく見つける。勢いに押され竜生は男にUSBメモリを渡すと男はメモリについていた何かのボタンを押す。
すると機械音声で『マル秘事項!』という音声がメモリから流れる。
それを聞くと男は端子カバーを外しなんとメモリを耳の穴に突き刺した。驚く竜生をヨソに男は目を瞑りなにやらブツブツとうわ言を言い始める
「うむ……データ認証……閲覧者白石竜生……パスコードロック解除……」
作業が終わったのか男は耳からUSBメモリを取り外し、端子カバーをつけなおして竜生に返す。
「E列、3番目のパソコンを使いたまえ。起動したらメモリをパソコンの端子に入れれば君の求めるものを閲覧する事ができる。私の名前は園崎 錠碌。龍殺しの情報の番人だ」
言いたいことを言うだけ言うと園崎は再び本に眼を落とし読み始めた。なんというか、マイペースをこじらせたような、一つの事になると周りが見えなくなるタイプというか。この組織のデータ全てを扱うという事は、悪い人ではないのだろう。多分。
竜生は言われた場所へ行き、パソコンの電源を入れUSBメモリを端子に突き刺す。自動的にパソコンがメモリを読み込み、新たなタブが開いた。そこにはこう表示されている。
『マル秘 龍化者についての報告』
この情報は極めて高い秘匿性を含むものであり、龍殺し機関長『ソロモン・レクター』に寄る許可と、龍殺し情報管理局局長『園崎 錠碌』によってパスコードロックを解除しなければ閲覧する事はできない。閲覧後は速やかに園崎定碌へと返却せよ
竜生は生唾を飲み込みつつ次のページをめくる。自分は今社会の裏の最深部に保存されている恐ろしい真実を知ろうとしている。緊張からか変な汗も出てきたが、自分がココまで足を踏み入れた以上後戻りは出来ない。許可が出されているとはいえ、なにか罪悪感のような感情を覚えつつも竜生は次のページへと進める
作成者 赤羽龍斗 ソロモン・レクター
この情報は赤羽龍斗とソロモン・レクター2名によって作成されたものである。
龍化者とは
龍化病を発祥したものの総称 (龍化病については次項を確認のこと)
龍化病とは
龍化者『赤羽龍斗』の証言によると、この世界とはまた別の世界 (仮称として龍世界と呼ぶ) から召還された龍の魂が人に宿り、憑依した龍の力が人から発現した状態のこと。
※なぜ発祥したかは依然不明だが、おそらく何らかの薬品か何か、もしくは魔術的要素が人の体に加えられ、龍が乗り移るための器のような体質へ変化させられ、さらにそこへ龍が憑依することで発祥すると思われる
発祥すれば憑依した龍の意思に人間の意志が飲み込まれるか、憑依した時点で精神崩壊を起こし発狂する。もしくは憑依した龍の力に人の体が耐え切れず人の体が崩壊し死に至る
あの女の人(?)の言っていた事はこれだったのか……自分の体に宿った龍。それは一体どんな龍なのだろうか。竜生は次のページへとマウスを走らせる
龍化能力
龍の意思を支配下に置いた際現れるという龍化者固有の能力。様々なタイプが確認されているが、おおよそ属性で分ける事ができる。 ※現時点確認されているのは火、水、風、雷、土、闇の6つ。なお氷などは水属に含むものとする
自分はどれに当てはまるのだろうか。竜生は手の甲に巻いた包帯をずらし、その下のキラキラと輝く鱗を見る。金やダイヤモンドは鉱物だ。おおざっぱにいうとおそらく土属にあてはまるのだろうか。さらに読み進める
極限龍化
龍化者が龍の意思に飲まれ、体が龍に変化した状態のこと。こうなるとほとんどの場合人の理性はほぼ失われ、ただただ破壊衝動にのっとられてしまう。質量や龍化能力のレベルも格段に上昇しているので、こうなる前に片をつけるか、龍殺し上位戦闘員を呼ぶ事
龍化病関連の生物
蜥蜴人間
夏にソロモン・レクター所有のプライベートビーチで起こった『ケイオス襲撃事件』に出現した元人間。 ※ケイオス襲撃事件については後述
死体を調べたところ、この蜥蜴人間は龍化ではなくトカゲの遺伝子を人間に無理やり組み込み誕生した存在であることが確認された。理性や知能は皆無に等しい。元の人間へ戻す研究もされてはいるが、現時点人間に戻る可能性は限りなく低い。
爪や牙、角などに猛毒を分泌する毒腺が確認されている。毒の血清は現在研究通なので戦闘時は距離をとって戦うことを進める
蛇龍
数年前から存在が確認されている龍で、遺伝子操作と何らかの魔術的要素によって凶悪化・巨大化した蛇。離反した龍殺し上層部の一部が所有していた研究所から逃げ出したと思われる。神出鬼没で、体を真っ二つにされてもそこから再生し増殖するので強力な火力で跡形も無く一気にけりをつけること。大きいものは数百メートルに及ぶ場合があり、辺りにもたらす被害は甚大。感知次第殲滅すること
赤羽はこういうものとも戦ったことがあるのだろうか。アレだけ強いのも頷けるような気がする。そして今まで自分が普通に暮らしていた裏でこんな化け物が跋扈し暴れていた事に驚愕を隠せない。
蛇龍など数百メートルにも及ぶと書いてあるし、神出鬼没とも書いてある。龍殺しはコレだけ大規模なものが出現してももみ消せる力を持っているということなのだろう
更に読み進めるとそこには龍殺し所属の龍化者のプロフィールが書いてあった
龍殺し上位戦闘員一覧
※本来君は知る必要の無い事だが、機関長ソロモンと特務部隊隊長赤羽の許可を得てココまでの情報の閲覧を許可するものである 園崎
(^U^)<どうした? 閲覧しないのか?
このなぜか見ていると不愉快になる顔文字を見ないようにしながら竜生は次のページをクリックしてめくる
ソロモン・レクター
性別・男。年齢・不詳。出身・不明
戦闘方法・魔術要素を組み込んだ近代兵器及び魔術。かのソロモン王のごとく72もの悪魔と契約しており、72柱の悪魔の力を引き出して戦う。なお、悪魔魔術は危険性が特に高く龍殺しではソロモン以外の使用を禁じている
※上記以外に謎の攻撃を確認しているが、詳細は不明
数十年前から龍殺しに存在している現在最古参の龍殺しメンバー。現在龍殺し機関長兼天月高校校長だが、以前には特務部隊を率いて龍化病の調査を行っていた。龍殺しで使われている魔術関連の装備品の原型はほぼ彼が考案したもので、彼が龍殺しに加入してから龍殺し全体の戦闘レベルは格段に上昇している
赤羽 龍斗
性別・男性。年齢・18歳。出身不明。
龍化能力・火属 ※発火、熱ベクトルの観測、温度操作(放熱、過熱のみ)、炎の操作。
※これ以外に火とは関係の無い能力も観測されているが、詳細は不明
龍殺しで今最も危険視されている龍化者。何度も龍の意思に飲まれているものの、何度もそれを捻じ伏せ人の意思を保っているイレギュラー。彼の中には多数の人格が存在していると思われ、極限龍化した際には赤羽龍斗の人格とは違う人格が発現していたが詳細は不明。
現在龍殺しの機関長に就任したソロモンに変わり龍殺し特務部隊隊長を務め、部隊を率いて龍化者の保護、駆逐を行っている。戦跡は極めて優秀で、彼の担当になった龍化者はほとんどが人の意思を取り戻し第2の人生を歩み始めている
なんというか、この二人は別格のような気がする。見上げると首が痛くなるくらい上に存在しているような、そんな感覚。だが赤羽については自分は昨日、直々に稽古をつけてもらっていた。なんだか今になってざわざわしてきた。