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少女+死体+男

 グジュリ、グジュリ

 それは、ひたすらに冒涜的な光景だった。

 頑強な輪郭(シルエット)を持った人形(ゾンビ)達はひたすらに無心となって互いを崩しあい、ぐずぐずにしていた。

 それらが持つ白い体液は飛び散り、月光があてられて妖しい光沢を見せる。

 命らしさの欠片も想起させない肉体を覆う皮袋は破れ、筋繊維を夜風に晒す。

 ただひたすらに死を詰め込まれた物体は建物の床に、それ自身をすり潰していた。まるで、自身を刻み付けるかのように。

 グジュリ、グジュリ

 おぞましさを覚える音を響かせながら舞台はその全てを死でもって構成していた。そして、そこで踊る者は一人しかいなかった。

「なんで、確かに・・・・・・」

 数少ない観客は泣きそうな、かすれ声で呟いた。

 踊り子は、肩まである金髪(ブロンド)を振り撒きながら、くるくると回っていた。

「ふふ、あはは」

 少女はその無垢をたっぷりと含んだ笑い声をあげながら、ゆっくりと踊っていた。

 ミルヒャは実に楽しそうに、月光にその輪郭(シルエット)を浮かび上がらせ、実に楽しそうに踊っていた。その胸に赤い花が咲いた痕跡をみせながら。

「何で、生きて、いるんだ!」

 半ば絶叫に近いかすれ気味の声が、その舞台に終演(ピリオド)を報せた。

 はぁ、と一つため息をついた後、少女は舞台から降りたのだった。

「やぁ死体商人(ネクロム)さん。調子はどうだい?」

 およそ少女らしからぬ、そして昔からの知り合いに尋ねるかのような口調で、うつ伏せに倒れたままの男に声をかける。

「・・・いつからだ」

 男は心底うんざりとした調子でうっそりと呟くと、少女はにっこりと笑い、今さっきだと答えた。

「それにしても、今回は少しひやひやしたかなぁ」

 おどけた調子で喋る少女は、もはや以前とは全くの別人だと言えた。

「予想していたとはいえ、いきなり体が使えなくなるんだもの」

 男の近くで同じように倒れている相棒に近づくと、少女はその黒衣を一気に引き剥がしてしまう。

 「あーあ、こりゃ酷いなぁ」

 まるで存在が嘘であったかのように、あったはずの中身はボロボロと砂とも埃ともつかない、ゴミとなって崩れ落ちる。

 黒衣に残っていたそれらを片手ではたいて、少女はなんの遠慮もなく、ごくごく当たり前のように、その華奢な体に纏わせた。

「これも、忘れちゃいけないね」

 もはや元が何であったのかわからないゴミの山に、ふぅ、と一息吐く仕草を少女がすると、(まばた)きする間も無いうちに静かに吹き飛んでしまう。

 そうして、本当に何も語ることが無かった死体商人(ネクロム)の相棒はその痕跡というものを残す事なく消え去り、ただ静かに黒い表紙の(ハード)を残したのだった。

「うふ、ふふふふ」

 少女は大切そうに両手で拾い上げ、抱くようにしてその存在を確かめる。まるで愛おしいように。

「がああああっ」

 上等なスーツはうす汚れ、頭領としての威厳など最早見つけられない、壮年の男は思い出したかのように、その手に握られていた拳銃からいくつかの鉛玉を叫び声と共に吐き出す。

 少女に再び金属の牙が襲いかかるその直前、割って入ったのは応接間に置かれていた家具(ゾンビ)達の一つだった。

 やぶれかぶれの、致死性の高い牙はその頑強な体を食い破ることもなく、その中で押し止められる。

「おい、何で、俺の腕輪(ピクシー)!何で!俺の死体(ゾンビ)!言うことを!」

 もはや会話させる事を放棄させた言葉を吐きながら、壮年の男は絶対的な信頼を寄せていた腕輪を必死に操作するが、いたずらを楽しむ妖精(ピクシー)のように意味の無い反応を返すばかりだった。

 くすくすと少女は笑うと、まるで待っていましたと言わんばかりに口を開く。

「お前達が妖精(ピクシー)と呼ぶ腕輪(それ)は、単なる借用書みたいなものさ」

 コツリ、コツリと質素な靴を鳴らしながら壮年の男の元へと、少女は近づく。

「く、くるな!」

 ガチリ

 最早吐き出すものなどないと言わんばかりに、拳銃は弾切れ(ほうせき)となった音を鳴らす。

 ガチリ、ガチリ、ガチリ

 撃鉄(ハンマー)が何度も鳴らす事で精神を守るかのように、壮年の男はトリガーを引き続けた。

「私はね、無知が嫌いだよ」

 どこか超然とした様子で、その年齢にそぐわない口調で喋る少女はいっそ不気味であった。

「だけどね、それ故に、好きなのさ」

 パチリと、指で音を鳴らす。少女がした事といえば、それだけだった。

「あああああ!あぐ、ひぎゃああぁ!」

 壮年の男はお守りだった拳銃をあっさりと投げ捨てると、両手で己の頭を抱えて叫び、のたうつ。

「ああ、いい感じに鳴くじゃないか」

 いつもは静かに輝く腕輪は、赤青黄、とにかく様々で、一定でない様子で、およそ正常とは言いがたい輝きを放っていた。

「やめ、やべて、あぎ、ぐ、やめ、頭が、しゃべ、ががっぎゃが」

 自身にしか聞こえない腕輪(ピクシー)の声に苦しめられた様子の(ボス)は、必死に妖精(うでわ)を操作しようとする。

「ほらほら、早くしないと頭がおかしくなるぞー」

 無邪気な笑顔は実に子供らしく、子供らしく無慈悲な行為を楽しむ少女は、どこまでも子供らしいと言えた。

 そうして壮年の男を幾度となくなぶった所で、少女は飽きてきたようで、一際腕輪を明滅させると、壮年の男はぴくりとも動かなくなってしまったのだった。

「さぁて、これはうまくいくかな?」

 少女は遊びがまだまだ終わっていないと言わんばかりに、死体のそばに屈むと、脇に抱えていた黒い(ハード)を大切そうに、その中身の紙を楽しむように、ゆっくりと開く。

「―――、―――」

 聞き取れないような小さな声で呟いたかと思うと、息絶えた壮年の男はゆっくりと立ち上がる。

 死体(ネクロ)となった壮年の男は死体(ゾンビ)へと変貌したのだった。

「つくったのか」

 相変わらず倒れふした死体商人(ネクロム)の男は、なんの感慨もない口調で呟く。

「ああ、うまくいったよ。私の死霊術師としての腕は問題ないみたいだ」

 嬉しそうに黒衣の少女は振り替える。傍らに死体を侍らせて。

 その姿は自身が口にした言葉と相違ない不気味さを称えていた。

 つまり、死霊術師(ネクロマンサー)と。

 応接間の外で、爆発音がする。それを確認しに、破られた窓へと少女は向かう。

「あー、(これ)無しでやっちゃったのは失敗だったかぁ」

 闇夜のベールと、黒い柱で出来た籠ですっぽりと進まれた(ドーム)はいくつかの場所で煙をあげていた。老若男女の区別もつかない悲鳴をあげながら。

「まぁ、この場に入られたくなかったんだし、しょうがないね」

 失敗などはなから気にしていない様子で少女は死体商人(ネクロム)の男へと振り返る。

「さて、折角だ、商品を仕入れるとしよう」

「その必要はない」

 感情の見えない、男の呟きが少女の言葉を否定する。

「いやいや、この世界にとって仕入れる機会なんてそうそう無いんだから」

 そう言っていたところで、動き出したばかりの死体(ゾンビ)は突然倒れて死体(ネクロム)へと戻ってしまう。それをみて、少女は舌打ちをする。

「やはり、君の力には負ける。無制限の死体操作、折角だからやっていこう」

「やめろ」

 男の抑揚の無い言葉は少女に届く事はなかった。

 屋敷の庭に停められた、長大で巨大なトラックの荷台は、中から冷気を溢れだしながらゆっくりと開いていく。

 何でもないはずの、背筋を凍らせる光景。

 そして少女は決定的な言葉を、その名を口にする。

「起きろ、継ぎ接ぎ死体の王(フランケン・シュタイン)

 荷台(グレイヴ)の蓋は開かれた。 

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