市場+子供+腕輪
「さあさあ買った買った!今朝に地下で発掘した部品が安いよ!」
「今朝一番の生産機で作られた肉だよ!」
「再生機を使わない新鮮な――
ごった返す人、人、人。
市場は少女の故郷でも見たことがないような人の多さでごった返していた。
集落と言っていいのかわからない規模のここでは、岩ともつかぬ黒く塗りつぶされた細やかな柱がいたるところから伸び、それが絡まり、籠となって覆っていた。
灼熱を遮り、砂が溢れる荒野から集落を守る逆さの揺りかご。ミルヒャはおとぎ話の中にいるような気持ちでいたが、運転席の中に漂う臭いに顔しかめた。
運転席に視線を戻すと、男はゆっくりと紫煙をくゆらせて、高価な煙草を吸っていた。
「その臭い、嫌・・・・・・」
「久しぶりの楽しみだ。黙っててくれ」
機能を今までより存分に発揮して、男は煙草の煙を大きく吸い込み、結露といった現象とは無縁の白い煙を吐き出すのだった。
ミルヒャはふいに、この死体商人の胸が大きく動いているのを見ていない事に気がつく。
まるで、それは――
核心に近いような感覚に俗りと背筋を震わせ、口にするのも憚れたそれは言わず、新鮮な空気を求めるように外に顔を向けるのだった。
「お前の故郷も随分と豊かだったが、ここは一番滅びから遠い街だ」
「街?」
「暴落街、享楽街、我忘街。いくつも呼びながあるが、ここはどこよりも”崩壊”以前、あるいは直後に近い街だ」
いつになく饒舌な男に違和を覚えるミルヒャ。
思えば死体となった母親も、酒が入るといつもこうだった事に気がつき、大人とはこんなものなのかと憂鬱な気持ちになった。
「大人になんか、なりたくない」
何ともなしに口から漏れた言葉だった。そのはずだった。
『キコエ――
気味の悪い、まるで死体が無理矢理喋らせるような音が聞こえたと思ったその瞬間、一瞬の静寂を、呪いを殺したのは煙にむせぶ男のたてる音だった。
ローニャも時おりむせてしまう時があったが、この男にもあったことに驚くと同時に、どこか安心感も持つのだった。
「お楽しみのところ悪いな死体商人。お前の番だ」
喧騒やまない市場、しかも大物を取り扱う白い光沢あふれる建造物の搬入口で、男と少女と荷台で遊んでいる相棒は水素エンジンを積んだ大型のトラックで待機していたのであった。
「はい、確かに労働力を三十体、受けとりました」
眼球投射型通信機をゆらしながら、受け付けの女はどこか虚ろな目で受け答えする。
「腕を出せ」
ミルヒャはびくりとすると、大人に成りきらないか細い左腕を差し出す。
「お前にもこれを渡しておく」
厚手の手袋がなくてもわかる大きな男の手は、それとは裏腹にやさしくミルヒャの腕をつかんで黒い金属質の腕輪をカチリとはめたのだった。
「これで、必要があれば外で買い物も出来る」
艶やかな腕輪は大人たちがいつも身に付けているもので、子供達にとってなによりの憧れだったし、なにより大人と認めて貰える事を意味していた。
「あら、かわいい子。しかもブロンドなんてこの辺りじゃ珍しいじゃない」
勘定が終わったのか受け付けの女が生気を目に戻し、ミルヒャを見て微笑むのだった。
「児童性愛用の商品じゃない」
男はにべもなく女をやり返すと、女は盛大なため息をついた。
「酷い言い様ね。っていうかアンタいつから奴隷も扱うようになったのよ」
女はなれた様子でニヤニヤと下世話な視線を男に返すが、男も慣れたように気にする様子もなく、さっさと仕事をしろと視線を返すのだった。
「アンタはいっつもそうよねー、はいはい、仕事しますよ」
黒っぽい肩まで伸びた髪の毛を右手でいじりながら、左手にある黒い腕輪を揺らす。
「設定はされているみたいだから大丈夫ね。はい、あとは私と握手してね」
不穏なやりとりのあった後での握手はいささか以上に、ミルヒャにとってやりたくない事であったが大人の証を使いたい気持ちが勝り、おずおずと左手を出す。
「うふふ、柔らかい手だわ」
やさしく、しかしシッカリと両手でミルヒャの手を握った所
―――入金されました。確認してください―――
脳裏にミルヒャ自身の声が無機質に囁き、思わずびくりとする。
「ふふっ、初めて妖精の囁きを聞いたのもかわい――
「いい加減にしてくれないか」
女の声音と汗ばむ手に嫌な感覚に陥るミルヒャだったが、見かねた男が声をかけた。
「いいじゃないこれくらい」
ぼそりと呟かれた内容にますます鳥肌がたってきたところで、ミルヒャは脳裏で妖精が囁いている事に気がつく。
「ごめんなさいね、受け取りが出来たら応えてもらえるかしら?妖精が待っているはずよ」
―――受け取りを確認してください―――
どうすればいいのかわからなかったが、とりあえず口は開かずに、妖精に向けて答える。
(確かに、受けとりました)
すると、妖精の囁きはピタリと止んでしまう。
「はい、これで初仕事完了ね」
ミルヒャの一挙一動を見納めた女はにっこりと微笑むのだった。
「ああ、そうだ、うちの主人から仕事依頼が来てるわよ」
「その首輪は外すな」
荷台に運びこまれた死体は死体でありながら、どこか壊れた印象を持たせられた。
「はい」
男と少女と相棒は死にかけの世界にいた。
「死体が死体でなく、そうさせるのはその首輪だ」
人は限りなく少なくなり、他の生物もほぼ死に絶えた。
「いかに死体が頑丈とはいっても、やはり使い続ければボロが出る」
社会性をその原型にする生物たる人間は、荒野の世界でそれを維持することができなかった。
「死体修繕・・・・・・」
少女は今まで知ることもなかった世界を知っていく。昼間に呟いた言葉など通用しないと笑うように、大人になる。
「資源の有効活用。死体とてそんなにある訳じゃあ、ない」
厚手で丈夫な素材でできた白い衣服に包まれた男と少女は映画で語られるような科学者を思わせた。
「悲しむな。労働力がいなければ生き残れない。死体に鞭うつ行為は正当だ」
少女に聞かせる言葉はあたかも、男自身の言い訳のよう。
長大で大型のトラックの大部分を占める荷台。
巨大な棺桶。
そこで死は解体され続け、組み立てられ続ける。
世界は、一巡りを終えてなお、滅びを続けていた。
死を殺し、生き長らえる事は罪なのだと糾弾するかのように。