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男+宝石+女

「やあ、兄さん儲けましたな」

 そう言って薄暗い酒場の主人は酒の入ったグラスを音もたてず、男の前に置いた。

 今時珍しく木材風の、しかも光沢のある表面処理を施されたカウンターは古代風(レトロ)な意匠を思わせる。

「氷じゃないか」

 グラスをてにとろうとしたところで琥珀色の液体に浮かぶ物、そしてグラスの表面に浮かぶ細やかな水滴に驚きを隠せないでいた。

「砂漠の宝石、結露。うちの自慢さ」

 ニヤリと片方の頬をひきつらせるように笑う主人は、薄暗さのせいで不気味さが先立つものの、誇らしげである。

「もったいなくて飲むのが惜しいな」

 主人に合わせるように軽く笑顔を返しながら、グラスの表面に浮かぶ結露を光にあてる。

 琥珀と他の雑多な色をとりどりに反射し、煌めく。

「万華鏡、か」

「まん、げきょ?」

 はじめて聞いたと言うような表情の主人を見る。薄暗さで正確な年齢はわからないが、少なくとも子供を二人は成人に迎える事ができるようには見える。

 男はぐびりと酒をあおると、そのままグラスに残った氷を口に含み、ガリガリと噛み砕いく。

「もう一杯頼む。もちろん、宝石の原石といっしょに」

 ぐびり、と氷を飲み込んで空のグラスを男は差し出す。

 酒場は静まり返っていた。

 もちろん、酒場には男以外に客がいたのだが、豪快きわまりない飲み方に会話を忘れてしまっているのだ。

 ぽかんとだらしなく開いた口を主人はゆっくりととじると、ひきつらせた顔でグラスを受け取った。


 生産機(プラント)が生産できないものは無い。一基あるだけで集落の5世代は明日を不安に迎える事はないし、遥かに人間的な生活を可能とさせる。ただ一つの問題点は、限界量があるというだけである。

 限界量。生産機(プラント)一基が生産できる量の限度であり、寿命そのものと言えるそれ。

 限られた中では生産できるものはおのずと決まってくるし、そうすると(まかな)えるエネルギーも決まる。氷などというものは、よほどの余力が残っていなければ普通の店(といってもここはかなり上等の部類である)にこうしてエネルギーをまわしてもらえないのだから。

 つまるところ”結露”は贅沢の象徴であり、灼熱と熱砂にまみれたこの世界において宝石(やくたたず)と呼ばれるほどの嗜好品。

「あら、氷入り(ロック)を出すなんて珍しいわね」

 からからとグラスを動かし、音と結露が産み出すひとときの幻を楽しんでいる所で、男に一人の女が声をかけた。

「ローニャ」

「営業をかけるくらい、別にいいでしょう?ちゃんと払うんだからいつものさっさとちょうだい」

 左右非対称の表情が癖らしい店主は女を嗜めようとしたが、反論されて口を閉じてしまった。そして、しぶしぶといった様子で注文のものを用意しはじめる。

「商人さん、でいいのかしら?」

 断りもなく隣の席に座った女はどうしようもなく酒臭く、性差を扇情的にふりまいており、酒場の男達の視線を集めていた。

「昼間に大口の取引があったって聞いたから、来てみて正解だったわね」

 この集落は、どうやら化粧という文化が残っているようで、暗がりでもわかるようにローニャの顔は派手だった。もしかしたら生産機(プラント)は二基以上あるのかもしれない。

「無視するのもかまわないけど、しつこいからね私」

 無遠慮で不躾。

 折角の贅沢を台無しにされつつあり、男はジロリとローニャを睨み付けるが、それは逆効果だった。

「あら、色男じゃない。ちょっと顔色悪いのが残念だけど、好みだわ」

 店主から出された乾燥食品(つまみ)をパクパクつまみながらローニャはニヤリと口角をあげ、少しばかり熱をこめた表情と声音で男を評し、誘いをかける。

「悪いが、他をあたってくれ」

 すぐに視線をそらして、酒を煽ると主人におかわりを要求する。

「あらつれない。お金持ちのクセに」

 片ひじをついて自身の魅力を最大限生かす仕草をするが、男は反応するそぶりすら無かった。

「女は間に合っているのさ」

 恐らく化粧などしなくても美人と言われるだろうローニャは不満げになる。

「はん?もしかして昼間そばにいた死体(ネクロ)の事?だとしたらおぞましいわね」

 パサパサになったブロンドの髪をゆらしながらローニャはおかしそうに笑う。

 男は商談の席に向かう途中まで相棒をつれていた事を思い出す。

 黒い外套ですっぽりと覆われた姿ではあったが、十二の成人を迎える前の子供と同程度の背丈であった事を考えればその中身の見当はつくのだと、今さら男は気がつくのだった。

「この世のどこかには死体(ネクロ)だけを使った店があるらしいけど、気味が悪いったらありゃしない」

「なら、さっさと別をあたってくれ」

「あら、死体愛好家(ネクロフィリア)だったの?だったら、私を殺してもいいのよ?」

 殊更酷薄そうな表情でローニャは不気味な提案をしたので、思わず訝しげな顔に男はなる。

「何だと?」

死体(ネクロ)をはべらす人は嫌いよ。でも、意味もなくただ生きているのも嫌い。うんざりだわ」

「生きているのも死んでいるようなもの、か」

「そういうことになるわね」

「残念だが、俺は期待に応えられない」

「ふぅん、そう。残念だわ」

 ローニャはあっさりと引き下がり、残ったつまみと酒をさっさと片付けてしまう。

「そうだ、あんたって生きた人間を買い取りなんて商売はしているの?」

「世話のかかる奴隷(ペット)は扱っていない。息もしない死体専門(サイレント)だ。買い取るのも、売るのもな」

 うんざりとした口調で男は返答をする。

「もし、買い取りに付属品(アクセサリー)がついていたら、どうなるのかしら?」

「・・・一緒に買い取るな」

「そう、ありがと。じゃーね、死体商人(ネクロム)さん」

 ローニャは手を振って男に別れの挨拶を済ませると、しっかりとした足取りで店を後にした。

 主人は、大きなため息をついてローニャがいた席を片付けるのだった。


「いつになったら、死ねるんだ」

 翌朝、通りで死体となった(ローニャ)が見つかった。見つけたのは肉体労働を担う死体(ゾンビ)。 

 死因は何がしかの薬を飲みすぎた事による中毒死。

(そういう事にされた、と言うべきか)

 およそ二千人程度の集落には、お粗末な自警団があるだけで、老人が子供の頃に伝え聞くような警察官(かみさま)はいなかった。

 そうして、誰かが死んだというのに不安を解決される事もなく放置される。それが普通の日々。

 生きる事が酷く困難な世界では、死体は当たり前のものでしかなかった。

 そして、男はそれを道具(ゾンビ)として売り歩く商人だった。

 人々は男のような商人を奇異を、忌憚を、侮蔑を、悪感情を込めて呼ぶ”死体創造者(ネクリエイター)”、と。


 世界は、一巡りを終えてなお、滅びを続けていた。

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