一本目、新天地
それだけ話せばご近所付き合いも多少は大目に見てくれるだろうし、何らかの恩赦を与えらるはずだ。最初から期待をしているわけではないが、もしもの時は助けてくれるだろう。
鍵を受け取り、部屋まで連れて行ってもらう。部屋番号は二○五号室。二階の階段から数えて五部屋目。角部屋だった。鍵を開けて部屋の中を見る。日当たりは良好だった。掃除もしてくれたのだろう、埃なんて溜まっていない。家賃がそれなりに低いだけあって、ほぼドノーマルだ。壁紙は白、床はフローリング。パッと想像する入居後の部屋、そのままだった。
模様替えは好きにしていいらしい、あんまり改造すると退室するときにお金が結構かかってしまうらしいが、正直特に変えるつもりもない。
引っ越した理由が理由ではあるが、やはり男子高校生が一人暮らしする、という夢を一つ叶えてしまったわけだ。ほんの少しだけテンションが上がっている。まあ夜な夜な誘う相手もいなければ友人すらもこれから作らなくてはいけないと考えると少し消沈してしまうのだが。
部屋に荷物を置いた後、軽く説明を受ける。前に住んでいた人がエアコンと冷蔵庫を置いて行った事。ゴミ出しの場所、日付や時間、その他諸々。当たり前だが僕の住んでいた所とはゴミ袋すらも違った。冷蔵庫やエアコンがあるというのは大きい。正直わざわざ冷蔵庫を買う必要性は無いと思っていたし、エアコンは欲しかったのだがお値段的に手が出せなかった。前の住民には感謝だ。
大家さん――入交さんがわからないことがあったら聞いてね、と住んでいる部屋番号を教えてくれ、挨拶しそのまま帰って行った。
部屋番号は一○一号室だそうだ。余り頼らないようにしなければ。
とりあえず部屋の中を見て回ろう。お札が貼ってあったりしたら気合を入れなければいけない。
玄関で靴を脱ぎ入ってすぐのところにある扉を開けてみる。トイレだった。
その次のドアを開けてみると、きちんと脱衣所兼洗面所まである風呂場だった。家賃の割に設備がしっかりしている。洗面所の蛇口を回すとちゃんと水が出てきた。どうやら水道もきちんと通っているようだ。今日からきちんと生活はできる。
廊下沿いにはシンクと電気コンロがあった。実家の物と比べるとやはり多少見劣りはするだろうが、一人暮らしなら十分だろう。
そして最後のドアを開ける。ワンルームだ。実家の部屋よりはほんの少し天井が近い。ジャンプできたら簡単に届いてしまいそうだ。
入って左側にはベランダに通じる大きな窓があって、正面には小さな窓があった。風通しはよさそうだ。
換気の為窓を全開にし、ベランダに通じる窓の反対側にあるクローゼットを開ける。心霊系ではこういったところにお札が隠されている、が僕の心配は特に意味がなかったようで、割と広い空間が広がっていた。
親に金を借りてるとはいえ、これからはここが僕の城だ。城だからと言って逃げ込む場所にするつもりはない。
一度逃げてしまったのだ、逃げ癖を作るために引っ越したのではない。
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多少時間がかかったが、引っ越し業者さんとの作業が終わった。
部屋の片隅にベッドを、中央には小さなテーブルと座椅子、僕自身割とテレビっ子なので小さな窓付近に設置。小さな窓と大きな窓の間の角には本棚を置いた。
本棚を設置した割に本が入っている段ボールは開けてすらいない。
クローゼットに入れる服が入っている段ボールはさっき開けたばかりだ。まだ片付けには時間がかかるだろう。
親が足してくれたのだろう、調理器具が入っている箱があった。あまり料理が得意と言う訳でもないが、これから節約していくに当たって必要なものだった。
大切に廊下沿いのキッチンにある収納スペースにしまい、親にメールで「ありがとう」と送信した。