一本目、新天地
着替え終わったら荷物をまとめる。今の僕の移動速度では食堂と部屋を往復していたらチェックアウトの時間に間に合わない。食堂を利用してる他の人には迷惑だろうが、荷物を持っていくことを許してもらいたい。
リュックを背中にかけ、杖を右手に持つ。一日分の荷物なのでそう重くはないが、やはり片足がまともに使えないとバランスがうまく取れず、大変だ。引くタイプの旅行鞄と迷ったのだが、移動する時間がさらに伸びそうなのと、階段などの縦移動では正直邪魔になる。
正直事故をしてからの食事はただの栄養摂取でしかない。足が早く直りそうな物をただ咀嚼して飲み込むだけの作業だ。端的に言うと、何を食べてもおいしくないのだ。
運動してからご飯を食べると言う習慣がなくなったから、運動してないからおなかがあまり減っていない、などたくさん理由はあるだろうが、最大の理由はやはり気持ちの問題だろう。あの友人たちの目、元彼女の全否定。僕が引っ越ししたすべての理由が僕の味覚を消しているに違いない。いじめを受けている人間は体に何の問題もないのに腹痛になったりするそうだ、似たようなものだろう。
適当にご飯を食べ終え、チェックアウトする。
大家さんと会うのは八時ごろ、現在の時刻は七時半だから後三十分ある。少し急ぎすぎたようだ。足が完治していれば歩いて探索、って手もあるのだが、あいにく治ってもいなければそんなにふらふらする体力も無い。
大人しくコンビニで飲み物を買って、悪いとは思うが店内で立ち読みと言う名の休憩をさせてもらおう。
久しぶりに漫画の立ち読みをした。単行本すら買いに出ていなかったのでまったく話がつながらなくてすぐにやめて外で座っていたのだが。
時刻は七時五十分。そろそろ向かえばちょうどいい頃合いだろう。僕がこれから住むアパートはなんと徒歩五分圏内なのだ。
足に負担をかけないようにゆっくりとアパートへの道を歩く。小学生が遊んでいる公園や、居酒屋、ビジネスホテル、ビジネスホテル、廃ホテル――ホテル多すぎやしないだろうか。
まあホテルを除けばごく一般的な居住区だ。コンビニだってあるし、少し歩けばスーパーもあるらしい。割と栄えている方だろう。
現在の時刻は七時五十七分、ほぼドンピシャ。
目の前には漫画などでよくある今にも崩れそうな――ってことも特になく、ごく一般的なアパートだった。とくに特筆するようなことも無く、しいて言うのならば外装が淡いイチゴ色だった。ネットの写真では白だったのに、塗装しなおしたのだろうか。
少し男子高校生が一人暮らしするにはメルヘンすぎる気もするが、今から新しい家を探すほどでもない。
七時五十八分、携帯で大家さんに連絡を取る。名前とアパートの前についた事を伝えると、すぐに出てきてくれるという話だった。
少し待つと大家さんが出てきた。ゆるくパーマがかかったショートヘアのおばちゃんが出てきた。年齢は恐らく四十代から五十代、ちょうど僕らの親世代と同じくらいだろう。
腕時計を確認すると七時五十九分、いや八時ちょうどになった。
「おはようございます、桐島です」
先手を取って話しかける。精一杯明るくしようとした割に僕の声は暗い。
「おはようございます、大家の入交です、これからよろしくね」
珍しい名字だ、前に電話した時も思った。
軽く世間話する。僕からしたらどれだけぶりだろう。少し挙動不審になってしまった。
まあこの大家さんには軽く説明はしてある。
杖をつきながら足を引き摺り、髪が長くて眼鏡をかけている。傍から見たら明らかに危ない人間でしかない。
まあ事故にあって療養の結果学校に行きづらくなり転校、としか話していないが。