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一本目、新天地

 僕が選んだのは適度に田舎で、そこそこ土地がある。そして陸上が強い学校の無い。河ヶ華市だ。

 親戚が住んでいる土地ではないから初めて踏み入れる土地。新幹線と鈍行を乗り継いで夜の十八時頃やっと着いた河ヶ華駅の北口から一歩を踏み出す。

 町の香りなんてどこでもそう大差なく、排気ガスみたいな若干臭い感じかと思っていたのだが、この河ヶ華市からはお茶のような爽やかな香りがする。ずっと鬱屈していて、ようやく解放されたからそう感じるだけかもしれないけど。

 やはり引っ越して正解だった、と知り合いすらできていない状態で思う。

 アパートの大家さんから鍵をもらうのは明日の午前と言う約束だし、午後からは引っ越し業者が荷物を届けに来る。ズキズキ痛む足と長い時間小旅行と行っても過言ではない距離一緒してきたのだ。今日は予約していたホテルで早く寝たい。

 河ヶ華駅北口のすぐ近くにある予約済みのホテルへ向かう。系列ホテルはちょこちょこ見るので、結構有名なのだろう。僕自身も陸上の大会で使用したことがある。チェックインの仕方はわかっているつもりだ。自動ドアを開け、中のカウンターにいたホテルマンに予約していた旨と名前を告げ、部屋に案内してもらう。

 部屋について荷物を置き、着替えを取り出しておく。ご飯はどうしようか。一応食堂のようなものもあるし、ホテルの隣にはコンビニもある。いや、だが今日改めて思い知ったのだが、世間では夏休みだ。途轍も無く暑かった。汗をかいたので先に風呂へ入ろうと考える。

 一応大浴場もあるのだが、足の傷は知らない相手とはいえあまり見せたくないし、相手も見たくはないだろう。

 諸々鑑みた結果、部屋のユニットバスにお湯を溜め始める。溜まるまでに親へ連絡しよう。

 無事に到着した旨を携帯で打ち、最後につけるか迷ったものの、一言だけ「頑張る」とつけて送信する。

 元から地元に戻るつもりもないし、恐らく余程のことがない限りこのまま一生足を踏み入れることはないだろう。

 だけど敢えて言葉にする事で覚悟を決めるのだ。ひょっとしたらこのままこの土地に骨を埋めることになるかもしれないのだから。

 鞄からスマートフォンの充電器を出し、ベッド脇のコンセントに刺して充電を開始する。きちんと開始した事を確認し、浴槽を覗きに行く。丁度いいタイミングだったようだ。蛇口を締め、下着を取りに戻る。

 髪の毛や体を洗い、湯船につかって足をマッサージする。これはお湯に浸かれる用になって以来の習慣だ。完治とまではいかなくても、杖を持ち運ばなくてよくなるだけでもかなり楽なのだ。もう運動は諦めようとしているので、せめて自分の足だけで歩きたい。


 風呂から上がり、ホテル備付の浴衣を着る。そのついでに鞄の中からメガネケースを取り出す。

 別に目は悪くないし、今まで眼鏡をかけた事なんてなかった。

 眼鏡やサングラスをかけ、何食わぬ顔で歩いている芸能人を前に見たことを思い出し、変装用として今日の出がけにメガネ屋で買ってきたのだ。

 いくら陸上の強豪校が無いからとはいえ、その辺を歩いている人に陸上マニアがいないとは限らないし、そこからなにかに発展しないとも限らない。割と僕は高校陸上界では有名な存在なのである。

 幾つかの案の中で一番お手軽、且つおそらく確実性があるものだ。いきなり眼鏡をかけ始めたと疑う人間もあまりいないだろうし、事故にあってから伸びた髪と合わせれば運動するような人間には見えまい。

 学校が始まってからかけ始めればいいとは思ったものの、眼鏡を買った時の調整を除いて生まれて初めて眼鏡をかけるので、やはり慣れないだろうし、ふとした拍子にぼろを出しかねない。出してしまったらあと一年半耐え、進学時にまた遠い土地に移らなくてはいけない。それは僕としても嫌だし、親に迷惑をかけることになる。流石にそれは許せない。

 もし仮にバレたとしても誤魔化すか秘密にしてほしいとか言えばある程度の人は大丈夫だろうが。

 兎に角、今日から眼鏡をかけ始めよう。慣れないうちは大変だろうが、慣れてからは楽だ。

 眼鏡をかける。軽い素材の物を選んだつもりだが、鼻に結構負担がかかる。やはり早めから慣れようとしたことは間違いではなかったようだ。


 流石にそろそろご飯を食べに行こう。今日はホテルの食堂だ。

 コンビニ飯は手軽だが今ここで頼ったらずっと頼り切りになってしまう気がする。三食コンビニ弁当は勘弁してほしい。


 ご飯を食べた結果として思い知ったことがある。夏場でも熱いものを食べればメガネは曇る。



>>>


 目が覚めた。朝六時だ。クーラーをつけていたのにもかかわらずじっとりと汗ばんでいる。

 昨日はやはり疲れがたまっていたのかご飯を食べた後直ぐ寝てしまった。

 しかしいつものように悪夢だって見た。事故をしてから毎日だ。そのせいで汗をかいているわけだが。

 軽くシャワーを浴びよう。まだチェックアウトまでは時間がある。朝食はバイキング形式だったはずだ。頼んでから時間がかからないだけ早く食べ終えられるだろう。

 シャワーを浴び、鞄の中から洋服を取り出して着る。ただのシャツとジーンズだが、どうせ今日の大半は作業で消えるのだ、涼しくて動きやすい服のほうがいいに決まっている。

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