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エピローグ





「うっ……」

 最初に感じたことは、眩しいという感覚だった。目を開こうにも開けず、自分が長い間目を閉じていたことがわかった。

 目をだんだんと開けていくと、白い天井が見えてきた。

「――――」

 病院か、と呟いたような気がするけど、どうやら声を発することはできなかったようだ。とりあえず、辺りを見渡す。すぐそこに、小型のカレンダーが置いてあったことに気付いた。

「…………平成8年」

 おそらく僕は、2年ほどこうして寝たきりだったんだろう。原因は言わずもがな、睡眠薬の過剰摂取で間違いないと思う。

「12月、23……日」

 日付は、どんな因果の組み合わせかはわからないけど、夢の世界の昨日、クリスマスイブ前日。明日になればきっと、嫌でも例年通りあの日のことを思い出してしまうだろう。いっそのこと、あさってだったら良かったのに。

 心の中で愚痴を吐きながら腕を見た。自分のものとは思えないほどに頼りなくて、細いものへと変貌していた。逆にこの世界が、僕にとって夢なのではないかと都合よく考えてしまう。

 静かに息を吐く。それこそまるで、夢のようなばかばかしい話だ。そう考えながら、視線を横へずらしていくと、椅子におかれたトートバックが見えた。

 確かこのバックは、母親がずっと愛用していたものだった。それを手に取り、中を覗いてみることにした。

「えっ……?」

 開いた先には、僕が常用していた睡眠薬があった。蓋を開けてみると、しっかりと中身も入っている。

 これは一体どういうことなんだろう。母親が、僕がこうなってしまったことがショックで眠れなくなり服用している……のか?

 理由はわからない。けどそこに、睡眠薬があることは確かだ。理由なんかどうでもいい、ここにあの薬がある、それが重要だ。

 逆に都合が……

「これは……」

 ビンの奥に、一つの名刺があった。その名刺は、僕があの日もらった絵里の父親の名刺だった。

 あの日僕は、絵里の父さんと病院で会った。その時、僕がどういう状態だったのかいまいち覚えてはいないけど、ひたすらに謝った。そんな僕に対して絵里の父親はこう言った。

 運が悪かった、君は悪くない、と。泣きながら。

 その後、どういったやり取りがあったことはわからないけど、僕のことを知っていた、クリスマスには招待する予定だった、と聞かされた。

 それだけではない。彼女の父は、自分が悲しくて仕方ないのにも関わらず、僕のことを労わり、何かあれば連絡をしてくれ、息子のように思っている、と、名刺をくれた。

「……うっ、ぅぅ」

 知らず知らずのうちに涙が溢れていた。手にしていたビンに、一滴の雫がこぼれ落ちる。

 この名刺がここにあるということは、あの人はもしかしたら、僕のことを知って、心配しているのかもしれない。もう僕は駄目になって耐えきれなくなってしまったのに、あの人に余計な心配をかけているのかもしれない。

 それに、僕自身の父さんと母さんも。二人は、子供が僕一人だったせいか昔から過保護だった。一人暮らしになって大学にいた時も、働き始めても。二人はよく、電話をくれた。

「僕は……」

 そんな全てを裏切り、またあの夢の世界へと僕は旅立とうとしている。そのことが情けなく思えてしょうがない。

 でも、僕は……

「絵里に、もう一度、会いたい」

 絵里への想いを捨てきることなどできるはずはなかった。

 それに僕は、彼女にまた会うことを約束した。自分勝手な話かもしれないが、僕にとっては大切な、大切な……約束だ。

「いま、行くよ、絵里。今度は遅刻しないから……」

 あの夢と同じように、ビンの中から全ての錠剤を手のひらへと乗せた。不幸なことに、水が見当たらなかったので花瓶の水を代用することにした。

 もしかしたら僕は、今度は睡眠薬の大量摂取で死んでしまうかもしれない。そう思いついたものの、逆に死ねた方がいいのかもれないと自己解釈をする。

 心配ごとが無くなったところで、手のひらにあった薬を全て飲み、瞼を閉じた。

「…………」

 僕の願いはただ一つ。

 せめて、夢が醒めるまでは、絵里と幸せでありたい。

 混沌としていく意識の中、僕はそれだけを願い続けていた。






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