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月は隠れ魔女は微笑む  作者: 一六(阿国)
魔女の腕(かいな)と女神の胸中
24/29

ゾンガの幸せと雪遊び

お久しぶりです!もう初夏なのに真冬の話ですが、読んでくださると幸いです。

温かい布団の中で、意識が浮上したのは鼻の冷たさが原因だった。鼻の先の感覚がないほど冷えきった空気に、目を覚ましたゾンガは温かいはずの布団の中で身震いを一つした。薄目を開けば目の前には扉が暗い中浮かび上がる。いつも一緒に眠っているネネの姿が見ないことに違和感を覚えるも、感覚で解る。お腹のあたりが妙に暖かいから布団の中に丸まって眠っているのだろう。


(いつも思うけど、よくネネは眠れるなぁ…息苦しくならないのかな。)


ぼんやりと考えながら自分の鼻先を撫でる。その冷たさに一気に意識が覚醒すればネネを起こさないようそっとベッドから起き上がるべく足を布団から出すも、予想以上の空気の冷たさにまた体をすくませる。暖かい布団の中で二度寝したい誘惑に抗い、手探りで上着を引き寄せ着込むと室内履きに素足を滑り込ませて、窓へと近づいてゆく。普段ゾンガが起きる時間帯よりも早く目が覚めてしまったのか、部屋の中は未だ暗くカーテンから漏れる光も弱かった。暖かい布団から出た身体を上着で包んではいるものの、空気の冷たさが容赦なく体温を奪っていった。


(寒い…今までよりも寒いし、もしかして…)


淡い期待を胸に窓を覆う厚手のカーテンを捲れば、ゾンガは自分の予想上の景色に思わず声を上げた。


「ね…ネネ!!おき、おきて!」

「うえ?な、なぁにじょんがおねえ…っああああ!ゆきだ!ゆきぃ!」


ゾンガの大声に布団から目を擦りながらも顔だけを覗かせたネネは、眠気も吹き飛ぶかの勢いでベッドから飛び降り裸足のまま勢いよく窓へと駆け寄ってきた。窓に背が届かない為ゾンガに持ち上げられ、2人一緒に窓を見れば昇り来る朝日に照らされ、藍色に染まる世界が橙に侵食されながらも輝く銀世界が広がっていた。森の木々やハーブたちを覆う雪が織り成す陰影が一刻一刻と色合いや形を変える様は息を呑むほどに美しく、二人は何も言葉を発することができなかった。部屋の温度が外よりも高いためかすぐに曇って見えなくなってしまうが、2人は手の冷たさなど気にならないのか必死に手で拭き取っては外の景色に見入っていた。


「きれいだねえ、おねえちゃん」

「き、れい」


ふと、夢から覚めたように二人は顔を見合わせると、嬉しそうに微笑み合う。裸足のネネを労るようにゾンガに抱えられたままベッドの上に座り直すと、二人はすっかり冷えてしまった身体に慌てて服を着替え始めた。確かに景色は綺麗だったが、これで風邪を引いてしまえばシャウラとジイジが心配するだけでなく、苦くて辛い薬をたっぷり飲まされたあと、味のない粥を食べさせられて寝かされてしまう。毎日のようにシャウラが作ってくれる美味しいスープや、肉料理、甘いおやつも風邪が治るまでお預けにされてしまうのはまだまだ成長期で幼い二人には耐えられなかった。

肌着の上に厚手の肌着の上下と腹巻、厚手のズボンを履いたら、セーターを着てノースリーブの厚手のワンピースを着込む。ネネはこれに毛皮の上着、ゾンガはワンピースではなく巻きスカートに毛皮のベストを合わせて着込んでいた。毛皮の上着は共にジイジが作ってくれた2人のお気に入りだ。さりげなく襟元や袖口に色糸で刺繍を施し可愛らしいデザインになっていて、これを身につける度に二人の胸がほこほことなんとも言えぬ程に暖かくなるのだ。

靴下も内履きもしっかりと履いて二人はリビングへとむかっていった。


「きょうのあしゃごはんなんだろー」

「あ、あた、か…っ暖かい、と、いい」


リビングへと顔を出せば、暖炉に温められた空気がふたりを包み込む。その暖かい空気の中に柔らかな焼きたて薄焼きパンの、香ばしい甘い香りとシュロルの乳のスープなのか独特の乳臭い甘い香りが感じられれば、ゾンガとネネのお腹が活動を開始したかのように同時に音を鳴らす。

その音に気がついたのかシャウラが鍋をかき混ぜる手を止めて振り返る。


「おはよう、ゾンガ、ネネ。よく眠れたかしら?」

「ぁ、は、はい、ま魔女…魔女さ、ま。」

「おはよーごじゃます!ゆき!ゆきがつもったの!」

「朝から2人とも元気がいいな。ゾンガ、あとでピッカを倉庫から出しておいてくれないか?魔女殿がピッカをつかった菓子を作ってくれるそうだ。」


暖炉と明かりに柔らかく照らされた居間のテーブルにネネが楽しげに食器を並べていき、ジイジが椅子に座りながら窯からシードルの香草焼きを取り出しながらゾンガに話しかける。その光景にいつもゾンガは何故か泣きたくなってしまう。泣き笑いのような表情のまま頷いてシャウラの手伝いに走るゾンガに、ジイジもシャウラも何も言わない。ネネも同じように泣きそうな笑顔でゾンガを見つめるだけだった。


(なんて、幸せなんだろう…)


それは毎日、何度もゾンガが噛み締めるように胸の中で呟く言葉だった。12歳の少女が手に入れた幸せ、それは両親や村からのいじめ、聖都の圧政から追い出されたからこそ。毎日が飢えとの戦いだったゾンガが夢にも見なかった幸福な生活だった。


「さあ、食事にしましょう?今日も美味しくいただきましょう。」


シャウラの言葉で各々が食事の祈りを済ませる。本来ならアディール神に祈るのだろうがここは慈悲深き女神の地、そしてシャウラは女神ウィウィヌンの娘になった。


「このみのり豊かな大地の女神である女神ウィウィヌン(お母様)に感謝を。」


祈りは昇華され神の力になる。そう信じて。


シャウラが取り分けたスープはサラリとしたミルクスープだった。ザワークラウトと塩漬け肉の入ったスープは少しの酸味と肉の旨味と塩味、ハーブの香りと相まってあっさりとしつつもミルクの甘味でまとめられた物で、ゾンガはもちろんネネも2回おかわりしてしまうほど美味しいものだった。

シードルの香草焼きも、魚の皮はパリッとしているものの、中には刻んだ根菜が詰め込まれており、その水分で身がふっくらと仕上がっていた。それを焼きたての薄焼きパンで包みながら食べれば、少し濃いめのハーブソースがちょうど良いアクセントとなり、次々と食べてしまいたくなってしまうと、ジイジが自らの腹をさすりながら笑っていた。

あれが美味しい、これも食べなさい、ミルクもあるぞとジイジとシャウラに勧められるまま、ゾンガとネネはお腹の容量一杯まで食事を詰め込む。厳冬になるこの場所では食事をしっかり摂って脂肪をつけなければ生き延びてはいけないからだ。もちろん選定民となったゾンガたちが寒さで死ぬ事は無いが、それでも風邪などの病気には掛かってしまう。

聖地を行き交う交易の商隊も秋口に狩った獲物の脂肪を壺にいれて保存している。厳冬期では吹雪で足止めされることも珍しくはないことだった。そこで保存した脂肪を食べて代謝をあげては寒さを凌ぎ生き延びる。味も何もない生臭さが鼻につくまずいものではあるが、あるのないのとでは生存確率が違うためどこの商隊もしっかり準備をしている。


シャウラも知っているのか、ポックの脂肪を大きな壺で保存していた。ゾンガも味見したことがあるが、シャウラの保存脂はちゃんと味がつけてありおいしいものだった。ジイジは味見のあと頻りに酒が欲しいと呟いてはいたが。

シャウラの作る保存脂は、地球のロシアの保存食<サロ>を参考にしたものだった。豚の脂肪やバラ肉を塩漬けにしたものを、冬に薄切りにしてニンニクを乗せてウォッカと共に食べるものだった。正しくロシアも寒さの厳しい土地の為、そういった知恵が発達したのであろう。以前にロシア料理のレストランで食べた時そこの店員からサロの説明を受けて興味を持って本を読んだのだという。

そこで、たくさんあるローズマリーと塩でポックの脂肪をツボに漬け込んでいたのだ。もちろんバラ肉も塩漬けにして大人達の晩酌のつまみになる予定だ。もちろんそこにシャウラの母親も突撃してくることはジイジも気がついていないが。


「お、なかい...ぱい」

「たくさんたべたー」


お腹が一回り大きくなったのではないかと思うほど朝ごはんを詰め込んだ4人は、食後のお茶であるマート茶をゆっくり楽しんでいた。雪に閉ざされてしまう冬には、特にするべき仕事がない。せいぜい乳を絞るシュロルとシードル、鶏たちに餌を与えたりする程度だ。

一晩雪が降り積もって今は晴れ渡っているが、これからはいつ吹雪いてしまうかわからなくなる。それでも子供たちは身体を動かしたいだろうと、シャウラは口元に笑みを浮かべてみんなに提案を一つした。




「きゃーーー!はやーい!!」


食事のあと、腹ごなしにとゾンガが雪かきをして小さい山となった雪に、傾斜を付け階段をつければ剥いだ木の皮に座り斜面を子供たちが滑り降りる。ジイジはシャウラに図解で説明されたソリを作ろうと木を削っていた。


「わ…ああわあっ」


最初はおっかなびっくりだったゾンガも初めての雪遊びに興奮したのか、頬を僅かに染めてその瞳を輝かせていた。シャウラの要望通りにただ、斜面にするだけでなくところどころ蛇行させたそれは、立派な遊具へと変貌した。水をかけて固めては削って形を作っていくそれに、ネネもゾンガも予想がつかずに頭をひねっていたのだが、体験してしまえばその楽しさにのめり込んでしまう。

怪力のゾンガがいるため雪合戦は教えられなかったのだが、ソリ遊びやカマクラ遊びだけでも二人は充分楽しんでくれているようだった。


シャウラは近くのカマクラの中で小さな簡易竈に温かい飲み物を作製中だった。

玄米があるため、もしかしたらと試したら完成した水飴に、生姜とミルクを入れたホットジンジャーミルク。温かく甘いそれは初めての雪遊びで冷えきった子供たちの身体を中から温めてくれることだろう。


「ほら、何回も雪に突っ込んでびしょびしょじゃない。また晴れたら遊べばいいから、これを飲みなさい。それから二人はお風呂であったまっていらっしゃい。」


興奮冷めぬままにシャウラに抱きつくネネの体が冷えきっていることに気がつけば、シャウラは笑いをこらえながらもマグカップを2人に差し出す。それをふうふうと息を吹きかけながらふたりが飲み始めれば、その甘さに子供の顔が綻び笑顔になる。

その様子をジイジとふたりで眩しいものを見るかのように見守りながら、タオルで二人の濡れた頭を拭っては微笑みあった。


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