真っ白な部屋から
タグにはBLとありますが、書いた僕は男で、女性向けのBLもそこまで履修していません。
王道BLの味付けにはならないような気がします。よろしくお願いします。
今夜は嵐だ。
僕の部屋の窓も、強風と豪雨に揺られて雑音を奏でている。
神経質なほど白に統一された僕の部屋に、その音だけがノイズのように侵食してくる。
急に閉塞感に襲われて、椅子から飛び出し、窓枠に手をかける。
今、鍵すら外してこの窓を開いたら、どれだけ爽快だろうか。きっと、数秒もしないうちに母さんが駆けつけて、いつもの様に悲しみだすだろう。「あぁ、またわたしのヒカリが壊れてしまいした」って。
カチャン
それは金属の接触音。
僕の手が、知らないうちに窓のロックを外した音だ。まさか本当に開けるつもりか、僕?いや、まさか。明日学校のみんなに行ったらお笑い種だ。もう高校も2年生。勉強しなきゃで、休む暇なんてないのに、これで風邪引いたらなんて言われるかわからない。
そもそも、僕は病気なのだ。まだ学校ではバレてないけど、バレないためには平凡な生活を続けていかなきゃ行けないはずだ。仕事一筋だったらしい父さんも、ずっと異常な僕に手を焼いてる母さんも、そういう生き方を僕に望んでいるに違いない。
机の上の本に目を向ける。
文庫サイズぐらいだけど、江戸時代の本みたいに糸で閉じてある不思議な本。僕にしか見えない魔法の本だ。中身は全部白紙だけど、僕にはこれがちゃんと本に見える。古臭いけど、物心着いた時からずっと手元にある本だ。
まぁ、捨てても燃やしても、望んだら手元に戻ってくるし、僕以外には見えないから、きっと僕の狂った脳が見せてる幻覚なんだろう。
近くの医院のセンセイも「それはね普通の人には見えない本なんだ。光君。普通に行きたいなら、君も見えないものなんだと思ってた方がいいよ」なんて言っていた。「ま、ボクには見えるんだけどね」なんて冗談っぽく言ってたから、母さんから信頼されるほど、医者なんてものが尊敬に値すると僕には見えなかったけど。
小学生の頃、軽い気持ちでこの本のことを喋った僕を、母さんはいろんな病院に連れ回した。この部屋が無味乾燥な真っ白に変わったのは、確か5件目ぐらいでの病院でのアドバイスだった。
どうして、こんなに部屋が真っ白なのか、僕どころか当の母さんでさえ、もう憶えていないと思う。ただ、僕の頭が治るように祈りのように、母さんはいろんなことをし続けている。
目線を正面に戻すと、手の内側にいつもの本の感覚がくる。
パジャマのお尻のポケットに、その本をねじ込む。
そして無造作に、無計画に。無意識のまま、僕は窓を開け放った。
すでに開いていたカーテンが、外から流れ込む風の濁流に巻き込まれて広がる。僕は驚いて固まった。その叩きつけるかの様な暴風雨に、じゃない。
「よう__何してんだ?オマエ」
2階のベランダから見下ろした路上に、嵐吹き荒ぶその只中に。
なんでもないような顔をして立つ、美しい人がいたからだった。
「なにびっくりしてるんだ、オマエ?驚くのはオレのほうだろ」
「い、いや、君は一体、こんな天気で何をしてるんだ」
白い肌は、雪原を思わせるほど無垢で。闇世に広がる金の髪は、漆喰に映える金細工を想わせる。日本人離れした……いや、もしかしたら本当に日本人ではないかもしれない。それどころか、こんな造形、人間以外のナニカでしたって言われた方が納得できる。
「何してるって、あれだよ。__道に迷ってたのさ。そうじゃなきゃ誰がこんな天候の夜中を彷徨うっていうのさ」
「そ、そりゃ、いるかもしれないだろ!」
「ハハっ。それもそうだ。こんな天気で窓開け放ってるイカれた頭のやつもいるんだからな」
多分、こいつは男だ。声の感じとか、喉仏を見る限り、多分。
いや、けどその顔つき雨を見ていると不安になる。大人は、僕たち学生年齢が、ぱっと見の外見からは想像つかなくなってるみたいだけど、今ならその気持ちがちょっとわかる。
こいつはいくつぐらいなんだろう。2階から見下ろしてる限りじゃ身長も大雑把にしかわからない。
『ヒカリ、上で何してるの!一人で喋ってるみたいだけど!』
バッと振り向くと、階下からの母の声。
あぁ、しまった。あの人にバレてしまっては、もうこの話はおしまいだ。階段を駆け上ってくる音を感じながら、窓を閉じて、カーテンも閉める。
「ヒカリ!、どうしてこんなに濡れてるの、なにかあった、また変なもの見てるわけじゃ」
「……大丈夫だよ、母さん。ちょっと虫が出て、大変だったんだ」
「大丈夫って、こんっなに濡れて大丈夫も何もないでしょう?全くヒカリは……もう、すぐタオルってくるから」
「大丈夫だよ。拭くほどじゃない。すぐ風呂にも行くし」
「そうも言ってられないわ。明日またお医者さんに診てもらいましょう?そろそろ受診の日なんですから」
「はいはい。そろそろ夏休みだから、その前には前には行かないといけないもんね」
僕よりも、僕の体調を気にする母を宥めて、追い出す。
ため息が、肺の奥底からこぼれ出す。
「へぇ、随分息子思いのお母様じゃんか」
「やめろよ、笑ってるんだろその声。あの人も頑張ってるんだ、って!?」
バッと振り返って、真っ白いカーテンの方を見る。
僕の幻聴じゃなければ、このカーテンの向こうに、さっきのアイツがいる。あの妖艶な表情をする、あの生き物が。
僕らを隔てる布の障壁を、急いで開け放つ。
「よぉ。さっきぶりだな」
「おまえ、ここは2階だぞ、そもそもなんで登ってきたんだよ」
「夜道は……冷えるからな」
白い指が、コンコンとガラス越しに錠を叩く。
開けろというのか。少しの苛立ちを込めて、こいつの顔を見ると__あぁ遠目の煌びやかさで気づかなかった。こいつ__
カチャン
「入れよ。濡れるだろ」
「おいおい、怪しい奴は家に入れるもんじゃないぜ」
「なんだ、悪いことするのか?」
「いや、しないが……」
金髪のコイツは部屋に入ると、カラーボックスの中のタオルを数枚奪って、僕の布団に潜り込んだ。無理もない。さっき、ロックを開ける前のこいつの顔は、心の底から疲弊した人のソレだった。
「僕は風呂場に行ってくる。好きにしてくれていいけど、せめて水分は拭ってからにしてくれ」
そう言い放って、ドアノブに手をかける。
不用心が過ぎるだろうか。いや、何から何までわからない奴だけど、なんだか悪いやつな気はしなかった。……まぁ、白い本同様、僕の幻覚っていう方が、あいつが強盗って話よりは、まだ現実味がある様な気がしたってだけだ。
脱衣所で、服を脱いでいく。
ほんの数秒外に居ただけなのに、水分で張り付いて脱ぎにくい。思えば、アイツはその悪天候の外から来たわけだ。本人もタオルを持っては居たけど、後で僕が拭かないと、だ。
まったく、訳のわからない不思議な奴だった。シャワーを浴びながらも、片手に自然に現れた本を、浴槽のフチに置く。僕より不思議なやつなんて、病院の外で見ることはなかなかない。
キュ
シャワーの水を止めて、湯船に浸かる。母さんが眠った後だったら、2階のアイツも風呂に入れてやれるだろうか。
湯船に肩まで浸かると、体の底からため息のように、長く空気が出る。
「明日は、医院か」
水音を立てながら腕を上げて、前髪をかきあげる。
医院のセンセイは……なんというか、その、疲れる。自分より頭のいい人と話す時と、似たようなかんじ。僕の知らない僕のことを、あの人は何か知っているような気がする。
「嫌いかどうかで言えばむしろ、逆なんだけどな」
正直、センセーがどうやって、あの心の脆い母さんから信用をもぎ取り、僕の主治医なんてやってるかわからない。診察室ですらタバコ臭いような人なのに。
……って、いけない。思わずぼうっとしてしまっていた。
待っているか、はともかく、部屋に人がいるはずなのだ。早く部屋に戻らないと。間違いなく、アイツは不審者ではあるし。
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