第9話 逃亡
冷たい石の感触が、背中に残っていた。
鉄格子の向こうで、松明が揺れている。
湿った空気。
鉄と汗の混じった匂い。
俺は、牢に放り込まれていた。
両手には手錠。
重く、冷たい。
金属の輪が、手首に食い込んでいる。
通路の先で、衛兵が一人、退屈そうに立っていた。
腰には鍵束。
歩くたび、金属が小さく鳴る。
(……あれだ)
考えるより先に、呼吸を整える。
焦るな。
今は――耐える時だ。
◆
しばらくして、衛兵が近づいてきた。
「どうだ? 反省はしたかよ、冒険者」
嘲るような声。
檻の前で立ち止まり、俺を見下ろす。
俺は、わずかに身体を前に倒した。
「……水を、もらえませんか」
弱く。
できるだけ情けなく。
衛兵は鼻で笑った。
「はっ。さっきまで威勢よかったくせに」
鍵束が、視界に入る。
――今だ。
俺は、ゆっくりと手を伸ばした。
だが――
ガシッ。
伸ばしかけた腕が、途中で止まる。
次の瞬間、手首を強く掴まれた。
骨を押さえ込まれるような力。
「何だ、その手は」
衛兵の声が低くなる。
「こいつ! 何しやがる!!
逃亡するつもりか!!」
通路に響く怒声。
失敗。
一瞬で判断する。
(まずい)
「《時戻し》……4秒」
◆◆ 時間が4秒巻き戻る ◆◆
世界が、軋む。
頭の奥が、鈍く痛む。
――戻った。
同じ位置。
同じ足音。
同じ距離。
衛兵は、また格子の前に立っていた。
「どうだ? 反省はしたかよ、冒険者」
同じ台詞。
同じ油断。
(……今度は)
俺は、わざと大きく声を張り上げた。
「俺は!!
何もやってないんですよお!!」
突然の大声。
衛兵が、眉をひそめる。
「……あ?」
俺は、そのまま叫び続けた。
「助けただけだ!!
爆発から人を助けただけで!!
なんでこんな所に――!!」
「いい声で叫ぶじゃねぇか。
ひゃっはっは!!」
衛兵は笑いながら、顔を近づけた。
その瞬間。
――鍵束が、視界の端に揺れた。
(……今だ)
そっと手を伸ばす。
触れる。
引っかける。
音を、立てるな。
金属が、手の中に滑り落ちる。
(……取った)
衛兵はまだ笑っている。
「どうせ明日には――」
俺は、静かに手を引いた。
鍵は、確かに俺の手の中にあった。
心臓が、うるさい。
(……行ける)
「せいぜい、明日を楽しみにしているんだな!」
衛兵が背を向ける。
その背中が遠ざかるのを、じっと待つ。
足音が、角を曲がって消えた。
地下に、静寂が戻る。
俺は、握りしめた鍵を見下ろした。
――ここから先は、戻れない。
捕まれば、次はない。
逃げ切れなければ、終わりだ。
それでも。
俺は、息を深く吸い込んだ。
(……逃げる)
それが、生き残るための選択だ。
――覚悟は、もうできていた。
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