表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/50

第45話 三つ目

「……殿下」


下っ端の一人が頭を下げる。


「ご命令通り、銀髪の猫耳メイド、確保しました。相棒の男も――」


「ふふ。よろしい」


男――バハリュート第三王子は、手袋の指で顎を撫でた。上品な仕草のくせに、目だけが濁っている。獲物を見る目だ。


俺とリアは椅子に座らされ、縄を掛けられたまま。痛む肩が、じくじく熱を持つ。血の匂いが鼻の奥に残って、妙に頭が冴えた。


王子は、俺の前まで歩いてきて、わざとゆっくり言った。


「よくも舞台を台無しにしてくれたな」


口角が上がる。


「グリムフォードという良いコマも、よくも潰してくれた。あいつは頭が悪いが、金と人間の扱いだけは上手かったのに」


次に、リアを見る。まるで品物を値踏みするように。


「……お前、そんなにそれが大事か?」


俺の縄を指先でつつくように触れ、厭味ったらしく囁いた。


「獣人のくせに、随分と“相棒”に愛されているじゃないか。なら――お前の前で、ズタズタにしてやろう」


リアが息を呑む。肩が震えた。


俺の中で、何かが静かに崩れた。


怒りじゃない。もっと黒い、冷たいものだ。


王子は満足そうに笑って、今度は俺へ視線を戻す。


「冒険者風情が、この俺の邪魔をしてくれたな。身分も分からぬ虫けらが、王家の意志を踏みにじった罪は重いぞ?」


――王家の意志。


自分で言った。


この瞬間、ここにいる全員が聞いた。


壁際の“下っ端”の一人が、ゆっくり前へ出る。フードを深く被ったまま、声だけが落ちた。


「……殿下」


王子が眉をひそめる。


「何だ。勝手に口を挟むな」


フードが、わずかに上がる。


隠していた顔が、灯りに晒された。


「騎士団長――セネガル……!?」


ざわ、と空気が震えた。下っ端たちの顔色が変わる。私兵の一人が反射的に剣に手を掛ける。


セネガルは淡々と告げた。


「今の言葉、聞き捨てならない。あなたは自ら、王家の名で人攫いと私刑を指示した」


王子は、一瞬だけ驚いた顔をして――すぐに笑った。


「はは。立ち会いか。ご苦労だな、騎士団長」


余裕を崩さない。むしろ楽しそうに、俺とリアを見下ろす。


「だが、何だ? 証拠でも持ってきたつもりか? 聞き間違いだと言えば終わりだ。お前の“耳”に価値はない」


セネガルの目が鋭くなる。


「殿下――」


「黙れ」


王子が、軽く手を振った。


その瞬間、私兵が一斉に動いた。数歩、セネガルへにじり寄る。逃げ道を塞ぐ陣形。ここは王子の私邸。数も権限も向こうが上だ。


――その上で。


王子の手が、懐へ伸びた。


俺の背筋が凍る。


(来る)


ただの武器じゃない。


前に見た。何度も何度も。どうしても勝てなくて、傷だらけになって、死にかけて――それでも戻って、戻って、戻って。


グリムフォード侯爵が最後に出した、あの水晶の髑髏。


あれが出た瞬間、世界のルールが変わる。


「……っ」


叫ぶ前に、時間を裂く。


〈時戻し〉四秒。


世界が、鈍く軋んだ。



戻る。


王子の指先が、まだ懐に触れる“直前”。


痛みが頭蓋の内側を叩き、視界が一瞬だけ滲む。だが倒れない。今ここで崩れたら終わりだ。


俺は息もつかず、リアにだけ低く言った。


「リア。今から――あいつが“水晶の髑髏”を出す。腕ごと凍らせろ。出させるな」


リアの瞳が大きく揺れる。


何を言ってるのか分からないはずなのに、俺の声の温度だけで察したのか、短く頷いた。


「……はい」


王子の手が、懐へ――。


その瞬間、リアの魔力が走った。


白い霜が、王子の袖口から一気に這い上がる。手袋ごと、肘まで。


「な――!」


王子の動きが止まった。氷が“掴んだ”みたいに、関節を固めている。


懐から半分だけ覗いた透明な髑髏が、凍りついた腕の下で鈍く光った。


セネガルが一歩踏み込む。


「殿下、これ以上の抵抗は――」


「……黙れ」


王子の声が低くなる。さっきまでの余裕が、剥がれ落ちた。


「凍らせた? 凍らせたくらいで止まると思ったか?」


王子は笑った。歯を見せて。


「俺は“選ばれた”人間だ。世界を征服する人間だ。全ては俺のものだ」


凍った腕を、無理やり引く。氷が軋む。砕ける音。リアが息を呑んだ。


王子は、凍結の隙間から髑髏を引き抜こうとする――だが完全には抜けない。腕が言うことを聞かない。


それでも王子は、往生際悪く叫んだ。


「なら、俺が器になればいい……!」


凍りかけた腕を、自分の胸へ叩きつける。水晶の髑髏が、服越しに押し当てられた。


「――来い。来い、来い、来い……!」


空気が、沈む。


灯りが揺れた。音が消えた。


水晶の髑髏の眼窩が、黒く光った。


(やめろ――!)


俺が動くより早く、黒い靄が噴き出した。王子の胸へ、腕へ、喉へ。


王子が笑う。喉が裂けるような笑い声で。


「そうだ……これだ……!」


次の瞬間。


肉が盛り上がる音がした。


骨が鳴る。関節が歪む。王子の身体が、人の形を保てなくなる。


布が裂け、鎧みたいに皮膚が硬化し、背中から“何か”が膨らむ。


そして――


顔の中央、額のさらに上。


三つ目が、開いた。


薄い膜が破れ、ぎょろりと眼球がこちらを見た瞬間、俺は確信した。


(……同じだ)


前に見た“あれ”。


この先、何度も俺たちを追い詰める気配。


王子だったものが、巨人になっていく。天井に頭がつかえるほどの、三つ目の怪物。


セネガルが剣を抜いた。


「全員、下がれ!」


私兵が凍りついたように動けない。


リアが一歩、俺の横へ出る。震えていない。目が、冷えて澄んでいる。


俺は縄を引きちぎるように腕を捻り、短剣を握り直した。


肩が痛い。頭が重い。息が荒い。


それでも――目の前の怪物は、もう笑っていた。


「さあ。続けよう」


三つ目が俺たちを映す。


「泣かせるのは、どっちだ?」


リアの息が、俺の隣で一度だけ跳ねた。


俺は短く言う。


「……リア、来い」


「……はい」


返事は、いつも通り。けれど今までで一番強い。


怪物が、大剣を拾い上げた。


次の瞬間、広間の床が震えた。


――戦いが始まる。

【フォローすると次話がすぐ読めます】

★評価・ブックマークが本当に励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ