第42話 バディ
奥へ進むほど、灯りが整いすぎていた。
さっきまでの雑なアジトと違う。通路の壁には鉄の留め具、床は踏み固められて、足音が嫌に通る。
(……ここが“中枢”か)
リアが俺の背後で裾を掴む。小さな力。離れていない、と分かる。
「……気をつけろ」
「はい」
角をひとつ越えた瞬間、空気が変わった。
扉のない広間。天井は高い。壁に掛けられたランタンが等間隔に並び、影が少ない。
中央に、二人。
ひとりは鎧の男。全身を鈍い鉄で覆い、背中に大剣を背負っている。動かず、こちらを待っていた。
もうひとりはローブの魔術師。顔は半分、布で隠されている。指先だけが、やけに白い。
「……ほう」
鎧の男が笑う。
「雑魚が全滅か。やるじゃねぇか、猫耳の相棒」
魔術師が、こちらを品定めするように目を細めた。
次の瞬間、指先が弾かれた。
――火球。
橙の塊が弾丸みたいに飛んでくる。熱が皮膚を焼く距離。
(速い……!)
俺は身を沈め、横へ滑る。火球が背後の壁にぶつかり、爆ぜた。
熱風。火の粉。視界が一瞬白くなる。
その隙を狙って、鎧の男が来た。
大剣が、床を薙ぐ低い軌道。
避けた先を塞ぐように――ぴったり重なる。
(連携……!)
俺は跳ねるように後ろへ退いた。刃先が衣の端を持っていき、布が裂ける。
まだ浅い。動ける。
だが――次が来る。
魔術師が、もう一度指を弾く。
二発目。角度を変えた火球。
鎧の男はその瞬間だけ動きを止め、俺の逃げ道を“作る”。
そこへ、剣が落ちてくる。
(罠みたいに……)
避けきれない――直感した瞬間、視界が暗くなる。
〈時戻し〉二秒。
世界が軋み、熱と風が巻き戻った。
◆
二秒前。
火球が放たれる直前。鎧の男の体重移動が、ほんのわずかに始まる瞬間。
(今度は先に、距離を詰める)
火球が来る。分かっている。
俺は“避ける”んじゃない。潜り込む。
火球が頭上を掠め、熱が髪を舐めた。
そのまま魔術師へ――と思った瞬間、鎧の男が割り込む。
大剣が横薙ぎ。鉄の塊が空気を裂き、俺の胸元を持っていく。
咄嗟に引く。
刃は届かない。代わりに、風圧だけが肋を叩いた。
(届かない。硬い。速い)
魔術師の指がまた弾かれる。火球。
鎧の男が半歩、踏み込む。次は縦だ。
俺が横へ逃げれば、火球が当たる。
前へ行けば、剣が落ちる。
(くそ)
〈時戻し〉三秒。
◆
三秒前。
広間へ踏み込む瞬間。
今度は、最初から“連携の形”を崩す。
鎧の男の間合いに入る前に、投げた短剣を魔術師へ――
火球が先に飛んだ。
投擲に合わせて放たれた火球が、俺の腕を焼くように掠める。熱い。皮膚が引きつる。
一瞬だけ動きが鈍る。
その一瞬で、鎧の男が詰めた。
大剣が、床すれすれを薙ぎ――俺の足元をさらう。
体勢が崩れる。
火球が目の前に迫る。
(間に合わない)
〈時戻し〉二秒。
◆
戻る。
また戻る。
火球を避ける。剣が来る。
剣を避ける。火球が来る。
角度を変える。距離を変える。踏み込みを変える。
それでも、あの二人の噛み合いは崩れない。
何度も、熱が頬を舐めた。
何度も、刃先が服を裂いた。
浅い切り傷が増え、汗が冷える。
頭痛が、じわじわ強くなる。
吐き気が喉まで上がる。
でも――まだ動ける。
(……守る)
リアを後ろに置いたまま、俺が前で潰す。
それが一番安全だ。
次の踏み込み。
火球が来た。
俺は避ける。潜り込む。距離を詰める。
鎧の男が横薙ぎを振る。
俺は後ろへ引く。間合いの外へ――
その時。
鎧の男が、刃の軌道を変えた。
横じゃない。縦。
大剣が、今度は縦に落ちてきた。
――狙いは、俺じゃない。
落下点が、俺の横をすり抜けて――リアの位置に重なる。
(やめろ!)
叫ぶ暇もない。
身体が勝手に動いた。
リアの前に滑り込む。肩を捻り、刃を受け止める角度を作る。
次の瞬間。
鎧の男の大剣が、俺の肩口を抉っていた。
「――っ!」
衝撃。重い。鈍い。
骨が軋み、視界が白く弾ける。
熱い。血が噴いた。
腕の感覚が抜けていき、指先が震える。
息が、上手く吸えない。
膝が勝手に落ちた。
「時人様――!」
リアの声が遠い。
鎧の男が、追撃のために大剣を引き抜く。
魔術師が指を弾く。火球が、こちらへ――
(……まずい)
このままじゃ、次で終わる。
俺が倒れれば、リアが巻き込まれる。
だから、立つ。立たなきゃいけない。
――なのに。
背後の空気が、変わった。
◆
「……やめて」
リアの声だった。
震えていない。泣きそうでもない。
冷たい。刃みたいに冷たい声。
次の瞬間、広間の床が白く染まった。
ぱき、ぱき、ぱき――。
氷が走る。線じゃない。面だ。
足元から一気に広がって、壁まで届く。
鎧の男の足が止まる。
鉄靴ごと凍りつき、床と一体になる。
「……っ!?」
鎧の男が力任せに抜こうとする。
だが氷は割れない。むしろ、さらに厚くなる。関節の隙間へ入り込み、動きを奪っていく。
魔術師が火球を放とうとする。
指が弾かれる――はずだった。
だが、指先が途中で止まった。
凍った。
白い氷が手首から先を覆い、関節を固め、術式そのものを奪う。
魔術師の目が見開かれる。
「な、なん――」
声が終わる前に、口元まで氷が這い上がる。
唇を塞ぐ。息を奪う。
叫べない。詠唱できない。
ただ、もがくだけ。
リアが一歩、前へ出た。
瞳が、氷みたいに澄んでいる。
「……あなたは、時人様を傷つけた」
その言葉が落ちた瞬間、魔術師の足元から氷の柱が突き上がった。
逃げ道を潰す檻じゃない。
“刺す”ための形だ。
白い刃が胸を貫き、背を抜けた。
魔術師の身体が小さく跳ね、次に動かなくなる。
鎧の男が怒鳴った。
「女ァァ!」
力任せに凍結を砕こうとする。
鉄が軋み、氷がひび割れる。
だが、割れるより早く、リアの氷が上書きする。
鎧の隙間へ、関節へ、呼吸の隙間へ――容赦なく入り込む。
男の動きが、目に見えて鈍った。
大剣が落ちる。鉄と氷がぶつかる鈍い音。
リアは近づかない。
近づく必要がない。
彼女は手を上げ、指先をわずかに曲げた。
それだけで。
鎧の男の胸元から、氷が噴き出した。
鎧の内側――体温のある場所を、内側から凍らせるみたいに。
男の身体が大きく跳ね、次に崩れ落ちる。
鉄の塊が床に落ちるはずの音さえ、氷が吸い込んで小さくした。
広間が、静かになった。
◆
俺は肩を押さえながら、息を吸う。
痛い。腕が上がらない。血が温かい。
でも――生きてる。
リアが振り返った。
さっきまでの冷たい顔が、少しだけ崩れる。
「時人様……!」
駆け寄ってくる。血を見て、唇が震えた。
「……ごめんなさい。私……」
「いい」
俺は短く言った。
それ以上、言わせたくなかった。
リアが俺の肩に触れようとして、手を止める。
自分の魔力がまだ残っているのか、怖いのか。
「……時人様を、もう傷つけさせたくなかった」
ぎりぎりで泣かない声だった。
俺は息を吐く。
胸の奥に溜まっていた何かが、少しだけ抜ける。
「……助かった」
それだけで、リアの目が揺れた。
頷いて、強く頷いて、俺の裾を握り直す。
俺は短剣を握り直し、肩の痛みを無視して立ち上がる。
「行くぞ、リア」
「……はい」
リアが裾を掴む手に、もう一度力が入る。震えはまだ残っている。でも、逃げない。
俺は一度だけ、視線を落とした。
氷に覆われた床。倒れた二人。血と息の匂い。
そして――俺の横に、ちゃんと立っているリア。
「……さっきの、無茶した」
思ったより低い声が出た。叱るつもりはない。ただ、確かめたいだけだ。
リアが小さく首を振る。
「無茶じゃありません。……時人様が、私を守ったから」
言い切って、視線を逸らさない。
「だから、今度は私が守ります」
胸の奥が、ひゅっと縮む。
痛みで息が荒いのに、その言葉だけが真っ直ぐ入ってくる。
俺は短く息を吐いた。
「……頼む」
それだけでいい。
リアが頷く。いつもの「はい」より、ずっと強い。
「離れるな」
言いかけて、やめた。もう分かってる。
代わりに、言う。
「一緒に来い」
「……はい。隣で」
リアが半歩、前に出る。俺の横に並ぶ。
肩の痛みが走る。けれど足は止まらない。
隣の呼吸が、確かにある。
――バディだ。ここから先は、二人で終わらせる。
俺たちは同時に踏み出した。
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