第41話 やり直しの果て(時人視点)
最初の一歩で、死んだ。
角を曲がった瞬間、見張りの男と目が合った。
「――侵入――」
叫ばれる。
その声に反応して、奥の弓が上がる。
放たれた矢が、真っ直ぐ腹に刺さった。
熱い。
次の瞬間、内臓が焼けるみたいな痛み。
膝が落ちる。
(……あ、これ無理だ)
視界が暗くなる、その直前。
〈時戻し〉三秒。
世界が跳ねた。
◆
戻る。
角の手前。まだ踏み出していない位置。
腹の痛みは消えている。
でも、刺さった感覚だけは残っている。
嫌な汗が背中を伝う。
(正面はダメだ)
配置を変える。呼吸を殺す。
もう一度、踏み出す。
◆
二回目。
今度は見張りを処理。うまくいった。
……が。
卓の男に椅子の音で気づかれる。
「誰だ!」
奥の魔術師が詠唱。
間に合わない。
足元が爆ぜる。
爆風。
身体が壁に叩きつけられる。
肺の空気が全部抜けた。
(くそ――)
〈時戻し〉四秒。
◆
三回目。
見張り成功。卓も成功。
だが弓。
死角から撃たれる。
太腿貫通。
転倒。
追撃。
喉に刃。
終わり。
〈時戻し〉三秒。
◆
四回目。
五回目。
六回目。
失敗。
失敗。
失敗。
矢が刺さる。
首を切られる。
魔術が爆ぜる。
背後から殴られる。
血の味。
骨の音。
息ができない。
視界が赤い。
そのたび。
戻る。
戻る。
戻る。
◆
何回目か、もう分からない。
頭痛がひどい。こめかみが脈打つ。
めまい。吐き気。いつもの代償。
でも、まだ動ける。
(順番だ)
敵は十数人。
一気にやるから崩れる。
だから、一人ずつ。
確実に。
最短で。
頭の中で配置を組み替える。
見張り → 卓 → 弓 → 魔術 → 巡回 → 固まり。
パズルだ。
失敗するたび、正解が近づく。
◆
十一回目。
見張り、成功。
倒れる音、出た。
失敗。
戻す。
◆
十五回目。
卓、成功。
血が机に垂れて気づかれる。
失敗。
戻す。
◆
十九回目。
弓の位置、ようやく把握。
木箱の影。
あそこだ。
先に潰す。
成功。
◆
二十回目。
魔術師の詠唱は二文字目。
そこまでに投げれば間に合う。
成功。
◆
二十三回目。
五人組の立ち上がり。
一人目を殺した瞬間、二人目に刺される。
順番を変える。
三人目からだ。
戻す。
◆
二十七回目。
全部、繋がった。
見張り、音なし。
卓、音なし。
弓、凍結補助。
魔術、投擲。
巡回、背後。
五人組、三→一→二→四→五。
最短ルート。
無駄ゼロ。
(……これだ)
◆
走る。
今度は、全部分かっている。
誰がどこに立つか。
誰がいつ振り向くか。
身体が勝手に動く。
一人目。喉。
二人目。首。
三人目。心臓。
四人目。沈黙。
五人目。懐。
全部、間に合う。
全部、避けられる。
まるで敵の動きが遅く見えるみたいだ。
違う。
ただ、何度も見ただけだ。
何度も死にかけただけだ。
◆
最後の男が崩れる。
静寂。
血の匂い。
立っているのは、俺とリアだけ。
肩で息をする。
こめかみが、ずきずき痛む。
吐き気が上がる。
でも。
やっと。
やっと、正解に辿り着いた。
◆
ふと、リアを見る。
驚いた顔で、俺を見ている。
きっと、俺が一瞬で全員倒したように見えているんだろう。
傷ひとつなく。
迷いもなく。
まるで最初から勝ち筋が分かってたみたいに。
……違う。
そんな綺麗なもんじゃない。
何十回も失敗した。
何十回も刺された。
何十回も死にかけた。
その積み重ねの、結果だ。
◆
最後の男が崩れる。
静寂。血の匂い。
立っているのは、俺とリアだけ。
肩で息をする。
こめかみが、ずきずき痛む。
吐き気が上がる。
意識が朦朧とする。
でも、やっと、やっと正解に辿り着いた。
――そこで、ふと。
視線が、勝手に隣へ向いた。
胸の奥が、鈍く痛んだ。
リアがいる。
ちゃんと、立っている。
呼吸している。
それだけで、肺の奥に溜まっていた息が、少しだけ抜けた。
……なのに、怒りは消えない。
あいつらが口にした言葉が、まだ耳に残っている。
「猫耳メイド」「銀髪」「泣かせろ」
ふざけるな。
俺の知らないところで。
俺のいない場所で。
また、リアを奪う気だった。
一度失った未来を、もう一度繰り返す気だった。
拳に、力が入る。
自分でも驚くくらい、冷たい感情だった。
怖い、とか。迷い、とか。
そういうものが、どこかに消えている。
ただ。
「全部、壊す」
それだけが、はっきりしている。
……こんな顔、リアには見せたくないんだけどな。
少し心配そうな顔のリアが言った。
「……行きましょう、時人様」
「ああ」
灯りの向こうに、まだ気配がある。まだ、笑い声がする。
俺は歩き出す。
影みたいに。
音もなく。
怒りだけを胸に抱いたまま。
――もう二度と、リアを失わない。
そのためなら。
何だってやる。
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