第40話 静かな怒り(リア視点)
灯りの向こうに、男たちがいた。
広い空間に、粗末な机と酒瓶と木箱。笑い声が反響している。
ざっと見ただけで十人以上。通路の角、荷物の陰、奥の卓。配置がばらけている。
普通なら、どう考えても正面からどうにかできる人数じゃない。
……なのに。
隣にいる時人様は、迷わなかった。
「……気をつけろ」
短い声。それだけ言って、時人様は前を向く。
「はい」
次の瞬間、時人様の姿がふっと薄れた気がした。
◆
最初の一人。角の見張り。壁にもたれて、眠そうに欠伸をしている。
その背後に――いつの間にか、時人様がいる。本当に、いつの間に。
男が気配に気づいて振り向く。
でも。
振り向ききる前に、喉元に銀が走った。
声が出ない。崩れる。
倒れるはずの身体を、時人様が肩で受け止める。そっと床へ寝かせる。
……音が、しない。
(え……?)
速すぎて、理解が追いつかない。
◆
二人目。卓でカードをいじっていた男。
椅子を引く、ぎ、と小さな音。その瞬間、時人様が机の陰を滑る。低く、影みたいに。
次の瞬間には、男の首が不自然に揺れていた。
血。でも椅子は倒れない。身体はゆっくり横に置かれる。まるで眠ったみたいに。
(今、何を……)
見えない。動きが、見えない。
◆
三人目。弓を持った男がこちらを見る。
目が合う。
「あ――」
叫ぶ、はずだった。
私は反射的に魔力を走らせる。足元だけ。
ぱきん。氷。
膝下が凍る。体勢が崩れる。
その瞬間、時人様の短剣が、す、と胸へ。
動きが止まる。
一瞬。本当に一瞬。
◆
止まらない。
四人。五人。六人。もう数えられない。
時人様は止まらない。
木箱の陰から出てきた男の背後を取り、口を塞ぎ、そのまま沈める。
逃げた男の進路を、なぜか先回りして待っている。角を曲がった瞬間、刃が喉元。
魔術師が詠唱を始める。長い言葉。
でも、二文字目で終わっている。
投げたナイフが喉に刺さり、声が途切れる。
(……なんで)
どうして、そこに立てるの。どうして、その瞬間に動けるの。
全部、無駄がない。
◆
広間の中央。五人が固まって立ち上がる。
「おい、見張りが――」
「誰か来て――」
遅い。
一歩。時人様が踏み込む。
一人目、喉。
二人目、心臓。
三人目、腕を掴んで引き倒し、首。
四人目、背後から口を塞いで沈黙。
五人目が剣を抜く。
間に合う、はずだった。
なのに。
刃が振り下ろされる前に、時人様が懐に入り込んでいる。
近すぎる距離。
男の目が、恐怖で見開かれる。
次の瞬間には、崩れていた。
全部、一撃。全部、無駄がない。
◆
気づけば、広間に立っているのは私と時人様だけだった。
さっきまで笑っていたはずの男たちが、誰一人、立っていない。
なのに、大きな物音がひとつもなかった。
私は、自分の呼吸だけがうるさく感じた。
(……強い)
違う。それだけじゃない。
これは、怖い。人の戦い方じゃない。
未来が見えているわけじゃない。
でも――全部、紙一重で避けて、全部、無駄のない最短で届いている。
迷いが、まるでない。
敵がどこに立つか、どこから振ってくるか。それを身体が最初から知っているみたいに。
積み重ねた経験と勘が、限界まで研ぎ澄まされた結果。
そうとしか、思えなかった。
◆
時人様が振り返る。
血が付いているのに、表情はいつもと同じ。
「……次だ」
その声が、あまりに静かで。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
この人は。
私が狙われた、それだけで。
ここまで怒れるんだ。ここまで容赦なくなれるんだ。
怖い。
でも。
どうしようもなく、思ってしまう。
(……この人を、支えたい)
一人で、こんな闇に立たせちゃいけない。
私は裾を強く握った。
「……行きましょう、時人様」
「ああ」
短い返事。
私たちは、さらに奥へ進む。
灯りの向こう。まだ、気配がある。
男たちは、まだ笑っている。自分たちの最期が、すぐそこまで来ていることも知らずに。
時人様が、また歩き出す。
影みたいに。音もなく。怒りだけを胸に抱いて。
私は、その背中を追った。
――この人の隣に、ずっといたい。
そう、強く思いながら。
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