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第4話 侯爵家の晩餐

路地裏の騒動が収まったあと、

俺はリアと別れ、そのまま冒険者ギルドへ向かった。


胸の奥に残る、妙な引っかかり。

けれど、今は考えすぎても仕方がない。


――まずは、生きるためだ。



受けた依頼は、

「古い屋敷に住み着いた大ネズミの討伐」。


報酬は、銅貨十五枚。


決して割のいい仕事じゃない。

けれど、選り好みできる立場でもなかった。


暗い屋敷の中で、

何度か〈時戻し〉に頼りながらも、どうにか討伐を終える。


最後に残ったのは、

疲労と、ほんのわずかな自信だけだった。


(……少しずつだな)


ギルドへ戻る頃には、

空は茜色に染まり始めていた。



夕方のギルドは、酒場のような賑わいを見せていた。


冒険者たちの笑い声。

木製のテーブルに置かれる酒杯の音。

剣や盾が、無造作に壁へ立てかけられている。


討伐証明を受付に渡し、

報酬を受け取ろうとした、その時だった。


「……時人様」


背後から、聞き覚えのある澄んだ声がした。


振り返る。


そこにいたのは、リアだった。


昼間と同じメイド服。

けれど、夕陽を受けた銀髪が、昼よりも柔らかく見える。


「リア……? どうしてここに?」


リアは、少しだけ困ったように胸元で手を組んだ。


「昼間の件を、侯爵様にお話ししました。

 そうしたら……どうしても、お礼がしたいと」


「お礼?」


「はい。

 馬車を用意しております。ご一緒いただけませんか」


予想していなかった言葉に、思わず言葉を失う。


「いや……俺は、ただ通りがかっただけで……」


「それでもです」


リアは、はっきりとそう言った。


「あのままだったら……私は」


そこで言葉を切り、

視線を落とす。


尻尾が、かすかに揺れた。


その仕草を見てしまって、

断るという選択肢は、自然と消えていた。


「……分かった。そこまで言われたら、行くよ」


リアの表情が、ぱっと明るくなる。


「ありがとうございます、時人様」



ギルドの外には黒い馬車が待っていた。

飾り金具は控えめだが品が良く、侯爵家の格式を感じさせる。


御者が帽子を下げ、丁寧に挨拶する。


「それでは、屋敷までご案内いたします」


揺れる馬車の中で、俺とリアは向かい合った。


とはいえ――

俺のほうは緊張でほとんど固まっていた。


「時人様……その、今日は本当にありがとうございました」


「いや、俺は……ただ、見過ごせなかっただけで」


リアは小さく微笑む。


「時人様のような方は……あまり、いらっしゃいません」


その言葉に返事ができず、視線が泳ぐ。

けれど同時に、彼女の首元に見える“錠前付きの首輪”が胸をざわつかせた。


(……あの首輪。絶対普通じゃない)


問いただしたい。でも――彼女が望まないなら無理に聞くべきじゃない。


そんな逡巡のうちに馬車は徐々に速度を落とし、やがて大きな屋敷の前で止まった。



グリムフォード侯爵邸。


整えられた庭園。

噴水。

広い石畳のアプローチ。


街の中にありながら、

まるで別の世界だった。


中へ案内され、

しばらく待たされたあと――


「よく来てくれた。霧島時人君」


落ち着いた低い声。


階段を降りてきたのは、

上品な口髭をたくわえた壮年の男だった。


アルバート・グリムフォード侯爵。


柔らかな笑み。

だが、どこか目が笑っていない。


「リアが世話になったそうだね。本当に感謝している」


「そ、そんな……俺はただ、偶然通りかかって……」


「それでも結果がすべてだ。」


「ぜひ、食事を共にしよう」


侯爵は、そう言って手を差し出した。



晩餐は、想像以上に穏やかだった。


料理はどれも美味しく、

会話も終始、和やかに進む。


けれど――

視線だけは、何度も感じた。


「時人君の戦いぶりは、リアから聞いたよ。

 まるで達人のような身のこなしだったとか」


リアが、そう報告したのだろう。


「えっ……いや、そんな……」


「三人を相手にしながら、一切怯まず動いたとか。

 武術の経験は?」


まさかそんなふうに説明されてるとは思わなかった。


「いや、本当に……俺はただ、必死で」


「ほう。では何か“特別な力”でもあるのかね?」


「実は、数秒ですが時を戻す能力を使ったんです。

 それで、失敗しても何度もやりおおして……」


グリムフォード侯爵の目がわずかに鋭くなった。気がする。


一瞬、心臓が跳ねた。


――胸の奥に鋭い警告が走った。


(……ダメだ。何かいやな予感がする)


理由は分からない。ただ、直感が強く拒絶した。


「《時戻し》……2秒」


◆◆ 時間が2秒巻き戻る ◆◆


巻き戻った世界で、侯爵が再び問いかける。


「ほう。では何か“特別な力”でもあるのかね?」


俺は即座に首を横に振った。


「いえ、本当に……ただの勘です。必死だっただけで」


侯爵は少し驚き、すぐに柔らかく笑った。


「そうか……だが、実力は確かだ。

 我が家も時に冒険者へ依頼することがある。

 その時は、ぜひ君へ頼みたいものだ」


「は、はい!」


柔らかい笑みに戻ったが、その奥に読めない影があった。



食事は和やかに続いた。

時に侯爵の昔話があり、時にリアが控えめに料理を取り分けてくれた。


そして、デザートが運ばれたころ。


「これは今回の礼だ。受け取ってほしい」


侯爵は銀貨の入った革袋を差し出した。


「え、こんな……!」


「受け取っておきなさい。正当な報酬だよ」


恐縮しながらも、俺は頭を下げて袋を受け取った。


食後、屋敷の前までリアが見送りに来る。


「今日は……本当に、ありがとうございました」


「こちらこそ。ご馳走さまでした」


夜風が、銀髪を揺らす。


別れ際、

また首輪が目に入った。


(……あれは、何だ)


答えは、まだ出ない。



馬車で宿屋まで送ってもらう帰り道、

俺とリアは向かい合って座ったまま、ゆるく会話を続けた。


ぎこちないけれど、それがなぜか心地よかった。


宿へ着き、リアに礼を言って別れる。


部屋へ戻り、硬いベッドへ倒れ込む。


天井を見上げると、ふと彼女の姿がよみがえった。


銀髪の揺れ。澄んだ瞳。

そして――首元の錠前付きの首輪。


(……あれは本当に、ただの装飾か?)


考えるほど胸がざわついた。


そして静かな夜の中、俺はゆっくりと目を閉じた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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