第39話 音のない殺意
暗い。
天井は低く、ところどころ水が滴っている。
ぽた……ぽた……という音が、やけに大きく響く。
足場は悪い。砕石と泥。
滑れば派手な音が出る。
(……最悪だな)
正面突破には向かない。
だからこそ、隠れ家として最適。
胸の奥が、じわりと冷える。
影みたいに歩く。
奥に、灯り。
◆
坑道の奥。かすかな灯りと、話し声。
「今日の“猫耳メイド”、確保できそうだな」
「銀髪のやつだろ? ギルドで目立ってた」
「夕方、買い物帰りを狙う。袋かぶせりゃ終わりだ」
「依頼主が“相棒の男の前で泣かせろ”ってよ。趣味悪ぃよな」
胸の奥で、何かが切れた。
猫耳。
銀髪。
買い物帰り。
(……リアだ)
間違えようがない。
あの夜。血の匂い。冷たい床。動かない身体。
俺の腕の中で、二度と目を開かなかったリア。
(……あの未来で、リアを殺したのは……)
視線が、ゆっくり前へ向く。
(……こいつらか)
怒りというより、黒い泥だ。
どす黒く、重く、底が見えない。
感情が凍り、代わりに残ったのは殺意だけ。
(全員、壊す)
◆
角の向こう。気配は二つ。
だが配置が読めない。死角が多い。
(確認する)
俺は一歩だけ踏み出した。
視界が開ける。
薄暗い空間。粗末な木のテーブル。椅子が二脚。
男が二人。
手前は背中を向けて座っている。
奥は椅子にもたれ、こちら側が視界に入る位置。
奥の男が、俺を視認する。
「なんだ? お――」
――よし。把握した。
位置。椅子の角度。距離。反応速度。
全部、焼き付ける。
確認完了。
〈時戻し〉二秒。
世界が軋み、時間が巻き戻る。
俺はまだ角の陰。踏み出していない。
だが配置は、もう知っている。
俺はリアに囁いた。
「……奥の男の顔を凍らせろ。声を出させるな」
「……はい」
小さく、強い返事。
(最短でいける)
◆
地面を蹴らない。滑るように走る。
まず手前。背中の死角へ。
口を塞ぐ。
「……っ!?」
息が詰まる。
短剣を喉へ。
ためらわない。
す、と。
温かい感触。
力が抜ける。
崩れる身体を支え、静かに寝かせる。音、ゼロ。
同時に。
奥の男の顔が白く染まる。氷。
口元ごと凍結。声帯が動かない。
「――……!?」
悲鳴にならない。ただ、もがくだけ。
俺は迷わず歩み寄った。
視線が合う。恐怖に見開かれた目。
――関係ない。
短剣を逆手に持ち替える。
心臓の位置。肋骨の隙間。角度。
躊躇は、ない。
す、と。
刃が沈む。
肉を割く感触。熱が手に伝わる。
男の身体が小さく跳ね、それだけで終わった。
声も出ない。
ゆっくりと力が抜け、椅子にもたれたまま崩れ落ちる。
動かない。
終わり。
俺は刃を抜き、服で血を拭った。
音は、ひとつも立っていない。
――このアジトにいる奴は、全員同じだ。
一人も、生かして帰さない。
◆
さらに奥へ進む。
鎖。木箱。黒ずんだ床。
乾いた血の色が、ところどころに残っている。
嫌な匂いが、濃くなる。
……その時。
かちゃ……。
鉄が擦れる音。
「……だ、れ……?」
震えた、小さな声。子どもの声だった。
奥の闇の中。鉄格子。檻。
人影が、いくつも重なっている。
――まだ、いる。
攫われた連中が。
そして、そのさらに奥。
複数の足音。笑い声。酒の匂い。
本隊だ。
胸の奥の何かが、完全に冷え切った。
もう迷いはない。
俺は短剣を握り直す。
「……時人様」
裾を掴むリアの手が、少し震えている。
俺は小さく頷いた。
「……大丈夫だ」
声は、驚くほど静かだった。
「――全部、終わらせる」
灯りの奥で、また笑い声が響く。
知らないまま。
自分たちの最期が、すぐそこまで来ていることに。
影みたいに。音もなく。
俺たちは、闇の奥へ踏み込んだ。
――次に悲鳴を上げるのは、あいつらだ。
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