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第39話 音のない殺意

暗い。


天井は低く、ところどころ水が滴っている。

ぽた……ぽた……という音が、やけに大きく響く。


足場は悪い。砕石と泥。

滑れば派手な音が出る。


(……最悪だな)


正面突破には向かない。

だからこそ、隠れ家として最適。


胸の奥が、じわりと冷える。


影みたいに歩く。

奥に、灯り。



坑道の奥。かすかな灯りと、話し声。


「今日の“猫耳メイド”、確保できそうだな」

「銀髪のやつだろ? ギルドで目立ってた」


「夕方、買い物帰りを狙う。袋かぶせりゃ終わりだ」

「依頼主が“相棒の男の前で泣かせろ”ってよ。趣味悪ぃよな」


胸の奥で、何かが切れた。


猫耳。

銀髪。

買い物帰り。


(……リアだ)


間違えようがない。


あの夜。血の匂い。冷たい床。動かない身体。

俺の腕の中で、二度と目を開かなかったリア。


(……あの未来で、リアを殺したのは……)


視線が、ゆっくり前へ向く。


(……こいつらか)


怒りというより、黒い泥だ。

どす黒く、重く、底が見えない。


感情が凍り、代わりに残ったのは殺意だけ。


(全員、壊す)



角の向こう。気配は二つ。

だが配置が読めない。死角が多い。


(確認する)


俺は一歩だけ踏み出した。


視界が開ける。


薄暗い空間。粗末な木のテーブル。椅子が二脚。

男が二人。


手前は背中を向けて座っている。

奥は椅子にもたれ、こちら側が視界に入る位置。


奥の男が、俺を視認する。


「なんだ? お――」


――よし。把握した。


位置。椅子の角度。距離。反応速度。

全部、焼き付ける。


確認完了。


〈時戻し〉二秒。


世界が軋み、時間が巻き戻る。


俺はまだ角の陰。踏み出していない。

だが配置は、もう知っている。


俺はリアに囁いた。


「……奥の男の顔を凍らせろ。声を出させるな」


「……はい」


小さく、強い返事。


(最短でいける)



地面を蹴らない。滑るように走る。


まず手前。背中の死角へ。

口を塞ぐ。


「……っ!?」


息が詰まる。


短剣を喉へ。

ためらわない。


す、と。


温かい感触。

力が抜ける。


崩れる身体を支え、静かに寝かせる。音、ゼロ。


同時に。


奥の男の顔が白く染まる。氷。

口元ごと凍結。声帯が動かない。


「――……!?」


悲鳴にならない。ただ、もがくだけ。


俺は迷わず歩み寄った。


視線が合う。恐怖に見開かれた目。


――関係ない。


短剣を逆手に持ち替える。


心臓の位置。肋骨の隙間。角度。

躊躇は、ない。


す、と。


刃が沈む。


肉を割く感触。熱が手に伝わる。


男の身体が小さく跳ね、それだけで終わった。


声も出ない。

ゆっくりと力が抜け、椅子にもたれたまま崩れ落ちる。


動かない。


終わり。


俺は刃を抜き、服で血を拭った。

音は、ひとつも立っていない。


――このアジトにいる奴は、全員同じだ。


一人も、生かして帰さない。



さらに奥へ進む。


鎖。木箱。黒ずんだ床。

乾いた血の色が、ところどころに残っている。


嫌な匂いが、濃くなる。


……その時。


かちゃ……。


鉄が擦れる音。


「……だ、れ……?」


震えた、小さな声。子どもの声だった。


奥の闇の中。鉄格子。檻。

人影が、いくつも重なっている。


――まだ、いる。


攫われた連中が。


そして、そのさらに奥。


複数の足音。笑い声。酒の匂い。


本隊だ。


胸の奥の何かが、完全に冷え切った。

もう迷いはない。


俺は短剣を握り直す。


「……時人様」


裾を掴むリアの手が、少し震えている。


俺は小さく頷いた。


「……大丈夫だ」


声は、驚くほど静かだった。


「――全部、終わらせる」


灯りの奥で、また笑い声が響く。


知らないまま。

自分たちの最期が、すぐそこまで来ていることに。


影みたいに。音もなく。


俺たちは、闇の奥へ踏み込んだ。


――次に悲鳴を上げるのは、あいつらだ。

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