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第35話 違和感

人混みの真ん中で、俺はしばらく泣いていた。


周りの視線が刺さる。

誰かがひそひそと何か言っている気もする。


でも――どうでもよかった。


目の前に、リアがいる。


それだけで、胸の奥がほどけていく。

同時に、ほどけた分だけ、張りつめていた感情が一気に溢れ出して止まらなかった。


「……時人様……」


リアが困ったように俺の袖を掴む。


「ここ……人が……たくさん……」


「ああ……悪い」


慌てて顔を拭う。

深呼吸。もう一度。


(落ち着け)


今はまだ、“何も起きていない時間”だ。


俺だけが知っている。

あの夜の地獄を。


リアは知らない。

まだ、笑っていられる。


――なら、守れる。


今度こそ。


「……少し寄ってから帰ろう」


「寄る、ですか?」


「衛兵詰所と、ギルド」


「はい。分かりました」


リアは素直に頷いた。


その「はい」が、胸に刺さる。


信頼しきった返事。

疑いなんて一ミリもない声。


(だから、余計に怖いんだよ……)



市場を抜ける。


いつもの石畳。

いつもの屋台。

いつもの呼び込み。


――なのに、全部が薄気味悪い。


俺の中では、この景色に血の匂いが混ざっている。


視界の端に、昨日の光景がちらつく。

洋館の暗い廊下。

床に広がる赤。

冷たくなったリア。


(止める)


「……っ」


こめかみがずきりと痛む。


〈時戻し〉の代償。

いつもの頭痛。


鼻の奥が少し熱い。

少し無理をした証拠だ。


でも、動ける。


これくらいなら、問題ない。


俺は無意識に右腕を見る。


黒い紋様。


手首をぐるりと一周する、あの刻印。


……痛みも、熱もない。


ただ、そこに“ある”。


それが逆に、不気味だった。



衛兵詰所。


昼間の詰所はまだ開いている。


昨日の夜みたいに門前払いはされない。


窓口の衛兵が、面倒くさそうに俺を見る。


「……何だ」


「昨日……いや、さっきだ」


言い直す。


(俺の中では“昨日”だが、こっちの世界では“今日”)


「連れが……銀髪の獣人で、メイド服の――」


そこで、衛兵が鼻で笑った。


「獣人? メイド?」


「……探し人の届けを出したい」


「はあ。迷子か? 恋人の駆け落ちか?」


「違う。誘拐の可能性が――」


「可能性、な」


衛兵は書類を軽く叩いた。


「事件が起きてから来い。起きてないなら仕事は増やすな」


胸の奥が、かちりと冷える。


昨日も同じことを言われた。


俺の中で、怒りがぶり返す。

だけど、今は噛み殺す。


ここで揉めても意味がない。

相手の動きを変えるだけだ。


「……分かった」


引き下がる。


背中で、衛兵の声が聞こえた。


「王都は平和だ。変な妄想する暇があるなら働け」


平和?


俺は奥歯を噛みしめた。


(見えてないだけだ……)



ギルド。


扉を開けると、いつもの喧騒が押し寄せる。


酒の匂い。

金属の擦れる音。

笑い声と、怒鳴り声。


受付嬢が、すぐに気づいた。


「時人さん! リアさん! おはようございます!」


リアが軽く会釈する。


「おはようございます」


俺も頷き返して、声を落とす。


「……例の洋館の件、追加情報あるか?」


受付嬢の顔が、僅かに引き締まった。


「……その話、まだ調べてるんですか?」


「調べる」


即答した。


「……リアが、狙われる可能性がある」


リアが目を瞬かせる。


「わ、私が……?」


俺はリアを見ない。

見たら、余計なことを言いそうだから。


受付嬢は、周囲をちらりと見てから、声をさらに小さくした。


「噂ですけど……スポンサーがいるって」


「スポンサー?」


「はい。下っ端がみんな言うんです。“上に顔が利く人間が金を出してる”って」


上。


王都の上層。


貴族か。王族か。


まだ断定できない。

でも、敵の格が上がるほど――正攻法は通じなくなる。


俺は、深く息を吐いた。


「……情報、ありがとう」


「気をつけてくださいね。成功率高い人ほど、変な目をつけられますから」


その言葉が、胸の奥のざわつきと重なった。



ギルドを出る。


昼の光が、やけに眩しかった。


石畳が反射して、視界が白む。


「……っ」


こめかみがずきりと脈打つ。


頭の奥が、じわじわ熱い。


身体が重い。


(……限界、近いな)


長時間時戻しの反動が、今さら回ってきている。


足取りが鈍い。


思考も遅い。


「時人様……顔色、悪いです」


リアが不安そうに覗き込む。


「……今日は、もう帰ろう」


「はい」


迷いのない返事。


その素直さが、胸に痛い。



宿屋の部屋に入った瞬間。


どっと疲労が押し寄せた。


「あ……」


膝が抜ける。


そのまま、ベッドに崩れ落ちた。


視界が回る。


天井が遠い。


「時人様!?」


リアが駆け寄る。


俺は、無意識にリアの袖を掴んだ。


逃がさないみたいに。


「……リア」


「はい……!」


「絶対……俺から離れるな……」


声がかすれる。


「何かあったら……絶対、起こせ……」


「はい……!」


「一人で……出歩くな……」


情けない言葉だ。


でも。


今はこれしか言えない。


リアは強く頷いた。


「……お側にいます。ずっと」


その声を聞いた瞬間。


張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。


「ああ……」


瞼が、落ちる。


もう、抗えない。


最後に見えたのは。


心配そうに俺を見つめる、銀色の瞳だった。


――守る。


その決意だけを胸に。


俺は、倒れるように眠りへ落ちた。


最後に見えたのは――心配そうに俺を見つめる、銀色の瞳だった。

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