第30話 当たり前の幸せ
その日は、久しぶりに“平和な依頼”だった。
掲示板の端に貼られた、小さな紙。
【迷子捜索/報酬:銀貨2枚】
「……これ、依頼か?」
「ふふ。可愛いですね」
リアが、少しだけ笑った。
ゴブリン討伐でもなく、盗賊退治でもなく、命のやり取りもない。
ただの、迷子探し。
「たまには、こういうのもいいか」
「はい。私、こういうの……好きです」
その言い方が、やけに優しかった。
◆
市場近くで、泣き声が響いていた。
「うぇぇぇ……っ」
まだ五つか六つくらいの男の子だ。
顔をぐしゃぐしゃにして、立ち尽くしている。
「お母さんがいないぃ……!」
俺が声をかけようとした、その前に。
リアが、すっとしゃがみ込んだ。
目線を合わせる。
怖がらせないように、ゆっくり。
「大丈夫ですよ」
声が、柔らかい。
「お名前、言えますか?」
「……ぐすっ……トーマ……」
「トーマくんですね。えらいです。ちゃんと言えました」
頭を、そっと撫でる。
その仕草が、あまりにも自然で。
「一緒に、お母さん探しましょうか」
「……うん……」
さっきまで大泣きしてたのに、もうリアの手をぎゅっと握ってる。
……早いな。
「お姉ちゃん、やさしい……」
「ふふ。ありがとうございます」
笑うリア。
その横顔が、やけに穏やかだった。
結局、近くの露店で母親はすぐ見つかった。
「トーマぁぁ!」
「おかあさん!」
抱き合って泣く親子。
何度も頭を下げられて、俺たちは少し照れながらその場を離れた。
歩きながら、俺は言った。
「……向いてるな」
「え?」
「子どもの相手」
「……そうですか?」
自分では分からない、みたいな顔。
「めちゃくちゃ懐かれてたぞ」
「そ、そんなこと……」
耳が赤くなる。
でも、どこか嬉しそうで。
――ああ。
こういうのが、この子の本質なんだろうな。
戦うより。
凍らせるより。
誰かの手を引いてるほうが、ずっと似合ってる。
◆
依頼が終わった頃には、空は夕焼けに染まっていた。
橙色の光が、石畳を長く照らす。
俺とリアは、並んで歩く。
風が、少し涼しい。
しばらく無言だったけど。
ふいに、リアが口を開いた。
「……あの」
「ん?」
「いつか……」
言い淀んで、また歩く。
それから、小さく続けた。
「いつか、小さな食堂をやってみたいんです」
「食堂?」
「はい」
少し照れながら。
「時人様が帰ってきたら、ご飯を作って待っているんです」
夕焼けのせいか。
その横顔が、やけに赤い。
「朝は出来立てのパンとスープで……」
「夜は、あったかいシチューとか……」
「毎日か?」
「はい。毎日です」
くすっと笑う。
「お客さんは、少なくてもいいんです」
「来てくれる人が、おいしいって言ってくれたら、それで」
……なんだ、それ。
めちゃくちゃいい夢じゃないか。
俺は笑った。
「じゃあ俺は常連第一号だな」
「……え?」
「毎日食いに行く」
「ま、毎日ですか?」
「毎日」
「……ずっと、ですか?」
足が、止まった。
リアが、まっすぐこっちを見る。
不安と、期待と。
少しの怖さ。
全部混ざった瞳。
俺は、視線を逸らさず言った。
「……ああ、ずっと」
胸の奥が、少しだけ熱い。
リアは、ふっと微笑んだ。
今までで、一番やわらかい笑顔だった。
◆
夜。
宿屋の一階で夕食。
パンをちぎって、スープをすすって。
くだらない話をして、笑って。
「それはさすがに食べすぎだろ」
「だ、だって美味しくて……!」
そんなやり取りが、ただ楽しい。
戦いも、血も、命のやり取りもない。
ただの、日常。
それが、こんなにも心地いいなんて。
その笑顔が、当たり前みたいにそこにあって。
◆
この時は。
それが最後の“いつも通り”になるなんて、
夢にも思っていなかった。
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