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第30話 当たり前の幸せ

その日は、久しぶりに“平和な依頼”だった。


掲示板の端に貼られた、小さな紙。


【迷子捜索/報酬:銀貨2枚】


「……これ、依頼か?」


「ふふ。可愛いですね」


リアが、少しだけ笑った。


ゴブリン討伐でもなく、盗賊退治でもなく、命のやり取りもない。


ただの、迷子探し。


「たまには、こういうのもいいか」


「はい。私、こういうの……好きです」


その言い方が、やけに優しかった。



市場近くで、泣き声が響いていた。


「うぇぇぇ……っ」


まだ五つか六つくらいの男の子だ。

顔をぐしゃぐしゃにして、立ち尽くしている。


「お母さんがいないぃ……!」


俺が声をかけようとした、その前に。


リアが、すっとしゃがみ込んだ。


目線を合わせる。


怖がらせないように、ゆっくり。


「大丈夫ですよ」


声が、柔らかい。


「お名前、言えますか?」


「……ぐすっ……トーマ……」


「トーマくんですね。えらいです。ちゃんと言えました」


頭を、そっと撫でる。


その仕草が、あまりにも自然で。


「一緒に、お母さん探しましょうか」


「……うん……」


さっきまで大泣きしてたのに、もうリアの手をぎゅっと握ってる。


……早いな。


「お姉ちゃん、やさしい……」


「ふふ。ありがとうございます」


笑うリア。


その横顔が、やけに穏やかだった。


結局、近くの露店で母親はすぐ見つかった。


「トーマぁぁ!」


「おかあさん!」


抱き合って泣く親子。


何度も頭を下げられて、俺たちは少し照れながらその場を離れた。


歩きながら、俺は言った。


「……向いてるな」


「え?」


「子どもの相手」


「……そうですか?」


自分では分からない、みたいな顔。


「めちゃくちゃ懐かれてたぞ」


「そ、そんなこと……」


耳が赤くなる。


でも、どこか嬉しそうで。


――ああ。


こういうのが、この子の本質なんだろうな。


戦うより。

凍らせるより。


誰かの手を引いてるほうが、ずっと似合ってる。



依頼が終わった頃には、空は夕焼けに染まっていた。


橙色の光が、石畳を長く照らす。


俺とリアは、並んで歩く。


風が、少し涼しい。


しばらく無言だったけど。


ふいに、リアが口を開いた。


「……あの」


「ん?」


「いつか……」


言い淀んで、また歩く。


それから、小さく続けた。


「いつか、小さな食堂をやってみたいんです」


「食堂?」


「はい」


少し照れながら。


「時人様が帰ってきたら、ご飯を作って待っているんです」


夕焼けのせいか。

その横顔が、やけに赤い。


「朝は出来立てのパンとスープで……」

「夜は、あったかいシチューとか……」


「毎日か?」


「はい。毎日です」


くすっと笑う。


「お客さんは、少なくてもいいんです」

「来てくれる人が、おいしいって言ってくれたら、それで」


……なんだ、それ。


めちゃくちゃいい夢じゃないか。


俺は笑った。


「じゃあ俺は常連第一号だな」


「……え?」


「毎日食いに行く」


「ま、毎日ですか?」


「毎日」


「……ずっと、ですか?」


足が、止まった。


リアが、まっすぐこっちを見る。


不安と、期待と。

少しの怖さ。


全部混ざった瞳。


俺は、視線を逸らさず言った。


「……ああ、ずっと」


胸の奥が、少しだけ熱い。


リアは、ふっと微笑んだ。


今までで、一番やわらかい笑顔だった。



夜。


宿屋の一階で夕食。


パンをちぎって、スープをすすって。


くだらない話をして、笑って。


「それはさすがに食べすぎだろ」

「だ、だって美味しくて……!」


そんなやり取りが、ただ楽しい。


戦いも、血も、命のやり取りもない。


ただの、日常。


それが、こんなにも心地いいなんて。


その笑顔が、当たり前みたいにそこにあって。



この時は。


それが最後の“いつも通り”になるなんて、


夢にも思っていなかった。

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