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第29話 ふたりの居場所

朝のギルドは、いつも通り騒がしい。


酒の匂い。

依頼書を剥がす音。

笑い声と、怒鳴り声。


なのに今日は――


俺とリアが扉を開けた瞬間、空気が一拍だけ止まった。


「……来た」

「また、あの二人か」

「早いんだよな、仕事が」

「成功率、百パーだろ?」

「クレームも聞かねえし」


ひそひそ、ひそひそ。


視線が、ざっと集まる。


悪意じゃない。

どちらかと言えば、興味と、驚きと――ほんの少しの敬意。


リアは居心地悪そうに肩をすくめて、小さく俺の後ろへ隠れる。


「……私なんて、まだ……」


「胸張れよ」


俺は軽く言った。


「リアがいなきゃ、俺はもっと時間かかってる」


「……っ」


リアの耳が、ぴくりと動いた。


それだけで、少しだけ背筋が伸びる。



掲示板に向かう途中も、視線は途切れない。


「おい、あの二人、今日も帰ってきたぞ」

「また夕方前には戻ってくるんじゃね?」

「組ませたら最強じゃね?」


そんな言葉が、背中を追ってくる。


俺は苦笑いして、リアの横を歩く。


「……ねえ、時人様」


「ん?」


「本当に……私、役に立ててますか……?」


声が小さい。

自信がないというより、まだ“許可”を求める癖が残っている。


「立ててる」


即答した。


「むしろ、助かってる」


リアが、ほっとしたように息を吐いた。


「……よかった」


その一言が、やけに胸に残った。



掲示板の前。


依頼書の紙が、風で微かに揺れている。


……と。


背後から、ずしりとした足音が近づいた。


振り返ると、がっしりした男が立っていた。


短い髭。

傷のある頬。

鎧は使い込まれていて、体に馴染んでいる。


明らかに場数を踏んだ、ベテランだ。


男は、顎で笑った。


「噂の二人ってのは、お前らか」


そして、少しだけ胸を張って言う。


「俺は戦士のデルファイ。このパーティのリーダーをしている」


背後には、同じように武装した仲間が三人。

斥候風の男、魔術師、弓手。


“ちゃんとした”パーティだった。


デルファイはリアを一瞥して、続ける。


「二人とも腕がある。仕事が早い。無駄がない」

「どうだ。うちに来ないか」


「……」


リアが、不安そうに俺を見る。


誘われるのは悪いことじゃない。

むしろ、普通なら光栄だ。


でも――


俺は首を振った。


「悪い」


デルファイの眉が僅かに上がる。


俺は言葉を続けた。


「俺たちは……二人でやるって決めてる」


沈黙。


一瞬、ギルドの喧騒が遠くなる。


デルファイは、ふっと鼻で笑った。


「なるほどな」


怒ってはいない。

むしろ、納得した顔だ。


「そういうの、嫌いじゃねえ」

「……ただ、気が変わったら言え」


仲間の斥候が肩をすくめる。


「そのうち引く手あまたになるぜ」


デルファイが最後に言った。


「二人でやるなら、なおさらだ。生き残れよ」


それだけ残して、去っていく。


リアが、俺の袖をきゅっと掴んだ。


「……時人様」


「ん?」


「……ありがとうございます」


顔が、ぱっと明るい。


“選ばれる側”じゃなくて、“選ぶ側”になれた。

その喜びが、分かりやすく出ていた。


俺は、少しだけ笑った。


「当たり前だろ」



昼過ぎ。


依頼の確認や、道具の補充を済ませた帰り。


街の屋台通りへ寄った。


香ばしい匂いが、腹に刺さる。


串焼きの屋台。

肉汁が、鉄板の上で弾けている。


リアは、きょろきょろと落ち着かない。


「……屋台って、初めてです……」


「じゃあ、記念だな」


俺は二本買って、一本を渡した。


リアは両手で受け取って、恐る恐る一口。


次の瞬間――


「……っ!」


目が、見開かれた。


「おいしい……!」


声が、素直に弾む。


「こんな……熱くて、香ばしくて……」


「だろ」


「……すごい……」


感動しすぎて、ちょっと言葉が追いついてない。


その表情が可笑しくて、つい笑った。


「……あ」


リアが口元に指を当てる。


ソースが、頬にちょんと付いていた。


「付いてる」


俺が指摘すると、リアは一瞬固まって――


「……っ」


耳まで赤くなった。


慌てて袖で拭こうとして、余計に伸びる。


「ちょ、待て」


俺はティッシュ代わりの布を出して、軽く拭った。


「……す、すみません……」


「謝ることじゃない」


「……はい……」


リアは小さく頷いて、もう一口。


今度は、幸せそうに目を細めた。


……いい。


こういう時間が、ちゃんと“居場所”になる。


昨日までの地獄が、嘘みたいに。



夕方。


日が傾き始めた頃。


俺たちは並んで宿へ戻る道を歩いていた。


石畳が赤く染まり、人の声が柔らかくほどけていく。


リアが隣で、小さく笑っている。


それだけで、胸の奥が少し温かくなる。


――その時。


ふと。


視線を感じた。


背中に、針で刺されたような感覚。


誰かに、見られている。


気のせいかと思って、振り返る。


……誰もいない。


人混み。

夕暮れ。

いつも通りの街並み。


――いや。


嫌な予感が、消えない。


「……念のため」


小さく呟く。


〈時戻し〉。三秒。


世界が、わずかに軋んだ。


時間が跳ね返る。


振り返る“直前”へ。


そして、今度は意識して、ゆっくりと視線を向ける。


……見える。


路地の影。


黒づくめのローブ姿。


フードを深く被り、顔は見えない。


確かに、こちらを見ていた。


「――っ」


次の瞬間。


フッ。


煙のように、姿が消えた。


気配すら、残らない。


……こちらを探っていたのか。


それとも、ただの偶然か。


寒気が、遅れて背筋を上る。


「……時人様?」


「……いや。なんでもない」


そう答えたが。


胸の奥のざわつきは、消えなかった。


穏やかなはずの夕暮れが、ほんの少しだけ色を失った気がした。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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