第24話 はじまりの朝
その日は、さすがに限界だった。
心も身体も、すり減りすぎている。
グリムフォード侯爵の屋敷を出て、
王都の石畳を少し歩いただけで、どっと疲れが押し寄せてきた。
足が重い。
頭もぼんやりしている。
「……今日は、もう休もう」
「はい……私も、少し……」
リアも同じらしい。
いつもより声に張りがない。
無理に背筋を伸ばしているが、明らかに疲れている。
俺たちは、近くにあった宿屋へ入った。
「二部屋――」
そう言いかけた瞬間。
くい、と袖が引かれた。
振り返ると、リアが俺の服の端を遠慮がちにつまんでいる。
「あの……」
視線が落ち着かない。
耳の先が、ほんのり赤い。
「……できれば……その……一人は……少し……」
言葉が途切れる。
けれど、それだけで十分だった。
……そりゃそうだよな。
今日一日。
命のやり取りをして、
操られて、
主人だった男が化け物みたいに暴れて。
そんな日の夜に、
「はい、じゃあ一人で寝てね」なんて言えるわけがない。
正直、俺だって少し心細い。
「分かった。じゃあ一部屋で」
そう言うと、リアの肩から力が抜けた。
「……ありがとうございます」
本当に、ほっとした顔だった。
宿屋の主人が、
「おやおや、お若いのに仲がいいねぇ」
なんてニヤニヤしてきて、
「ち、違います!」
「ちが……!」
声が重なって、余計に怪しくなる。
リアは顔を伏せ、
俺は無駄に咳払いをした。
……なんだこれ。
戦闘より変な汗かくんだが。
でも。
隣にリアがいる。
それだけで、
胸の奥に残っていた不安が、少し軽くなった。
◆
部屋は質素だが、清潔だった。
丸テーブルを挟んで、簡単な夕食をとる。
「明日、冒険者ギルドに行こう」
「ギルド……ですか?」
「リアの登録だよ。もう俺の相棒なんだからさ」
目を丸くして、それから嬉しそうに頷く。
「はい」
「その前に装備も買いに行くか。動きやすい服とか――」
「いえ」
即答だった。
「私は、このままで大丈夫です」
メイド服の裾を軽くつまむ。
「嫌じゃないのか?」
「……時人様のメイドと思えば、むしろ嬉しいです」
不意打ちみたいに言われて、心臓が跳ねた。
「それに、この服。ただのメイド服ではありません」
「ん?」
「金属繊維の下地が入っていて、少しの刃物なら通しません」
「え、なにそれすご……」
メイド服、思ったよりガチ装備だった。
「……じゃあ、リアがいいならそれで」
「はい」
「まずは簡単な依頼を二人でやってみよう」
「はい」
それだけで、なんだか未来の形が見えた気がした。
今日はもう、休もう。
◆
ベッドに入る。
「……おやすみなさい。時人様」
リアが、微笑みながら一礼した。
嬉しい。けど、ちょっと恥ずかしい。
「おやすみ」
目を閉じる。
数秒で、意識が落ちた。
◆
――いい匂い。
目が覚めた瞬間、腹が鳴った。
「おはようございます。時人様」
リアがエプロン姿で立っている。
テーブルの上には、
パン。
ベーコンエッグ。
ソーセージ。
野菜スープ。
牛乳。
しかも二人分。
「リア……これ?」
「宿屋の方にお願いして、キッチンをお借りしました」
「すごいな!? めちゃくちゃうまそう!」
「では、さっそく頂きます!」
手を合わせる。
まずはベーコンエッグ。
フォークを入れた瞬間、黄身がとろりと崩れた。
絶妙な半熟。
白身の縁はカリッと焼けていて、香ばしい匂いが立ち上る。
口に運ぶ。
「……うっま」
思わず声が漏れた。
塩と胡椒の加減が完璧。
ベーコンの脂と混ざって、旨味が一気に広がる。
「本当においしいですか……?」
「マジでうまい。店よりうまい」
次にスープ。
野菜の甘みがじんわり染みる。
ソーセージは皮がパキッと弾け、肉汁が溢れる。
気づけば、夢中で食べていた。
「俺さ」
パンをちぎりながら呟く。
「今までは、起きたらパンかじって牛乳飲むだけだったんだよ」
味なんて、覚えてなかった。
「でも今は……ちゃんと“ごはん”食べてる感じがする」
胸の奥が、じんわり温かい。
「……ふう。しあわせだ……」
「くす。時人様、大げさですよ」
「いや、大げさじゃない。朝イチでこれ食べられる人生は勝ち組だろ」
「勝ち組……?」
首をかしげるリアが可笑しくて、笑ってしまう。
「明日からも頑張りますね」
「頼りにしてる、シェフ・リア」
「しぇ、シェフ……?」
また二人で笑った。
昨日までの絶望が、嘘みたいだった。
……ここは天国か。
そう本気で思いながら、
俺はもう一口、ベーコンエッグを頬張った。
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