第23話 終わらせる役目
「……くそっ」
グリムフォード侯爵は、歯噛みしながら後退った。
床に散らばった氷片を踏み、よろめきながら扉へと向かう。
「……リア」
俺は、短く声をかけた。
それだけで、十分だった。
リアは一瞬だけ俺を見る。
その瞳に、迷いはない。
次の瞬間――
床を這うように、冷気が走った。
侯爵の足元が一気に凍りつく。
靴ごと、床に縫い止められたように、動きが止まる。
「なっ――!?」
さらに、リアは視線を逸らさず、右腕の断面に魔力を集めた。
氷が、静かに形成される。
血を封じるように、
傷口を覆うように、
冷たい膜が、確実に固まっていく。
失血は止まった。
「……なぜだ」
グリムフォード侯爵が、信じられないものを見るように呟いた。
「なぜ……助ける……」
リアは、静かに答える。
「……死なせるためじゃ、ありません」
その声は、もう震えていなかった。
「罪を、償わせるためです」
俺は、その横顔を見て思う。
――やさしいな、リアは。
逃げられないように足を凍らせ、
それでも致命傷は与えず、
命だけは確実に繋ぎ止めている。
相手がどんな人間でも、
最後まで“裁かれる権利”を奪わない。
それは甘さじゃない。
彼女なりの、強さだ。
侯爵は、その言葉を受け止めきれず、
ただ、言葉を失っていた。
侯爵は、言葉を失った。
俺は、視線を扉へ向ける。
「リア。メイドを一人、呼んでくれるか」
「はい」
ほどなくして、怯えた様子の若いメイドが姿を現した。
俺は、できるだけ落ち着いた声で告げる。
「騎士団長セネガルに伝えてくれ」
「グリムフォード侯爵が、さらなる罪を犯し、ここで拘束されている」
「至急、屋敷へ来てほしい」
メイドは何度も頷き、走り去っていった。
――それから、少しの時間が流れた。
凍りついた床に縫い止められたまま、
侯爵は、よく喋った。
「……なあ、時人君」
弱々しい声。
「話せば、分かるはずだ」
「私は……必要悪だった」
「この国は、私がいなければ――」
俺は、答えなかった。
すると、今度は声色を変える。
「金なら出そう」
「地位も、名誉も――」
「君の冒険者人生など、一瞬で変えてやれる」
それでも、黙ったまま剣を下ろさない俺を見て、
侯爵は、最後に縋るような声を出した。
「……見逃してくれ……」
その瞬間、
屋敷の外から、鎧の音が響いた。
複数人の足音。
規則正しい、訓練された歩調。
扉が開き、
騎士団の一団がなだれ込んでくる。
先頭に立っていたのは――
騎士団長セネガルだった。
「状況を説明してもらおうか」
俺は、一歩前に出る。
簡潔に、だがはっきりと。
・獣人誘拐を“運輸担当”に責任転嫁していたこと
・国家転覆を視野に入れていたこと
・そのために、魔人の集団を召喚するアイテムを所持していたこと
そして、
床に転がる水晶の髑髏を示した。
セネガルは、それを一目見るなり、深く息を吐いた。
「……なるほど」
短い言葉だったが、十分だった。
「詳しい話は、改めて聞く」
「だが――」
視線を侯爵へ向ける。
「一旦、この男は連れていく」
騎士たちが動き、
氷を砕きながら、侯爵を拘束する。
「待て! 私は――!」
叫びは、鎧の音に掻き消えた。
やがて、屋敷は静かになった。
残ったのは、俺とリアだけ。
しばらく、言葉がなかった。
やがて、リアがぽつりと口を開く。
「……私……これから、どうすれば……」
仕事を失ったこと。
屋敷に、居場所がなくなったこと。
一人になるのが、怖いこと。
少しずつ、少しずつ、打ち明ける。
「……一人だと……全部、抱え込んでしまいそうで……」
俺は、しばらく考えてから言った。
「じゃあ――」
リアを見る。
「俺と一緒に来るか」
驚いたように、目を見開く。
「冒険者だ」
「危険も多いし、楽じゃない」
「でも……一人じゃない」
リアの瞳が、揺れた。
やがて、深く頭を下げる。
「……時人様」
「重ね重ね……感謝いたします」
屋敷の門を出る。
振り返らず、
二人並んで、歩き出す。
それで、十分だった。
――この屋敷の物語は、終わった。
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