第22話 叫ぶ声
氷結魔法が、容赦なく放たれる。
床を這い、壁を覆い、空気そのものを凍らせながら、リアの魔力が俺へ殺到する。
避ける。
間一髪でかわす。
だが、次の瞬間には、もう次の氷が来ている。
「……っ!」
間に合わない。
〈時戻し〉。
三秒。
世界が巻き戻り、凍気が放たれる直前に戻る。
今度は、半歩早く踏み込む。
かわす。
――掠った。
氷が腕をかすめ、感覚が一気に奪われる。
〈時戻し〉。
また戻る。
避ける。
かわす。
だが、終わらない。
リアの魔法は正確で、無駄がない。
致命傷だけを、巧妙に避けている。
脚。
腕。
肩。
動きを奪うためだけの攻撃。
それが、何より辛かった。
「……くそ……」
剣を振れば、終わる。
分かっている。
この距離、この回数の〈時戻し〉。
一瞬の隙を突けば、リアを斬れる。
――でも。
どうしても、身体が動かない。
氷をかわしながら、俺は叫ぶ。
「リア!」
返事はない。
それでも、呼ぶ。
「リア! 聞こえてるだろ!」
氷が、また来る。
かわす。
〈時戻し〉。
戻る。
「リア! 戻ってこい!」
声が、枯れていく。
〈時戻し〉の反動で、頭の奥が割れそうだった。
視界が滲み、吐き気が込み上げる。
それでも、呼ぶのをやめられない。
斬れないから。
守りたいから。
――だから。
「リア!!」
その声が届いた瞬間。
世界が、切り替わった。
暗い。
どこまでも暗い場所。
リアは、そこにいた。
膝を抱え、目を閉じている。
冷たくも、痛くもない。
ただ、何もない。
声も、色も、時間も。
「……ここが……」
自分のいる場所が、分からない。
いや。
分かっている。
“逃げ込んだ”のだ。
考えることを、感じることを、やめるために。
その時――
聞こえた。
「リア」
小さな声。
遠くから、誰かが呼んでいる。
「……リア」
胸が、わずかに震えた。
聞き覚えのある声。
「……リア」
目を、開ける。
暗闇の中に、淡い光が差し込む。
そこに――
一人の猫人族の少女が、立っていた。
銀色の髪。
優しい瞳。
「……お姉……ちゃん……?」
忘れるはずのない姿。
記憶が、溢れ出す。
奴隷商に追われた夜。
路地裏で、震えていた自分。
その前に立ちはだかってくれた背中。
『大丈夫』
『一人じゃない』
励まされ、手を引かれ、逃げた夜。
だが――
追いつかれた。
最後に、姉は振り返って、笑った。
『生きて』
『それだけでいい』
――その記憶が、今の自分と重なる。
鎖。
首輪。
命令。
「……私は……」
暗闇の奥で、赤い光が脈打つ。
“従え”
“逆らうな”
声が、響く。
でも――
姉が、首を横に振った。
『違う』
『誰かに命を渡すな』
『自分で、決めなさい』
その瞬間。
別の声が、重なる。
「リア」
あの声だ。
何度も、何度も。
斬らずに、逃げずに、呼び続けた声。
「リア」
胸が、熱くなる。
「……私は……」
膝を抱えていた腕に、力が戻る。
「……私は……生きたい……!」
暗闇が、ひび割れた。
赤い鎖に、亀裂が走る。
「私は……私の意思で……!」
――パリン。
乾いた音。
光が、弾けた。
現実。
リアの首輪が、強く赤く光った――次の瞬間。
乾いた音を立てて、砕け散った。
氷結魔法が、霧のようにほどけて消える。
張り詰めていた空気が、一気に抜け落ちた。
リアの身体が、力を失って崩れ落ちる。
俺は、反射的に駆け寄り、抱き留めた。
「……時人様……」
震える声。
だが、その瞳には――もう、あの虚ろな色はない。
「……聞こえていました……」
「ずっと……呼んでくれて……」
小さく、息を吸う。
「……戻れました……」
その一言で、胸の奥に溜まっていたものが、ようやく崩れた。
俺は、大きく息を吐いた。
長かった。
本当に、長かった。
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