第21話 支配の呼び声
これは――勝てない。
理解した瞬間、喉の奥が冷えた。
だが、逃げ場はない。
俺は、覚悟を決めた。
これしかない。
〈時戻し〉――一分。
世界が、崩れ落ちる。
全身が、焼けるように熱い。
視界が揺れ、赤く染まる。
目の奥が、じんと痛み、血が滲む。
頭の奥が、ぎしぎしと軋む。
手足が痺れ、今にも膝をつきそうだった。
――それでも。
時は、戻った。
グリムフォード侯爵が、懐に手を伸ばす。
あの、水晶の髑髏を――
その瞬間だった。
全ての神経を、そこに集中する。
踏み込む。
一閃。
何かが、床に落ちた音がした。
水晶の髑髏が、光ることなく転がっている。
そして――
侯爵の右手も、一緒に。
「――この、小僧が!」
絶叫。
「分かったぞ……貴様のような輩は、いつの時代にもいる」
「自分は“選ばれた側”だと錯覚し、偶然を実力だと思い込む愚か者だ」
赤い目で睨みつける。
「貴様は知らんのだ。国とは何か、権力とは何か」
「秩序とは、弱者を守るためにあるのではない」
「選ばれた者が、選ばれなかった者を使い潰すためにある!」
吐き捨てるように続ける。
「私はな、ただ奪っていたわけではない」
「この国を“効率的”に回すために、不要なものを整理していただけだ」
「獣人? 子ども? 感情論だ!」
「働かず、逆らい、管理できない存在を資源として再配置しただけだ!」
一歩、こちらに踏み出す。
「それを――」
「たかが、剣を振るしか能のない冒険者風情が!」
「正義面をして、世界の仕組みに口を出す!」
声が、次第に裏返っていく。
「貴様は勘違いしている!」
「私は悪ではない!」
「私は“現実”だ!」
「王も、貴族も、騎士団も、皆が目を逸らしてきた現実を、私が代わりに背負ってやっていたのだ!」
唾を飛ばし、叫ぶ。
「それを壊して、何が残る!?」
「混乱だ! 争いだ! 血だ!」
「貴様はそれを止められるのか!?」
「覚悟もなく、力もなく、ただ“運が良かった”だけの分際で!」
最後は、ほとんど悲鳴だった。
「……許さん」
「世界を分かったつもりの小僧に」
「私の国を、私の未来を――踏みにじらせてなるものか!」
怒りに歪んだ声が、部屋に響き渡る。
「……まだだ」
侯爵は血に濡れた断面を押さえ、荒い息のまま口角を歪めた。
「リア」
名前を呼ぶ声は、命令だった。
空気が、ぴしりと張り詰める。
魔力が低く唸り、床を這うように広がっていく。
扉が、きしむ音を立てて開いた。
リアが、部屋に入ってくる。
俺の姿を認めた瞬間、瞳が見開かれた。
驚きと安堵が、一瞬だけ浮かぶ。
だが次の瞬間、視線が床に落ちた。
転がる水晶の髑髏。
そして――血に濡れた、グリムフォード侯爵の右手。
「……っ」
息を呑み、反射的に一歩、後ずさる。
その動きを見逃さず、侯爵が再び口を開いた。
「リア」
短く、強く。
拒絶の余地を与えない声。
リアの肩が、びくりと跳ねた。
首輪が――鈍い赤に光る。
見えない鎖が、喉元から背骨までを一気に締め上げたように、
リアの身体が硬直する。
瞳の焦点が、すっと曇った。
違う。
今のリアは、目の前に立っているのに――どこか遠い。
侯爵が、低く告げる。
「……やれ」
それだけで、全てが決まった。
リアの腕が、意思に逆らって持ち上がる。
凍気が集まり、空気が軋む。
「……っ……!」
声にならない悲鳴。
氷結魔法が、放たれた。
一直線に走る凍気が、床を白く染めながら迫る。
狙いは――俺。
身体が、反射的に動いた。
避ける。
だが、間に合わない。
リアの瞳が、わずかに揺れた。
その奥で、何かが必死に叫んでいるのが分かる。
――これは、彼女の意思じゃない。
氷が、すぐそこまで来ていた。
俺は歯を食いしばり、剣を構えた。
次の瞬間、
世界が、再び砕け散る。
〈時戻し〉。
ここからが、本当の地獄だ。
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