第20話 死の舞踏会
グリムフォード侯爵は、ゆっくりと懐に手を入れた。
取り出したのは――
不気味な水晶の髑髏。
掌に収まる大きさにもかかわらず、
それは異様な存在感を放っていた。
水晶の内部では、黒い靄が生き物のように脈打ち、
まるで中から何かがこちらを覗き返しているかのようだった。
視線を向けているだけで、心の奥を撫で回されるような、不快な感覚が走る。
次の瞬間。
まがまがしい魔力が、爆発的に部屋へと溢れ出す。
空気が重く沈み、床が、壁が、天井が、低く唸るように震えた。
視界の端で、影が揺れる。
――いや、揺れているだけじゃない。
床、壁、柱。
至るところから“影”が染み出すように立ち上がってくる。
嫌な予感が、確信に変わった。
影の中から、何かが――せり上がってくる。
一体、二体、三体。
やがて、全部で十体。
全員が、同じ髑髏の仮面をつけていた。
仮面は白く、無表情で、
笑っているのか、歪んでいるのか判別できない。
目の奥だけが赤く光り、その光は瞬きもせず、
生き物というより“機構”を思わせた。
視線が合った瞬間、
こちらが観察されているのではなく、
測られているのだと直感する。
黒いローブ。
黒い鎧。
布とも金属ともつかない素材で作られ、
動くたびに、擦れるような低い音を立てている。
光をほとんど反射せず、
まるで闇そのものを纏っているかのようだった。
小柄な者、異様に背の高い者、横に広い者。
体格はまちまちだ。
持っている武器も揃っていない。
剣、斧、鎌、杖――
刃こぼれもなく、装飾もない。
だが、どれも“使うためだけ”に研ぎ澄まされた気配を放っている。
グリムフォード侯爵は、その光景を誇るように見回した。
「これはな……」
愉悦に満ちた声。
「国を獲る時に使おうと思っていた切り札だ」
「騎士団相手でも、正面から叩き潰せる戦力」
赤く光る仮面たちが、同時に一歩、前に出る。
「今こそ、私が国を支配する時が来た」
――まずい。
本能が、そう告げていた。
このままでは、何もできずに終わる。
俺は、踏み込んだ。
狙いは一つ。
グリムフォード侯爵。
あいつさえ倒せば、何とかなる。
そう考えた、次の瞬間。
細身の魔人が、瞬時に俺の進路に滑り込んできた。
視界が、九十度傾く。
床と天井の区別が消え、
世界そのものが横倒しになったかのようだった。
遅れて、腹部に焼けるような痛み。
息を吸う暇もなく、
内臓が断ち切られる感覚だけが、遅れて伝わる。
理解する前に――
身体が、真っ二つに切断されていた。
まずい。
〈時戻し〉、三秒。
世界が、巻き戻る。
「……今こそ、私が国を支配する時が来た」
声が、再び耳に届く。
右前。
さっきの、細身の魔人。
――あれを警戒する。
左斜めに、踏み込む。
視界が、チカチカと揺れる。
目が回る。
平衡感覚が失われ、
足元の感触が、ふっと消えた。
次の瞬間。
左半身が、抉り取られた。
鈍い衝撃とともに、
骨が砕ける感触が、遅れて全身を走る。
太った魔人が、無言のまま鉄球を振り下ろしていた。
まずい。
〈時戻し〉、三秒。
時が戻る。
そこから先は、地獄だった。
斬られる。
潰される。
焼かれる。
五回。
六回。
どれだけ動きを変えても、
どれだけ意識を研ぎ澄ましても――
結果は、同じだった。
瞬時に、死ぬ。
理解するより早く、斬られる。
踏み込んだ瞬間に、潰される。
避けた先に、別の死が待っている。
〈時戻し〉。
三秒。
世界が、戻る。
そして、また死ぬ。
次は、二歩遅れる。
その次は、半拍早い。
さらに次は、逆方向。
――意味がない。
どの選択肢にも、
必ず“死”が置かれている。
五回。
六回。
喉が、ひくりと引き攣った。
息を吸うたび、胸が痛む。
吐くたびに、意識が遠のく。
〈時戻し〉の反動が、確実に蓄積している。
頭の奥が、鈍く軋む。
視界の端が、滲む。
手の感覚が、薄れていく。
――まだだ。
――まだ、試せる。
そう言い聞かせて、また踏み込む。
結果は、同じ。
瞬時に、死ぬ。
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