第19話 侯爵の知らぬところで
グリムフォード侯爵邸の正門は、何事もなかったかのように開かれた。
使用人に名を告げると、即座に客間へ通される。
装飾は豪奢だが、温かみはない。
見せるための部屋――そういう空気だ。
ほどなくして、足音が近づく。
「ほう……」
入ってきた侯爵は、俺を見るなり、わずかに口角を上げた。
「男爵殺害で捕まったと聞いていたが」
「今日は、何の用かね?」
余裕。
立場が上であることを疑っていない声だ。
俺は一礼だけして、淡々と答える。
「男爵殺害の真犯人は、すでに捕まりました」
「俺の嫌疑も、王によって正式に撤回されています」
侯爵の眉が、ほんのわずかに動く。
「また、西門を使った獣人誘拐の証拠は、
すでに王に提出済みです」
ここまで言って、反応を待つ。
侯爵は、すぐに肩をすくめた。
「運輸のことかね」
「恐ろしい話だ」
溜め息をつく仕草まで、よく出来ている。
「まさか、私の知らぬところで、
そのような行いがなされていたとは」
そして、用意していたかのように続ける。
「犯人の“運輸担当”なら、
つい先ほど、衛兵に身柄を引き渡したところだ」
――完璧だ。
部下が勝手にやった。
自分は被害者。
責任はすでに清算済み。
侯爵はそう言っている。
俺は、すぐには反論しなかった。
一拍、置く。
「……少し、おかしいですね」
侯爵がこちらを見る。
「何がだね?」
俺は静かに続ける。
「俺が王に報告したのは、今日です」
「騎士団が動いたのも、今日」
視線を逸らさず、言葉を重ねる。
「それで、あなたは
“つい先ほど”犯人を引き渡した」
「つまり――」
ここで、少しだけ間を取る。
「俺がここに来る前から、
あなたは“誰が犯人か”を把握していたことになります」
侯爵の笑みが、わずかに固まった。
「情報は、自然と集まるものだよ」
即座に返してくる。
だが、声の調子がほんの少し変わった。
俺は引かない。
「西門の夜間通行」
「検分の免除」
「特別貨物の扱い」
「それが、継続的に行われていた」
一つずつ、並べる。
「これ、
運輸担当一人に出来ることじゃない」
侯爵は、口を閉ざした。
「侯爵級の権限がなければ、
通し続けることは不可能です」
言い切らない。
だが、意味は十分に伝わる。
沈黙が落ちる。
豪奢な客間の中で、
侯爵はしばらく俺を見つめていた。
やがて、俺は最後の一言を置く。
「王は、あなたの名前を知っています」
侯爵の目が、わずかに細くなる。
「今は、“調査中”という扱いです」
「俺がここに来た理由も……
あなたなら、分かるはずだ」
これは脅しじゃない。
事実の提示だ。
王は見ている。
今は動かないだけで。
侯爵は、ゆっくりと息を吐いた。
そして、再び微笑む。
だが、その笑みは、最初とは違っていた。
「……なるほど」
「君は、随分と
“面倒な位置”に立ってしまったようだ」
関与は認めない。
だが、無関係とも言わない。
ここが限界だ。
俺はそれ以上、踏み込まなかった。
今日は、勝ちではない。
だが、負けでもない。
この屋敷が黒であることは、互いに理解した。
そして――
次に踏み込むべき場所も。
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