第15話 競りの夜
日が落ちる前から、倉庫は動き始めていた。
昼すぎ、まず二台の馬車が到着する。
最初の馬車から降りてきたのは、五人の男だった。
全員、黒を基調とした揃いの服装。
その中で、ひときわ目を引く男が一人いる。
すらりとした長身。
整えられた髭。
余裕を含んだ微笑み。
――進行役だ。
場数を踏んだ人間特有の空気が、自然と滲み出ている。
残りの四人は、明らかに毛色が違った。
筋肉で膨れ上がった体に、無理やりスーツを着込んだような出で立ち。
護衛役なのは、一目で分かる。
続いて、もう一台。
今度は、メイドや使用人のような身なりの女たちが降りてきた。
四人。
手には衣装、櫛、布、小道具。
“商品”を整える係だ。
その光景を、
俺は倉庫の梁の影から、歯を食いしばって見ていた。
(……準備万端、ってわけか)
人を売る準備を、
ここまで手慣れた様子で進めている。
胸の奥で、嫌な音が鳴った。
◆
日が完全に沈む少し前。
倉庫の奥、簡易的に仕切られた控えスペースで、
進行役と護衛の一人が、気の抜けた声で話しているのが聞こえた。
酒の匂い。
気が緩んでいる。
「しかし、楽なもんだよなぁ」
進行役が、鼻で笑う。
「バルネス男爵を毒で殺したのは俺だってのにさ。
おかげで、めんどくさい監視も全部消えた」
護衛が低く笑った。
「王都も、ずいぶん都合よく回ってくれる」
「だろ?
その上、大笑いなのが――」
進行役は肩をすくめ、愉快そうに続けた。
「男爵殺害の容疑を、召喚者に押しつけていやがる。
“外から来た異物”に罪を被せりゃ、全部丸く収まるってわけだ」
胸の奥が、凍りついた。
(……やっぱり、そういうことか)
俺のせいにされた罪。
そして、この競り。
全部が、一本に繋がった。
進行役は、ちらりと地下への扉を見やる。
「まあ、証拠なんて残るわけない。
……生きてる“商品”が喋らなけりゃな」
その言葉を聞いた瞬間、
背筋に、はっきりとした怒りが走った。
(――喋らせる)
さらわれた子どもたち。
この場にいる“実行犯”。
証拠も、証言も、全部そろう。
ここから王城へ連れていく。
逃がさない。
◆
夜。
倉庫の周囲に、静かに馬車が集まり始める。
一台。
また一台。
色も形も、まちまち。
装飾のあるものもあれば、地味な箱馬車もある。
だが、共通点は一つ。
乗っているのは、
顔を隠すための仮面を携えた者たち。
――客だ。
倉庫の奥で、灯りが増える。
簡易的に設えられた会場。
中央には、少し高く設えられた競り台。
その周囲を囲むように、テーブルと椅子が並べられている。
客たちは席に着き、
無言のまま進行役の方を見ていた。
空気が、冷たく張り詰めていく。
◆
やがて、合図があった。
地下へ続く扉が、静かに開く。
最初に現れたのは、メイド姿の女。
その手を、誰かが握っている。
次の瞬間――
息が、止まった。
獣人の子どもだ。
綺麗な服に着替えさせられ、
髪も丁寧に整えられている。
だが、
その表情は完全に凍りついていた。
メイドに手を引かれ、
競り台の最前まで連れていかれる。
逃げ場はない。
進行役が、朗々と声を響かせた。
「――本日の最初の品です」
「管理番号〇一三。
猫人族。
年齢、十二。
基礎体力良好。
簡単な作業への適性あり」
名前は、呼ばれない。
代わりに、
“使い道”だけが読み上げられる。
◆
開始価格が告げられた。
張り詰めた沈黙。
そして――
一人の客が、静かに手を上げる。
「――入札あり」
進行役が、即座に反応する。
間髪入れず、別の席から手が上がった。
「上乗せだ」
数字が、淡々と読み上げられる。
さらに、別の声。
金額が上がるたび、
子どもの肩が、わずかに震えた。
顔は伏せたまま。
視線を上げることもできない。
ただ、
繋がれた手だけが、強く握りしめられている。
進行役が、楽しげに笑った。
「いい競りです。
では――」
その瞬間。
メイド役の女が、
子どもの肩に、そっと手を添えた。
合図だ。
落札が決まれば、すぐに連れていかれる。
客席の一角で、
一人の人物が、ゆっくりと立ち上がる。
護衛が動く。
メイドが、子どもの手を取る。
競り台の脇へ――
“所有者”の元へ、連れていく流れ。
胸が、強く締め付けられた。
(……迷っている時間は、ない)
ここで躊躇すれば、
あの子は“商品”として引き渡される。
次は、もう戻れない。
逃げ道も、言い訳もない。
――やるしかない。
今だ。
俺は、深く息を吸い込んだ。
この狂った夜を、
この競り台ごと――
止めるために。
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