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第11話 潜伏と糸口

二週間。


それが、俺が王都の底で息を潜めて過ごした時間だった。


昼は動かない。

夜に少しだけ出る。

人の視線が薄い道を選び、壁際を歩き、足音を殺す。


両手の手錠は――簡単には外れなかった。

金属の輪は固く、鍵穴は浅い。

何度も試して、指の皮が擦れて、血がにじんで。

ようやく外れた時には、痛みより先に、妙な空虚さが来た。


(……外れたって、何も終わらない)


名前も、立場も、信用も。

全部、あの日の夜に奪われたままだ。



それでも、生きるために情報がいる。


王都の裏は、口が軽い。

特に酒場の隅、賭場の入口、物乞いの溜まり場。

そこに流れるのは噂と悪意と、少しの真実だ。


俺は二週間、拾えるだけ拾った。

一度で聞き逃した言葉は、〈時戻し〉で数秒だけ巻き戻して拾い直す。

それ以上は戻さない。

戻れば戻るほど、身体が壊れるのは分かっている。


「なぁ、知ってるか?」


焚き火のそばで、男が言った。


「えらい騒ぎがあったらしいぞ」

「貴族が倒れて、爆発まで起きたとか」


別の声が、低く続ける。


「なんでも……犯人は冒険者らしいぜ」


喉の奥が、ひりつく。

俺は顔を伏せ、何でもないふりをして通り過ぎた。


(……俺のことを、もう“話”にしてる)


生きた人間じゃなく、

酒のつまみみたいに。



噂はそれだけじゃなかった。


「最近さ、獣人、見なくなったよな」


「見ないっていうか……減った」


「で、残ってる連中への扱いも、露骨にきつくなった」


その言葉には、怒りよりも先に、疲れが混じっていた。

愚痴というより、日々の空気の報告みたいに。


(……“当たり前”になってきてるのか)


誰かが踏みつけられても、

それが日常になった瞬間、声は小さくなる。


声が小さくなれば、

踏みつける側はもっと遠慮しなくなる。


そんな循環が、王都の空気に染み込んでいる気がした。


そして、もう一つ。


「国王の命でさ」

「グリムフォード侯爵が要職についたらしい」


要職――と言っても、呼び方はまちまちだった。

治安を取り締まる役目だとか、門の管理を強める役目だとか。

とにかく「権限が増えた」という話だけは共通していた。


(……あの侯爵が、国王の名で動ける)


胸の奥に、嫌な冷たさが広がった。


リアの首輪。

あの時の無表情。

泣きながら「見ていません」と言った声。


そして――侯爵の、沈んだ目。


(……関係ないはずがない)


俺は、じわじわと確信へ近づいていく自分を感じていた。



さらに、二週間の最後の数日。

同じ言葉が、別々の場所から何度も聞こえてきた。


「最近、夜中に西門から馬車が出ていくらしい」


「しかも、夜明け前だ」


「朝にはもう戻ってねぇんだと」


「どこ行ってるんだろうな」


言った本人たちは、別に怯えてもいない。

ただ、奇妙な話を面白がっているだけだ。


けれど――その口ぶりが、妙に軽いのが引っかかった。


(……軽すぎる)


本当に知らないのか。

それとも――知っていて、触れないのか。


「関わると面倒」

「見なかったことにしたほうが得」


そういう空気が、言葉の隙間から滲んでいる。


俺はその瞬間、別の記憶を引っ張り出していた。


門の前。

書類だけが流れて、荷台は開かれない。

役人の袖口へ、小さな革袋が滑り込む。

乾いた銀貨の音。

そして馬車は、止められもしないまま通り抜けていった。


あれは偶然じゃない。

そう思った瞬間、背筋が冷えた。


(……西門は、“抜け道”なんだ)


王都の外へ、誰にも止められずに出られる道。

夜中なら目も少ない。

検分が形だけなら、荷も人も通せる。


獣人が減っている。

差別が強まっている。

侯爵の権限が増えた。

そして――夜中に西門を出ていく馬車。


繋がりすぎている。


証拠はない。

けれど、向かう先は見えた。


俺は、ゆっくり息を吐く。


無実を晴らすために。

そして、リアのあの夜の“空白”を壊すために。


(……まずは、西門だ)


王都の外へ出る道。

王都の裏が、外へ吐き出している道。


そこに、何かがある。


小さく、確かな火が、胸の奥で灯った。


逃げるだけの潜伏は、ここで終わりだ。

次は――探しに行く。


俺は、夜の闇に紛れるように歩き出した。

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