第11話 潜伏と糸口
二週間。
それが、俺が王都の底で息を潜めて過ごした時間だった。
昼は動かない。
夜に少しだけ出る。
人の視線が薄い道を選び、壁際を歩き、足音を殺す。
両手の手錠は――簡単には外れなかった。
金属の輪は固く、鍵穴は浅い。
何度も試して、指の皮が擦れて、血がにじんで。
ようやく外れた時には、痛みより先に、妙な空虚さが来た。
(……外れたって、何も終わらない)
名前も、立場も、信用も。
全部、あの日の夜に奪われたままだ。
◆
それでも、生きるために情報がいる。
王都の裏は、口が軽い。
特に酒場の隅、賭場の入口、物乞いの溜まり場。
そこに流れるのは噂と悪意と、少しの真実だ。
俺は二週間、拾えるだけ拾った。
一度で聞き逃した言葉は、〈時戻し〉で数秒だけ巻き戻して拾い直す。
それ以上は戻さない。
戻れば戻るほど、身体が壊れるのは分かっている。
「なぁ、知ってるか?」
焚き火のそばで、男が言った。
「えらい騒ぎがあったらしいぞ」
「貴族が倒れて、爆発まで起きたとか」
別の声が、低く続ける。
「なんでも……犯人は冒険者らしいぜ」
喉の奥が、ひりつく。
俺は顔を伏せ、何でもないふりをして通り過ぎた。
(……俺のことを、もう“話”にしてる)
生きた人間じゃなく、
酒のつまみみたいに。
◆
噂はそれだけじゃなかった。
「最近さ、獣人、見なくなったよな」
「見ないっていうか……減った」
「で、残ってる連中への扱いも、露骨にきつくなった」
その言葉には、怒りよりも先に、疲れが混じっていた。
愚痴というより、日々の空気の報告みたいに。
(……“当たり前”になってきてるのか)
誰かが踏みつけられても、
それが日常になった瞬間、声は小さくなる。
声が小さくなれば、
踏みつける側はもっと遠慮しなくなる。
そんな循環が、王都の空気に染み込んでいる気がした。
そして、もう一つ。
「国王の命でさ」
「グリムフォード侯爵が要職についたらしい」
要職――と言っても、呼び方はまちまちだった。
治安を取り締まる役目だとか、門の管理を強める役目だとか。
とにかく「権限が増えた」という話だけは共通していた。
(……あの侯爵が、国王の名で動ける)
胸の奥に、嫌な冷たさが広がった。
リアの首輪。
あの時の無表情。
泣きながら「見ていません」と言った声。
そして――侯爵の、沈んだ目。
(……関係ないはずがない)
俺は、じわじわと確信へ近づいていく自分を感じていた。
◆
さらに、二週間の最後の数日。
同じ言葉が、別々の場所から何度も聞こえてきた。
「最近、夜中に西門から馬車が出ていくらしい」
「しかも、夜明け前だ」
「朝にはもう戻ってねぇんだと」
「どこ行ってるんだろうな」
言った本人たちは、別に怯えてもいない。
ただ、奇妙な話を面白がっているだけだ。
けれど――その口ぶりが、妙に軽いのが引っかかった。
(……軽すぎる)
本当に知らないのか。
それとも――知っていて、触れないのか。
「関わると面倒」
「見なかったことにしたほうが得」
そういう空気が、言葉の隙間から滲んでいる。
俺はその瞬間、別の記憶を引っ張り出していた。
門の前。
書類だけが流れて、荷台は開かれない。
役人の袖口へ、小さな革袋が滑り込む。
乾いた銀貨の音。
そして馬車は、止められもしないまま通り抜けていった。
あれは偶然じゃない。
そう思った瞬間、背筋が冷えた。
(……西門は、“抜け道”なんだ)
王都の外へ、誰にも止められずに出られる道。
夜中なら目も少ない。
検分が形だけなら、荷も人も通せる。
獣人が減っている。
差別が強まっている。
侯爵の権限が増えた。
そして――夜中に西門を出ていく馬車。
繋がりすぎている。
証拠はない。
けれど、向かう先は見えた。
俺は、ゆっくり息を吐く。
無実を晴らすために。
そして、リアのあの夜の“空白”を壊すために。
(……まずは、西門だ)
王都の外へ出る道。
王都の裏が、外へ吐き出している道。
そこに、何かがある。
小さく、確かな火が、胸の奥で灯った。
逃げるだけの潜伏は、ここで終わりだ。
次は――探しに行く。
俺は、夜の闇に紛れるように歩き出した。
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