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第10話 潜伏

鍵は、掌の中で冷たかった。

握りしめるほど、金属の角が皮膚に食い込む。


息を殺し、鉄格子の前に立つ。

鍵穴へ差し込むと、わずかな抵抗のあと――


カチリ。


音が、やけに大きく聞こえた。


俺は一瞬だけ固まり、通路の気配を探る。

松明の燃える音。遠くの足音。どこかで水が滴る音。


(……今だ)


鍵を回す。

扉が、ゆっくりと開いた。


俺は隙間へ身体を滑り込ませ、すぐに扉を戻す。

閉じる直前、もう一度だけ息を止めた。


――静寂。


胸の奥で心臓が暴れている。

それでも、足は止めない。


薄暗い通路を、影から影へと移る。

曲がり角の向こうに松明の揺れが見えたら、壁に張りついてやり過ごす。

遠回りでも、光の少ない道を選んだ。


王城の中は、迷路みたいだった。

昼に通される廊下とは違う。

裏口、狭い階段、細い回廊。

使う者が限られた、人目につかない通り道。


どこかで扉が開く音がして、俺は思わず足を止める。

次に聞こえたのは、笑い声。酒の匂い。


(……城は、何も変わらず動いている)


俺だけが、そこから弾き出されたみたいだった。


息を吐く間もなく、裏階段を降りる。

石の段は冷たく、足音が響きそうで怖い。


やがて、隙間風が頬を撫でた。


外だ。


最後の扉を押し開けた瞬間、夜気が肺へ流れ込む。

冷たい。だが、牢の湿気とは違う。


王都の夜は、思ったより明るかった。

通りには灯りが残り、酒場から笑い声が漏れている。

酔客が肩を組んで歩き、屋台が片付けの最中で、誰かが歌っていた。


世界は、何事もなかったみたいに続いている。


俺は足を止め、道端に落ちていた布切れを拾った。

汚れていて、端はほつれている。

それでも、ないよりはましだ。


頭に被せ、顔が見えないように深く下げる。

視線を落とし、人混みの端を選んで歩き出した。


目を合わせない。

立ち止まらない。


誰かの視線がこちらを掠めるたび、背筋が粟立つ。


――王の怒声が、頭の奥にまだ残っている。

騎士団長の嘲りも。

そして、リアの無表情と、頬を伝った涙。


思い出すだけで、喉の奥が苦くなる。


歩いて、歩いて、灯りの多い通りから外れる。

石畳が荒れ始め、家々の壁が黒ずみ、窓が割れ、扉の蝶番が軋んでいる。


貧民街。


油と汗、腐りかけたものの匂い。

人の目は鋭いのに、誰も助けてはくれない場所。


だが今の俺には、都合がいい。


崩れかけた建物を見つける。

屋根の端が落ち、壁に穴が空いている。

雨が降れば、きっと中まで濡れるだろう。


それでも今夜だけは、風を避けられる。


俺は中へ滑り込み、瓦礫の陰に腰を下ろした。

背中に触れる壁が冷たい。


両手の手錠が重く、じわじわと手首を痛めていた。

金属の感触が、現実を突きつけてくる。


(……これが、今の立場だ)


外から、声が聞こえた。

通りを歩く男たちの、ひそひそ話だ。


「なぁ、知ってるか?」

「えらい騒ぎがあったらしいぞ」

「貴族が倒れて、爆発まで起きたとか」


別の声が、低く続ける。


「なんでも……犯人は冒険者らしいぜ」


胸の奥が、ひやりと冷えた。


俺は、息を止めたまま聞いていた。

足音が遠ざかるまで、じっと。


やがて、夜の音だけが戻る。


胸の奥が、静かに沈んでいく。


助けたはずだった。

守ろうとしただけだった。


それでも、結果はこれだ。


考えれば考えるほど、納得できない。

あの晩に起きたことは、偶然が重なったにしては出来すぎている。


思い浮かぶのは、あの男。


アルバート・グリムフォード侯爵。


柔らかく笑いながら、こちらを値踏みするような目。

あの場の空気を、すべて掌の上に置いているような雰囲気。


そして――リア。


詰所で見た、意思の感じられない目。

首元の錠前だけが、異様に光っていた。


胸の奥で、じわりと熱が生まれる。

怒りというより、冷たい芯。


このままでは終われない。


無実の罪を晴らすために。

あの晩、何が仕組まれていたのかを知るために。

そして――リアの身に、何が起きているのかを確かめるために。


グリムフォード侯爵を調べる。

あの屋敷の裏側を暴く。


それが、唯一残された道だ。


俺は布を深く被り直し、闇の中で息を整えた。


今は、潜る。

耐える。

そして――


逃げる覚悟を、静かに固めた。


夜は、まだ深い。

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