表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

闇ニ集イ、憑クモノ、スクワレルモノ

作者: MUNA

残暑が厳しく、うだるような暑さが続く9月。

私は、忙しくてなかなか取る暇のなかった夏季休暇を利用して、学生時代に所属していたテニスサークルで仲の良かった美湖、香恵、那奈と休みを合わせて2泊3日のテニス旅行を計画していた。

大学卒業後、それぞれ業種の違う会社へ就職。社会人になってからは、近況報告はメールでやり取りしていても、はなかなか休みが合わずにいたメンバーたち。数年ぶりにみんなで集まって旅行に行けるということが嬉しかった。


仕事終わりに待ち合わせをして、旅行の詳細を決めることにした。

今回の旅行は、なるべく自由時間を多く取りたいということから、宿は食事なしで温泉付きの素泊まりができる場所を探した。

いろいろ探していると、自然豊かな山奥にある隠れ家的な宿を見つけた。温泉も付いていて綺麗な外観の宿だった。最近できた宿のようだ。周辺には買い物施設などがないため、車移動が必須の場所だった。


「ここよさそうじゃない?こんなに綺麗なのに値段もお手頃だし」


「いいね!レンタカー借りる予定だから、移動も特に問題ないしね。」


問題なく宿の予約もでき、後は旅行の行程を決めようというときに、美湖がある提案をした。


「ねぇ!せっかくだしさ、テニスした後、夜に花火できたらよくない?」


その提案に私たちは大賛成だった。


「あ、それいいね!この夏は仕事に忙殺されて花火大会も行けなかったし、せっかくなら夏らしいことしたーい!」


「賛成ー!私も今年は花火大会行ってないし、やりたい!」


「いいね!テニスコートの予約は2日間とも夕方だから、その後にどこかでできる場所があるならやりたいね!」


そんなことを話しながら、みんなで日ごろのストレス発散と運動不足解消ができる楽しい旅行になるようにと、いろいろと案を出し合い盛り上がっていた。

花火に関しては、旅行先のルールなどもあるかもしれないと、現地に行ってから確認することにした。


********


そして、旅行当日を迎える。


「遠足前の小学生みたいな気分で、昨日は眠れなったー!」


「わかるー!私も眠れなかった!」


「こんな楽しみな気持ちになるのいつぶりだろう」


「それだけ仕事が忙しかったってことだよね~」


学生時代に戻った気分で懐かしく、楽しい気分でみんなでワイワイしていた。

日ごろの忙しさから解放されて、これから始まる夏休みを全力で満喫しようと、胸を高鳴らせていた。


これは…社会人になった私たちの最初で最後の旅行の記録。


**********


<旅行初日>


移動手段は、高速バスとレンタカーを利用することにした。

高速バスで3時間ほど移動した後は、レンタカーを借りて移動となる。

前日に眠れていないとは思えないほど、みんなテンションが高かった。


高速バスを降りて、レンタカーを借りた。ナビに宿の住所を入れるが、まだできたばかりの宿だからか周辺住所でしか登録ができなかった。途中まではナビを頼りに、その後は予約した際にスマホに送られてきた周辺地図を頼りに宿へ向かった。


宿までは山道だったため、途中迷いそうになりながらもなんとか宿に到着。

ネットで調べた通り、周りにはほかに目立った建物もなく、自然に囲まれた静かな場所だった。


「いいところだねぇ~」


なんて話をしながら、チェックインの手続きを済ませ、部屋に荷物を置いて少し休憩してからテニスの準備をした。テニスコートまではレンタカーで移動する。

宿の駐車場へ向かう途中、フロントの前に差し掛かった時に美湖が


「あ、ねぇ。フロントの人にこの辺で花火ができそうな場所がないか聞いてみようよ」


と言った。私たちも、


「そうだね。あればラッキーだし、なかったら夜は部屋飲みすればいいしね!」


と、みんなで花火ができそうな場所がないか聞きに行った。

フロントの女性スタッフがこの周辺の案内図を用意して説明してくれた。


「この宿から少し離れた場所に、広場があります。昼間はご家族連れや、犬を連れた方などが利用されています。昼夜とも特に利用に関しての制限等はありません。イベント時期は臨時駐車場として開放もされる場所ですが、それ以外の時は広場への車両の進入は禁止となっていますで、利用される際は近くのコインパーキングをご利用下さい。この周辺は、民家などもないため、電灯が少ないエリアになります。夜間はかなり暗いと思いますお気を付けください。」


「わかりました。ありがとうございます。」


お礼を言って、車へ向かいながら、


「テニスした後さ、そのままその広場見に行ってみようか?」


「そうだね。明るいうちに見に行って、周辺確認しておいたほうがいいよね」


「花火できそうなら、ディスカウントショップもあったし花火買いに行こうよ!」


「花火できるかもって思ったらテンション上がるわー。」


なんて話をしていた。


テニスコートは16時~18時までの2時間の利用で、久しぶりのテニスを思い切り楽しんだ。

その後、フロントの人にもらった案内図を参考に例の広場へ向かった。

その広場はテニスコートから車で5分ほどのところにあり、コインパーキングからは歩いて数分。広場の入り口は歩道から少し奥まったところにあった。


「テニスコートから意外と近かったね」


「うん。コインパーキングからも近いし、いいね」


「じゃぁ~…花火、買いに行っちゃいますか!」


「行っちゃいましょ~」


そうして、私たちは広場から少し離れた所にあったディスカウントショップに車で移動し、花火の調達と合わせて、夜に部屋飲みするためのお酒とおつまみなども購入した。


買い物を終えてお店を出た時、すでに19時を過ぎており、日も落ちてすっかり暗くなっていた。そのまま周辺で見つけた定食屋さんで夕飯を食べて、気づけば20時を過ぎていた。テンションが上がっていた時には気にならなかったが、やはりこの時間になると前日の睡眠不足と、久しぶりの運動をしたことによりドッと疲れが出てきた。


「花火は明日にしたほうがよさそうだよね。」


「そうだね。さすがに今日は疲れたかも…」


と、さすがに私たちはそのまま花火をする気にはなれず、初日は宿に戻ってゆっくり温泉に入って疲れを癒そうということになった。


車に乗り込み宿に戻るために来た道を走っていると、先ほどの広場の近くに差し掛かる。フロントの人が言っていた通り、広場の周辺は灯りが少なく暗かった。


私は運転しながら


「結構暗いね。なんていうか…この広場周辺だけ街灯が少なくて、なんか不気味な感じ」


と言うと、助手席に座っていた美湖も


「ほんと…。昼間見た印象とは全然違う感じだね…。明日はテニス終わったら、すぐに移動して花火を始める感じのほうがいいかもね。」


と言った。


「それがいいね。」


私たちも、そうした方がよさそうだと判断した。

そして、広場の入り口付近に差し掛かった時……


「あ、広場の入り口あたりに自転車に乗った人たちがいる」


助手席側の後部座席に座っていた那奈が言った。


「え?」


私たちはそちらに視線を送った。


私は運転中だったため、きちんとは見れなかったが、確かに暗がりに自転車に乗っている人が数名いるような人影が確認できた。

時間はまだ20時過ぎ。誰かいてもおかしくない。


「ほんとだ。地元の若者でも集まってたのかな?周りが暗すぎたし、はっきりは分からなかったけど…。」


と私が言うと…


美湖と香恵は、


「え?いた?私、全然わからなかった」


「私もわからなかった~」


と、気づかなかったようだった。

この時は誰もこの出来事について深く考えることはなかった。


宿に戻り、購入したお酒やおつまみを部屋に備え付けの冷蔵庫に入れて、みんなで温泉へ入りに行った。汗を流し、日ごろの疲れを温泉で癒し、部屋に戻った。

次は飲みの準備だと盛り上がり、冷蔵庫からお酒とおつまみだし、お菓子を広げた。

みんな学生時代に戻ったようによく喋り、笑い、楽しい時間だった。

気が付くと、時計は23時を回っていた。


「あ、もうこんな時間じゃん。寝なきゃね~」


「ほんとだ!時間経つの早いなぁ~。明日は午前中にアウトレットモール行くんだよね!楽しみ!」


「新しくできたアウトレットモールみたいだし、結構広いみたいだよね」


「楽しみだね~」


と、次の日の予定に胸を躍らせた。

宿から車で30分ぐらいのところに、新しくアウトレットモールができており、2日目は午前中からそこへ行く予定を立てていた。


*********


<旅行初日>~深夜の出来事…~


飲んだ後を片付けて、みんなそれぞれベッドに入りすぐに眠りについていた。


私はアウトレットモールまでの道を確認するため、少し起きていた。

スマホでルート確認していると……


キーコ…キーコ


窓の外から、何か金属がすれるような…甲高い耳障りな音が聞こえた。


それと同時に、


タッタッタッタッタ…


と人が走っているような足音も聞こえる。


「?」


軽く体を起こして窓のほうに視線を向ける。少し様子を窺っていると、


キーコ…キーコ

キーコ…キーコ………キコキコ…

キコキコ…キーコ…キコキコキコキコキコ…


タッタッタッタッタッタ

タッタッタッタッタッタッタ……

タッタッタッタッタっタッタッタッタッタ


音はさらに激しさを増すのと同じように、足音も大きく早くなった。


―何の音だろう…。外に誰かいるのかな…?


周りが静かすぎるためか、それらの音はあまりに耳障りだった。

私以外のメンバーは音に気付かないほど熟睡しているようだった。

外を確認するために、ベッドから降りようとした時……ふと気づいた。


―これ…自転車を漕いでる音………?ってか…もう深夜12時も過ぎてるのに…。


昼間、宿の周辺に民家のようなものは確認できなかったはず…。


―こんな夜中に…誰がいるんだろう…。


そう思っていると、


キーコ…キーコ…キコキコキコ…

キーコ…キコキコキコ…キィィィィ

キーコ…キーコ…キィィィィィィィ


まるで、古く錆びた自転車を漕いでいるような音…


タッタッタッタッタッタッタッ…

タッタッタッタッタッタッタッタッタ

タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ


走る準備をしているような軽めの足音から、ダッシュをするような足音。


それらの音は一際大きくなった。


―あぁー!もう!うるさいなぁ…


カーテンを開けて外を確認してみようとベッドから降りて窓側へ移動した。

カーテンに手をかけて、開けようとした時……


「ダメっ!」


窓側のベッドに寝ていた那奈が私の手を掴んだ。


「びっくりした…。起きてたの?」


「お願い…カーテン開けないで…」


那奈は何かに怯えているようだった。


「あ、ごめん。でも、さっきから外に誰かいるっぽくて…音がうるさいから外の様子見ようと思うんだけど…」


私が言うと、那奈は伏せていた顔を上げて私を見た。


「やっぱり……聞こえてる?」


「え?うん…。さすがに周りが静かだから、これだけうるさいと余計に気になっちゃってさ…。ほかの2人は全然気にならないみたいだけどね」


なんて小声で話していた。

あまりにも怯えている那奈の様子を見て、カーテンの脇からそっと外を見ることにした。

外には誰もいない。宿の駐車場を照らす灯りと、その灯りに照らされた私たちの車が見えるだけだった。あの耳障りな音もいつの間にか聞こえなくなっていた。


「誰もいないみたい…。なんだったんだろう…?それにしてもうるさかったよね…」


と、那奈の方を見ると…

那奈は布団を被って震えながら尋ねてきた。


「ねぇ…あの自転車漕ぐような音と一緒に、人の声……聞こえなかった…?」


どうやら那奈には人の声も聞こえていたようだった。


「人の声…?いや、人の声は聞こえなかった。私は足音が聞こえたんだけど…、人の声って…なんか喋ってたの?」


私が答えると、


「足音……?私はそれは分からなかった…。声は…なんて言ってるのか聞き取れなかったんだけど…最初は子どもみたいな声で…それがだんだん大人…っていうか…野太い声に変わって……」


「え…なにそれ…。」


「わかんない……。」


私も那奈も、それ以上言葉が出てこなかった。


「と……とりあえず、外には誰もいなかったし、朝も早起きしなきゃだからもう寝よっ!」


「そうだね…。」


そう言って、私もベッドに戻り眠ることにした…。


********


<旅行二日目>


結局その後は不快な音が聞こえてくることはなかった。

だが、なかなか寝付けずにいたため、寝起きは最悪だった…。それは那奈も同じだった…。

私たちの様子を見て、美湖と香恵が心配してくれていた。


「どうした?夜眠れなかったの?」


「なんか夜中に宿の外に人がいたっぽくてさ…。うるさくて眠れなかったんだよね…。」


と、私は大きく欠伸をしながら答えた。


「え?ほんとに?全然気づかなかったな。あ、辛いなら運転代わろうか?」


美湖が気遣ってくれた。

私は、寝不足での運転が不安だったため代わってもらうことにした。


「ごめん。お願いしていい?助かる。昨日調べたアウトレットモールまでのルート、スマホに送るね」


「オッケー!ありがとう。今日は私が運転するから、後ろの席で寝ててもいいよ。」


「ありがと」


そんなやり取りをして、みんなでアウトレットモールへ行く準備をした。

私と那奈は後部座席に座らせてもらった。

宿を出発し、少しして広場の付近に差し掛かる。平日の朝8時頃。その広場には運動している人、子ども連れの家族、犬の散歩をしている人などが見え、賑やかな雰囲気だった。


―昨日の夜とはずいぶん様子が違うな…


と感じていた。


私はいつの間にか寝てしまっていたようで、美湖に起こされた。

気が付くと、いつの間にかアウトレットモールに到着していた。


「大丈夫?だいぶお疲れだね…。夜中の音、そんなにうるさかったんだ…?」


「うるさいってもんじゃなかったよ…。周りが静かな分、めっちゃ響いてた。」


「そっかぁ…。そんなうるさかったら私も気づきそうなのに…香恵も聞こえなかったんだよね?」


美湖に聞かれて、香恵が


「うん。全然気づかなかった。昨日はすぐに寝ちゃって、朝まで熟睡だった」


「羨ましすぎる」


私と那奈が笑いながら言う。


美湖と香恵が


「疲れたりとか、辛かったら言ってね。」


と気遣ってくれた。


「ありがと。大丈夫」


アウトレットモールで朝食を食べ、買い物をして、みんなで笑い合っていたら、楽しくて寝不足や疲れなど気にならなくなっていた。

予定よりも早く買い物が終わったので、そのままアウトレットモールでお昼を食べた。


香恵と美湖が


「那奈たち昨日あまり眠れてないみたいだし、早めに宿に戻って少し仮眠取ろうか」


「それがいいね。今日はテニスの後に花火も待ってるし。みんなで少し仮眠取ろう!」


っと言ってくれて、私たちは夜に備えて早めに宿に戻ることにした。


スマホのアラームで目が覚め、テニスの準備をする。


「あ、花火も忘れずに持って行かなきゃね」


香恵が花火を持ってくれて、みんなでテニスコートに向かった。


少し眠ったことで、かなり体力も回復していて、2時間テニスをした後もみんな元気だった。

18時にテニスが終わり、テニスコートの整備をしてコートを後にする。


**********


<旅行二日目>~花火の時間~


「さて、じゃぁこの旅行の一大イベント!花火をやるために、広場のほうに移動しよう!」


美湖が言った


「行こう行こう~!」


みんなノリノリだった。


18時台はまだ辺りは薄暗い程度だったが、昨夜の広場の暗さを考えると少し明るいぐらいから始めたほうがいいと、全員が思っていた。

車をコインパーキング止め、広場に到着したのは18時20分だった。

辺りは少しずつ暗くなり始めてる。


「9月にもなると、日が暮れるの早いね…」


「そうだね。特にここは灯りも少ないから余計に暗く感じるもんね」


「でも、この時間はまだ車通りも多いからちょっと安心する」


「確かに。でも、広場の入り口がちょっと道路からは奥まってるからやっぱり暗いね。」


懐中電灯は持ってきていなかったので、代わりにスマホのライトを頼りに広場へ入った。

花火の煙やニオイが歩道に流れたりする可能性があるかもしれないからと、なるべく広場の奥の方まで移動。広場の中ほどに何か大きなものがあることに気づき、スマホで照らすと石造りの何かだった。


「公園とかによくある噴水とかかな?」


と言いながら、みんなでスマホのライトを向けて照らすが、それは大きくてスマホのライトでは照らしきれず、よくわからなかった。ある程度の場所まで移動し、


「これぐらい奥だったら、煙とかも大丈夫そうだよね」


「そうだね。」


と、花火を始めた。暗がりで輝く花火の明るさになんだかホッとする。


「やっぱり花火はいいねぇ~」


「やっと夏を満喫できてる感じ」


「定期的に、こういう旅行計画したいね!」


「したい!したい!また計画しようよ!」


大学を卒業してそれぞれ就職先も違うが、こうして集まって楽しく騒げる仲間がいて幸せだなと思いながら、花火を楽しんでいた。


持っていた花火の火が消えたので、次の花火を選ぼうと不意に顔を上げた時…視線の先、広場から離れた所にテニスウェアを着てサンバイザーを付けた女性が立っているのが見えた。


―あれ?ここからテニスコートって見えたっけ…?ナイターでもやってるのかな?


その女性は、オレンジ色の灯りの下にいて、俯いた状態でこちらの方を向いている感じだった。かすかに肩が上下に揺れているようにも見えた。

なんていうか…それは…そう、その場で足踏みをしているような感じ。


―準備体操でもしてるのかな


「どうした?」


私が遠くをジッと見てるのに気づいた美湖が声をかけた。


「ねぇ、ここからテニスコートって見えたんだね。女の人が準備運動してるのが見える。ナイターとかやってるのかな?」


と言うと、美湖は不思議そうな顔をして、


「ん?どこ?」


と聞いてきた。


「え?ほら、あそこ。ちょうどここからまっすぐ見てみて。オレンジ色の灯りの下。テニスウェアにサンバイザーの女性がいるでしょ?」


私は指さした。


「え~?全然見えないけど…。ってかナイターなんてやってないよ。真っ暗じゃん」


「……え?」


私が美湖の方を見ると、美湖は笑って


「ちょっと~怖がらせようとしてる?やめてよね~」


なんて笑いながら、新しく花火の袋を開けて準備し始めた。


―おかしいな…。確かに見えるんだけどな…


そんなことを思いながらも、


―まぁ、気にしてもしょうがないか…


と、この時は特に気にせずに花火を選び楽しんだ。

楽しい時間はあっという間で、気づけば花火は線香花火を残すのみとなった。


「線香花火ってさ、小さくて儚い感じだけど、力強くてなんかいいよねぇ」


「わかる~。」


そんな話をしながら、みんなでしゃがんでパチパチと光る線香花火を眺めていた。

線香花火の優しい灯りがとても心地よかった。


「あ~、花火も終わっちゃった~。明日帰るとか…寂しすぎるんだけどー」


香恵が嘆く。


「もうずっと、この時間が続けばいいのにねー」


「ほんと!」


「絶対、また旅行企画しようね!」


「うんうん!」


みんな旅行が終わってしまうことを残念がりながらも、次の予定を立てる楽しみを感じていた。

花火も終わったため、片づけをして帰る準備を始めた。


ふと、先ほど女性がいたあたりに視線を向けると…


―あ、いた。やっぱり見間違いじゃなかった


先ほどと同じように、オレンジ色の灯りの下に立ち、俯いた状態の女性はいた。そして、同じように肩が上下に揺れている。


―ってか…さっきと様子が全く変わっていない…??


最初に女性を見てから30分以上経っていると思われた。

不思議に思って、ジッと見ていると、肩の動きが激しくなりランニングをしているような動きになった。

それと同時に、女性の姿が少しずつ大きくなっていくように感じた。


―なんか……変だ……


そう思ったが、どうしてもその女性から視線を逸らすことができなかった。そうしている間にも、女性の動きはさらに激しくなる…。そして姿も少しずつだが、大きくなる…。


―あ……こっちに…近づいてきてる…?


目を凝らすと、その女性の動きは、ものすごい勢いでこちらへ走ってきているように見えた。


そう気づいた瞬間、ゾッとした。


最初に女性が見えた位置からからこの広場までは、どう考えても車で通ってきた道沿いにある歩道以外、道がないはず…。直線距離でこの場所に走ってくることなんて、まず不可能なのだ。


―じゃあ…あれは…なに??


足が竦んで動けない…。冷や汗が体中を伝っているのがわかる。


「どうしたの?」


香恵が声をかけてきた。


「あ…、ねぇ…私の指さす方…女の人が走ってきてるの見える?」


「え…?どこ?」


「ほら、あそこ!こっちにダッシュで向かってきてるじゃん…?」


「えっと…ごめん…全然わからない…。指さしてる方向、真っ暗で何も見えないけど…。」


美湖と同じような反応だった。


「大丈夫?とりあず、早く片付けて車に戻ろう。」


香恵は心配そうにしながらも、片づけに戻った。

言いようのない恐怖心を抱きつつも、香恵の後についていこうとした…その時……


キーコ…キーコ…キーコ


昨日の夜に聞いた自転車の音が、どこからともなく聞こえてきた…。


「…!」


スマホのライトで辺りを照らして見渡しても、暗すぎてよくわからない。


キーコ…キーコ…キーコ…

キコキコキコキコ…

キーコ……キーコ……キィィィィ


キーコ…キーコ…キーコ…

キコキコキコキコ…

キーコ……キーコ……キーコ…キィィィィィィィィ………


しばらく聞こえたその音は、突然ピタっと止まった。


―あ……


私は気づいた。


―自転車…広場の入り口のところで止まった…


入り口の方を見るが、暗くてよく見えない。


そして、次に聞こえたのは…


タッタッタッタッタッタッタっタッタ…


という、足音…。その足音は、あのサンバイザーの女性を見た方向から聞こえてきた…。

そして、その足音の主は、確実に広場の中に…いる……。


―この広場に…ナニかが集まってきてる……?


暗くて周りの様子をはっきりと視認できない中で響く、不可解な音…。

自分の心臓の鼓動が早くなるのがわかる。


タッタッタッタッタッタッタ…

タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタ…

タタタ……


不意に足音が止まった…。

次の瞬間…


ダダダダダダダダダダダダダダダッ


ものすごい勢いで走り始める足音が聞こえた。その足音は間違いなく、こちらへと向かっている。

音のする方向は分かるのに、暗闇の中…その姿を目でとらえることができない恐怖。

私は動けなかった…。

震える手を何とか動かして、足音のする方へスマホのライトを向けて見ようとした時、


「見ちゃだめ!」


那奈が私の腕をグッと引っ張った。


「え…?」


「これ以上見たら、目が合っちゃうよ…」


「目が…合う……?」


「うん…。だから、絶対に見ちゃダメ」


那奈は必死に私を止めた。そして、


「とにかく、早くこの広場から出たいけど…」


と、言ったところで言葉を詰まらす。


「自転車……広場の入り口の前に止まったよね…。」


確認するように私が言うと、那奈が


「やっぱり…気づいてた…?」


と言った。


私たちは、ゴクリと唾を飲み込む…。この間にも、足音は確実にこちらに近づいてきていた。

止まらない冷や汗。入り口に向かっても自転車がいる…かといって、この場に留まっていては、確実に足音が私たちの所までたどり着く…。

私たちは、その場から動くことができなかった…。


「ねぇ、何してるのー?片付け終わったし帰るよー」


異変に気付いていない美湖と香恵が、広場の入り口に向かいながら私たちに声をかけた。


「あ!待って…広場の入り口には…」


私がそう言いかけた時、


キーコ…キーコ…


古く…錆びたような自転車がゆっくり走り始める音がした……。

その音は、私と那奈の背後から聞こえてきた…。


キコキコキコキコ…キィィィ……

キーコ…キーコ…キーコ…


不規則なリズムで漕がれる自転車の音。

広場の入り口にいたはずのその音は、今、すぐ後ろで聞こえている…。


―いつの間に……?


背後に響くその音も、確実に近づいてきている…。

怖くて振り向けない…。


近づいてくる自転車の音に紛れて、何か声が聞こえる…。

子どものような……でもそれは確実に大人の声に変わっていき、野太くなる。


―これって…那奈が言ってたやつ……?


でも、何を言っているのか聞き取れない。

私と那奈が動けずに立ち竦んでいると、

入り口に向かって歩いていた2人が振り向き、こちら側へスマホのライトを向けた。


「何してるのー?早くおいでよー。帰るよー」


私たちは、竦む足を何とか奮い立たせ「せーの」でダッシュし、入り口に向かう2人の元へ走り、歩道へ出た。


「ちょっと、二人とも大丈夫?顔色悪いよ…汗もすごいし…。」


美湖と香恵が心配そうに駆け寄ってきた。


「大丈夫……。とりあえず早く帰ろう…。」


とにかく今は一刻も早くこの広場から離れたかった。

みんなでコインパーキングまで移動する。

車に乗り込むと、美湖が


「大丈夫?宿に着くまで寝ててもいいからね」


と、心配そうに声をかけてくれた。


「心配かけてごめん…。ありがとう。」


近くのお弁当屋さんで夕飯用のお弁当を購入して、宿へ向かった。


行きと同様、私と那奈は後部座席に座らせてもらった。

ボーっとしながら窓の外を見ていると、あのサンバイザーの女性が見えたあたりに差し掛かる。


―この辺だったよな…


目を凝らしてよく見てみると…


「?!」


そこにテニスコートなどなかった。あのオレンジ色の灯りも…。

そこにはただ、真っ暗な雑木林が広がっているだけだった。走行中の車のライトが当たることで、かろうじて道路沿いの木々がわかる程度。その先はライトの光が届くことはなく、まさに漆黒の闇だった。


―ってかそもそも、あの距離で人なんて見えるはず…なかったんだよな…


漠然とそんなことを思いながらも、あまりの疲労感からか私は眠ってしまった。


**********


<旅行二日目>~宿到着・夜~


宿に到着し、香恵と美湖に起こされた。那奈も眠っていたようだった。


「二人とも、かなりお疲れだよね…?無理させちゃった?」


香恵と美湖は心配そうに私たちの顔を覗き込んだ。


「心配かけてごめん…。大丈夫。」


そう言って、車から降りて部屋に戻った。

部屋に戻りお弁当を食べてから、温泉に入りに行った。

温泉に入ると、一日の疲れや嫌なことが全部洗い流されるようで、ホッとする。

温泉から部屋に戻り、前日に買った残りのお酒とおつまみ、お菓子を広げた。


「ねぇ…何があったの?寝不足だけが原因じゃないんじゃない?さっき、広場でも様子がおかしかったし。」


美湖が心配そうに聞いてきた。


「私も気になってた。何があったの?」


と香恵も心配そうに私たちを見た。

私と那奈は、せっかくの楽しい旅行に水を差すような態度を取ってしまったことを反省し、


「せっかくの楽しい時間を壊すような態度取ってごめん…」


と謝った。


「いや、それは全然気にしないでいいよ。むしろ私たちこそ、気づいてあげられなくてごめん。それより…何があったのか教えて?」


美湖が言った。


私は、昨夜の出来事から花火の時に広場で起きた出来事をかいつまんで話した。


「昨日の夜聞こえた音って言うのがさ…古くて錆びた…油の効いてない自転車を漕ぐような音と、人が走ってるような足音だったんだけど……」


「それって…、眠れないぐらいうるさく響いてたって言ってたやつ…?」


美湖が聞いてきた。


「うん…」


私は頷き、話をつづけた。


「私には、自転車の音と足音が聞こえてたんだけど…那奈には自転車の音と人の声が聞こえてて…」


「人の声…?」


香恵が那奈を見た。


「うん…。最初は子どもの声かな…って思ったんだけど、だんだんと大人の声……野太い感じの声になって…。」


那奈が答える。


「やだ…何それ…。めっちゃ怖いじゃん…。なんて言ってたの…?」


香恵がちょっと引き気味になりつつ聞いた。


「それが、なんて言ってるかは聞き取れなかったんだよね…。」


那奈が答えた…。そして私が、


「それで、私が外の様子を見ようと思って、カーテンの脇から外を見たんだけど、結局、誰もいなくて…。何もわからなかったんだけど……。」


「けど……?」


美湖が恐る恐る聞いてきた…。


「さっき花火していた時にも、その音が聞こえてきてさ…」


「え…?」


私の言葉に、美湖と香恵は息を飲んだ。


「あ、でも今回も何か決定的な何かを見たわけでもないし……」


と言うと、美湖が


「でもテニスウェアにサンバイザーの女性が……って言ってたよね…?見えたんでしょ?」


と、不安そうに聞いてきた。


「それもさ、よく考えたらおかしな話だなって思って。かなり距離が離れていたし、見えるわけなかったんだよ。宿に戻る途中にそのあたりを通った時に見てみたけど、テニスコートどころかオレンジ色の灯りもなかったし。寝不足と疲労と周りの暗さも相まって、花火の灯りの残像?みたいなのがそう見えただけだったのかも。」


私自身何かはっきりしたものを見たわけでもない今の状況で、これ以上美湖と香恵を怖がらせるのは気が引けたので、話を切り上げようとごまかした。


「ほんとに……そうなの…?」


「なんか…ごめんね。せっかくの旅行だったのに…。残りの時間は楽しく飲もうよ!」


そう言うと、美湖たちも


「いや、こっちこそいろいろ聞いちゃってごめん…。そうだね!楽しく飲もう!」


そう言ってくれて、その後はそれぞれの仕事の愚痴や、恋愛話で盛り上がった。


「明日帰るの寂しいね~」


美湖が缶酎ハイを片手に、香恵と肩を組みながらほろ酔い気分で言った。


「ほんとだよー。帰ってからも、今まで通り連絡も取り合おうね!それで、またみんなで旅行も行こう!」


と、香恵もほろ酔い気分でご機嫌だった。


「そうだね~。またみんなで旅行しようねー」


私と那奈も、お酒が入ったことで気分がよかった。

朝早くから動き回ったことで、その夜は比較的お酒の回りも早く23時前にはみんな眠くなっていた。


「よし…そろそろ寝ようかね~…。」


美湖が伸びをしながら言った。


「私も眠い~」


香恵も大きな欠伸をしていた。


私と那奈も、緊張と疲れも相まって睡魔に襲われていたので、みんなで片づけをして寝る準備をした。


「あ、そうだ。那奈、寝る場所代わろうか?」


香恵が、窓際のベッドで寝る準備をしていた那奈に言った。


「え、いいの?」


「いいよいいよ!私は昨日の夜も全然気づかなかったし。まぁ、場所が変わっても対して違いないだろうし、気休めにしかならないかもだけど、窓側よりも両隣に友達のベッドがあってくれた方が気持ち的に楽にはなるんじゃない?」


「ありがとう」


そう言って、香恵と那奈はベッドを代わった。

ベッドの並びは窓側から、香恵、美湖、那奈、私となった。


**********


<旅行二日目>~深夜の出来事~


―今日はゆっくり眠れるといいな…。


そんな風に思いながら、寝不足と疲れからスゥっと眠りに就いた……。


キーーーーコ………キーーーー


「………っ!」


眠ってからどれくらいの時間が経ったのか…耳の奥で鳴り響くような甲高い音にハッと目が覚めた。


キーーーーコ……キーーーーコ……

キコキコキコ……キーーーーコ……


―え…これって……


私はゾクッとした。

少しずつ大きくなるその音は、宿の中から聞こえてきていたのだ。

そう…その音は、部屋の前の廊下の端から、ゆっくりと進んできているようだった。


―宿の中に自転車なんて…ありえないでしょ…


私は頭から布団を被って、縮こまった。恐怖から呼吸が浅くなる…。自分の意思に反して体が震え、冷や汗も止まらない…。


タッタッタッタッタ…


―足音……?


足音も、廊下の端からこちらに向かってきているようだった…。宿の廊下を自転車と人が走ってきている…。明らかに『普通じゃない』この状況に、私は昨夜のように布団から出て様子を窺う気になれなかった。


―どうしよう…どうしよう…。怖い怖い……


那奈が起きているか確認しようと思ったが、布団から出て目の前に何かがいたら……と考えたら、怖くて出られなかった。


キーコ…キーコ…キコキコ…

キコキコ…キーコ…キィィ…………


タッタッタッタッタッタッタ

タタタタタタタタタタタタ………


音が止まった。

それは、私たちが泊っている部屋の前でピタリと…。

そして、扉の外から何か聞こえてくる……。


―あの声だ…


間違いなく、扉の前に……いるんだ…。

布団を被っているせいもあってか、その声はくぐもっていて何を言っているのかは、やはり聞き取れない。


―扉叩かれたらどうしよう……


私はギュッと目を閉じて、両手で耳を塞いだ。

扉を叩かれることはなかったが、ずっと声は聞こえ続けていた。

恐怖で呼吸が浅くなっていたことと、ずっと布団を被っていたことで、だんだんと息苦しさを感じる…。

それでも、やはり怖くて布団から出ることはできなかった。ただひたすら目を閉じ、耳を塞いだ。


**********


<旅行最終日>


「朝だよー!」


美湖の声で目が覚めた。私はいつの間にか寝てしまっていたようだ。


「え…すごい汗じゃん!どうした?具合悪い?」


美湖が布団から出た私を見て驚いた。


「いや…」


「あ…もしかして…また……眠れなかったの…?」


「あぁ……うん。」


私は気まずそうに頷いた。


「マジか…。チェックアウトまで時間あるからさ、温泉入って汗流して、ちょっと気分転換しておいでよ。」


美湖がバスタオルを差し出してくれた。


「ありがとう…。ちょっと入ってくる…。」


私が温泉に向おうとした時、那奈が


「私も行く」


とついてきた。見ると、那奈も眠れなかったようだ。


朝の温泉は私と那奈しかいなかった。

汗を流して、温泉に浸かった。


「昨日の夜……音…、聞こえた?」


那奈が、温泉の湯を掬いながら聞いてきた。


「聞こえた……。それも宿の中で。」


「やっぱり……。あれ、何なんだろうね…。」


「那奈もやっぱり聞こえてたんだ。わかんないけど…、正直、部屋の前で音が止まった時、扉叩かれるんじゃないか…部屋に入ってきたらどうしようって思ってめっちゃ怖かった…。那奈に声掛けようとも思ったんだけど…怖くて布団から顔出せなかったし……。」


と、私が言うと、


「え……?」


と、那奈がとても驚いた顔で私を見た。


「…ん?」


私は首を傾げた。


「え…昨日の夜さ……」


那奈が何かを言いかけた時、誰かが脱衣所に入ってきたようだったので話はそこで終わった。


「もう出ようか…」


那奈と私は温泉から出て、脱衣所に向かった。脱衣所には誰もいなかった。


―あれ?誰か入ってきてたよな…


と思ったが、忘れ物を取りに部屋に戻ったのかな?程度にしか思わなかった。


美湖たちの待つ部屋に戻ると、


「大丈夫?また眠れなかったんだって?」


香恵が心配して寄ってきた。


「うん…。でも大丈夫。温泉入ったら気分もスッキリした。」


そう言うと、


「それならよかった。でも、ほんと、無理しないでね。体調悪かったりしたらすぐ言ってね」


と言ってくれた。


「ありがとう。心配ばかりでほんとにごめん。」


「謝らない!友だちなら心配して当たり前じゃん!」


申し訳なさそうにする私の肩を、ポンっと香恵が叩いた。


「ありがとう。」


私は美湖と香恵の優しさが嬉しかった。


「さ、帰る準備して、朝ごはん食べに行こう。」


「そうだね」


そう言って、私たちは荷物をまとめて、帰る準備をした。

朝ご飯を食べに行くため、少し早めにチェックアウトをすることにした。

フロントで手続きをしていた時に美湖が、初日に広場の案内をしてくれた女性スタッフに、


「あの…教えていただいた広場の周辺って……、その……何ていうか、いわくつきの場所とかってあったりますか?」


と、少し気まずそうに聞いた。フロントの女性スタッフは


「いえ、特にこの周辺ではそのような場所や噂はございませんが…。何かありましたか?」


と不思議そうに聞いてきた。


「あ、いえ。ちょっと気になっただけなので。変なこと聞いてすみません。お世話になりました。」


私たちは、お礼を言って宿を後にした。


朝食を食べて、少し観光してからレンタカーを返しに行った。

帰りの高速バス乗り場まで行き、私たちは帰路についた。


**********

<旅行から数日後>~那奈と私~


旅行から帰った後、私たちはそれぞれ今まで通り仕事に追われる毎日を過ごしていた。

私が職場から出て駅に向かっているとスマホが鳴った。見ると、那奈からだった。


「もしもし、那奈?」


「あ…今、大丈夫?」


「うん。大丈夫。どうしたの?」


「あのさ……この間の旅行の時、言いかけて言えなかったことがあったんだけど…」


「あ、もしかして、朝に温泉入った時に言いかけたやつ?」


「そう…」


「私も気になってたんだ!あの時、なにを言おうとしてたの?」


「あの夜さ……、たぶん…部屋の中に……いたんだよね…。」


私は言葉が出てこなかった。


「………え?」


「扉をノックする音……聞こえたんだよ。」


「うそでしょ…。ノック…されてたの?」


「うん…。それでね……ザッザザ…」


那奈が何かを言おうとした時、ザザッとノイズが入った。


「那奈……?どうした?那奈??」


那奈の名前を呼ぶ。ザザッ…ザァァァと言うノイズが続いた。


「もしもし!那奈???」


しばらくすると、次第にノイズが小さくなっていった。


「……し…もし…し……?もしもし?聞こえてる?」


那奈の声が聞こえた。


「あ、那奈?よかったぁ。うん。聞こえてる。さっきちょっとノイズが入って、話が途中で途切れちゃってたんだけど…ノックの音が聞こえて、どうしたの?」


「ノイズ…?電波悪かったのかな…。あ、えっと、ノックの音が聞こえて…。もちろん私も返事したりはしなかったんだけどさ…しばらくノックが続いてたと思ったら突然静かになって…。」


「……それで…?」


「そしたら、部屋の中で自転車の音がし始めてさ……」


「え……。」


「私も怖くて布団被ってたんだけど…、自転車の音が私たちのベッドのすぐ脇に止まったんだよ…。」


「私たちのベッドのすぐ脇……ってもしかして…私と那奈のベッドの間ってこと?」


「うん…。」


その言葉に、背筋に悪寒が走った…。


―あの時、扉の外で聞こえていたと思っていたくぐもった声は……真横で聞こえてたってこと……?


あの時の状況を思い出して、私は言葉が出てこなかった…。


「それでね…布団を被ってる私の耳元で……あの声が最初はボソボソ言ってたんだけど…。次第にはっきり聞こえて…。私、わかったんだけど…。」


「なに…が?」


「あの、聞き取れなかった声が、なんて言ってたのか…」


「え……!なんて言ってたの?」


「あれね……『こ……ザザッ…が…………は………ザザッ……る』って…ザザッ…」


ザザ…ザザァァァ…


那奈の声にノイズが混じり、途切れ途切れ聞こえた後、完全にノイズ音だけになてしまった。


「もしもし!那奈?…那奈???もしもーーーし!!那奈ー?」


私はひたすら那奈の名前を呼んだ。


ザザザ……ザァァァ……ブツッ………プープープー……


ノイズが続いた後、電話が切れてしまった。


「え…もしもし??那奈……?切れちゃった…。電波悪かったのかな?」


私は那奈にかけ直した。


プルルル…プルルル…プルルル……プッ


「あ、もしもし?那奈?大丈夫??」


「…………………」


「那奈……?どうしたの?大丈夫……?」


電話口からは何も聞こえてこない……。しかし、スマホの画面を見ると、通話時間は1秒…2秒…と動いていて、確かに電話は繋がっている。


「もしもし……那奈?聞こえてる?」


再びスマホを耳に当てて那奈に話しかける。


「キーーーーコ……キーーーーコ……キコキコ……キィィィィ……」


「え……?」


そこから聞こえてきたのは、旅行の時に聞いたあの…古く錆びたような自転車の音だった…。

私は思わずスマホを耳から離し通話終了を押した。


―なに……?……なんで??どういうこと…?


思考が追い付かない…。


―那奈は……?どうしたの?


理解できない状況に言葉を失っていると…


タッタッタッタッタッタッタ………


足音が聞こえてきた……


―え……


タッタッタッタッタッタッタ…………

タッタッタッタ………


足音は後ろから聞こえてきていた…。

怖くて振り向けない…。鼓動が速くなり、背中を汗が伝う…。

だんだんと近づく足音…。間もなく私のすぐそばまで……

ギュッと目をつぶった…。


タッタッタッタッタ……


ゆっくり目を開けると、宅配便の荷物を持った配達員が私の横を通り過ぎただけだった。


―はぁぁぁぁ……ビックリしたー!


深く息を吐いた…。


―那奈にもう一度かけ直してみよう…。


そう思って、もう一度那奈に電話をかけようとした…その時、


タッタッタッタッタ……


また後ろの方から足音が聞こえた。が、先ほどの事で、緊張感も薄れていた私はこの時、足音をあまり気にしなかった。


だが…


タッタッタッタッタ……

タッタッタッタッタッタッタッタッタ……

タタタタタタタッ……タタ……


遠くの方からこちらに近づいてくるその足音は、明らかに『普通』ではなかった…。

そのことに気づいた私は、再び恐怖を感じた…。

ただ、私の回りには仕事帰りのサラリーマンや塾帰りの学生たちがたくさん歩いている。いつもの賑やかな日常がそこにある。だから、きっと気のせい……。


―すぅぅぅ……ふぅぅぅぅぅ……


大きく息を吸って、深く吐き、心を落ち着かせて後ろを振り返った。


雑踏の中、少し離れた場所に…その場に似つかわしくない姿をした…それは…いた。


テニスウェアにサンバイザー姿…俯き加減で佇むその姿は、紛れもなく旅行先で見たあの女性だった。

そして、何人もの人が、その女性をすり抜けていく…。


―噓でしょ………


私は目を見開いた…。なんとなく、人ではないかもしれない…と、わかってはいたことだが、どこかで認めたくない気持ちがあった。しかし、その気持ちはたった今打ち砕かれた。


女性の姿をした…人ではないそれは、あの日見たのと同じように肩を上下に揺らし始めた…。


―まずい……走ってくる……。


私は竦む足を必死に奮い立たせて、その女性と逆方向へ全力で走りだした。

しかし、その足音は、私よりも遥かに速かった。


タッタッタッタッタッタ……

タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ


―もう追いつかれる……


その瞬間、私は旅行の時に那奈が言った言葉を思い出した。


『見ちゃだめだよ!目が合っちゃうよ……』


―目が合う……?あの時……那奈はすでに目を合わていたってこと…?


そう思った瞬間、足音は私のすぐ横に並んだ…。

思わずそのほうへ視線を向けてしまう。


―あ……目が……合…………


―え…………?


明らかにこちらを向いて走っているそれと、目が合う……はずだった。


―顔……が……ない………


いや…顔がない……と言う表現には語弊がある…。

顔の輪郭はあるが……顔のパーツの並びが……不自然だった。

顔だけど……顔じゃない……なんて表現したらいいのか……。顔のパーツが散らばってる…感じ。とにかく、それは明らかに人の顔ではなかった。


―なに…これ……。目が合ったとしたとしたら那奈は、これを見て…どれを目と判断したのだろう…


そう思うぐらい…その『顔』は不自然だった…。でも、そんな疑問はどうでもいい…。

私は、すでに見てはいけないモノを見てしまったことだけは分かった…。


その瞬間、耳元で声が聞こえた…。


「コ………ヲ………ハ………ル…。」


―あぁ……私…見ちゃいけないモノと目を合わせただけじゃなくて…聞き取れちゃいけない声まで…聞いちゃった……


**********


<旅行から数か月後>~美湖と香恵~


旅行から数か月後。


「あ、もしもし香恵?那奈たちと連絡取れないんだけど、なんか知ってる?」


「え?美湖も?私もさ、旅行の後に何度か連絡してるんだけど、二人とも連絡つかないんだよね。実家にも帰ってないみたいだし。」


「そっかぁ…。どうしたんだろう…。」


「あのさ、美湖、今度時間取れる?ちょっと話したい事あって…電話だと長くなりそうだから会って話したいんだけど…」


「もちろん!ちょっと待って手帳出す……いつにしようか?」


**********


とあるカフェで、美湖と香恵が待ち合わせをしていた。


「お待たせー」


美湖が手を振りながら入ってくる。


「お疲れ!あの旅行以来だね!」


「だね!旅行が9月で……今12月でしょ?3か月も経ってるー!びっくりだね。それで…話したいことって…?」


「うん…。あの旅行の時の那奈たちの様子が気になって、旅行から帰ってあの場所周辺についていろいろ調べてみたんだけどさ…。」


「え…何かわかったの?」


「それが、何もないんだよね…あの周辺。むしろ…何もなさすぎるっていうか…。」


「どういうこと?」


「ネットでさ、あの宿の周辺とか調べても、何も出てこないんだよね…。」


「え、情報がないってこと?」


「うん。まぁ、あの宿は新しい感じだったから情報が更新されてないだけかもだし、もしかしたらもっと詳しく調べたら、何かわかるのかもだけど…。あの旅行で那奈たちが一体何を聞いて、見て、何に怯えていたのか…気になってさ…。」


「私もそれ気になってたんだよね…。私ら全然音とかも聞こえてなかったし、何か見たわけでもないけど…。あの二人の怯えようは…尋常じゃなかったよね…。」


「ねぇ、もう一回、あの場所行ってみない?」


香恵が真剣な表情で美湖に言う。


「実は私もそれちょっと思ってた。あの周辺をちゃんと自分たちの目で確認してみよう」


そうして、美湖と香恵はもう一度あの場所へ行くことにした。


**********


「ここ……だよね?」


「うん…。ここで間違いない……けど…。」


平日の夕方、仕事の休みを合わせた美湖と香恵はあの広場の入り口前に来ていた。

少しずつ辺りが暗くなり始めていた。

なかなか休みが合わず、4人で行った旅行からは半年程が経っていた。


広場の入り口はバリケードが張られていて、車どころか人さえ立ち入り禁止となっていた。


「何か工事とか始まるのかな…?」


バリケードの隙間から中を覗いてみると、その広場はほとんど手入れのされていない雑木林のようになっていた。


「数か月でこんなに変わるもの…?」


美湖たちは顔を見合わせて、首を傾げた。


「何してるの~?」


突然、後ろから声をかけられた。振り向くと、小さな子どもと、杖を突いた高齢男性が俯いて立っていた。


―おじいちゃんとお孫さんかな?


「あ…あの、この広場って、いつから立ち入り禁止になったんでしょうか?」


美湖が男性に尋ねた。すると、男性は


「ん?ここは立ち入り禁止になってからは…もう三年以上は経っているかな。」


「え…三年以上……?私たち、半年ほど前に旅行に来たんですけど…その時に宿の方に教えていただいて、ここで花火をしたんです……」


「それはおかしな話だね。ここはもうずっとこの状態だよ。どこの宿かな?」


「ここから山の方に行ったところにある宿ですけど…」


「ふむ…。あの周辺に宿はないはずだけれど…?そもそも、ここには観光や旅行で来る人は…いないよ」


「え…………?」


「この広場は、過去に臨時駐車場として利用されていたけれど、自転車に乗った子どもと付き添いで一緒にいた男性が広場内で事故にあってさ。その後、広場内での事故が続いて…それで広場中央に慰霊碑を建てたんだよ。それでも、まったくダメでね…。結局、バリケードを張って、立ち入り禁止になったんだ。」


「どういうこと……?」


「わかんない…。」


美湖と香恵は顔を見合わせ言葉を失った…。


「この声を聞いた者は…スクワレル……。この姿を見た者は…スクワレル」


男性がボソッと呟いた。


「…?なんですか…?」


「いやね、この辺で言い伝えられている言葉だよ。」


「言い伝え……?」


「そう。『闇に集いしモノ、憑くモノ、スクワレルモノ。』っていう言葉の後に、『この音(声)を聞いた者はスクワレル。この姿を見た者はスクワレル』っていう言葉があるんだ。」


「すくわれるって……救済ってことですか?」


「いいや………巣喰われる……ってことだよ。」


そう言うと、男の子と男性は俯いていた顔をゆっくり上げた。

美湖たちの目に映った2人の顔は……顔のパーツが散らばったような顔だった…。


ー!!!!!!


驚く美湖と香恵の背後…バリケードの奥からあの音が聞こえてきた…


キーーーーコ…キーーーーコ

キコキコキコキコ…


タッタッタッタッタッタッタッタ……

タタタタタタタタタタッ



―あぁ…那奈たちが聞いた音って…これか…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
じっくりと這い寄る怪異を描いたホラーストーリー…、なのはよいのですが。短編1話で2万字近いのは、少々長過ぎるかな…。 せっかくの、にじり寄る恐怖が薄れてしまうと言うか。他の部分で目が滑ると言うか。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ