ネコになった俺
いつの頃かわからない。
俺は人間だった。
その時は、彼女もいて、友達もたくさんいて、必死にサラリーマンをしていた。
その生活が辛いと思う時もあったけど、それなりに楽しいと思えていた。
だけど、その楽しい生活は突如として変わった。
俺は自分の疲労に気づかず、死んだ。
「にゃぁ」
人間達には俺の声はそんな風にしか聞こえない。
だから、いつも俺はどこに行っても可愛がられる。
正直、会社の上司に怒られてばかりだった俺には、今の生活の方が合っている気がする。
「空行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
若い女性の飼い主が家の門の前で息子をお見送りをする。
空は今年からランドセルを背負って小学校に通い始めたみたいだ。
俺は飼い主が家事をしている朝は、空の部屋で邪魔しないように寝ている。
起きると大体、昼になっていて、リビングに行く。
「レオ。そろそろお昼にしようか」
「やっとお昼か」
若い女性の飼い主は、俺にチュールをくれる。
そして、女性の飼い主は自分で昨日の晩ご飯の残り物をレンジで温めて食べる。
女性の飼い主が、食べ終わるのを待つと、俺は家を出て町に行く。
住んでいる家の住宅街を抜けて、道沿いに出る。
道沿いを歩いていると、ちょうど公園の前に信号があった。
信号は赤色で、つまり止まれだ。
普段通り信号待ちをしていると、色んな人達が俺の近くに寄って来る。
「この子かわいい、ちゃんと信号待ちしてるじゃん」
「SNSの私のアカウントにアップしようかな。絶対伸びるよ」
「すげーこいつ。頭いいな」
男の声も聞こえたが、男はすかん。
やっぱり女に限る。
みんな俺に夢中だな。
仕方ない。
俺は凜々しく座り直して、信号が青になるまでその場で写真撮影に応じる。
モデル料として、お菓子くらいくれてもいいのに、そんな事気にせず、人間達は俺を撮り続ける。
信号が青になって、俺が歩道を歩こうとすると、まだ撮ってくる連中もいるが、大体の人間は俺から離れて同じように歩道を歩く。
公園に着くといつも色んな人達がいて、時には人間模様を見れたりする。
それが意外と楽しい。
今日はどんな面白い物が見れるだろうか。
なんとなく公園の周りを見渡す。
子供と一緒に遊んでいる夫婦、筋トレをしているおじいちゃん、木登りしている子供、一緒にベンチに座ってお茶を飲んで休んでいる老夫婦。
そんな中、立ちながら真剣に喋っている18歳くらいの男の子とブランコに座って泣いている同い年くらいの女の子がなんやら話し合っていた。
何だろう?
面白い匂いがする。
俺は、ネコになってから意外と何に対しても嗅覚がすごい。
なんとなく近づいて聞いてみることにした。
「俺は、東京に行って、有名なバンドになって世界を取ってやるんだ!」
「無理だよ、現実見なよ。一緒に地元の大学行こうよ」
「やだね。そういう事言うなら別れるぞ」
「別れたくない」
なんやら男女のいざこざらしい。
男の子は夢を見ていて、女の子は現実を見ている。
映画とかでよくある男女のお別れパターンだ。
「そういうことだから」
男の子は楽器を持ったバンド仲間らしい人達と公園の入口の方へ歩いて行く。
「何で、なんでわかってくれないの? そんなに甘くないのに」
女の子は泣きながら下を向いていた。
なんとなく俺は女の子に近づいて声をかける。
「あいつあほだな。だって、世の中って楽器や歌がうまいのに売れない奴が山ほどいるに」
女の子は俺の泣き声を聞いて、声を掛けてきた。
「励ましてくれているの?」
「全然そんなんじゃないけど」
「ありがとう。そうだよね。私頑張る」
女の子は涙をふいてブランコから立ち上がる。
「私決めた! どんな形であれあの人より絶対有名になってやる」
なんやら目標的なにかが女の子の間で生まれたみたいだ。
そして、女の子は、男の子と違う方向にむかって一人で歩いて行った。
意外と頑固でお似合いな二人だったな。
面白い物が見れたなぁ。
それと同時に、二人がどうなるか少し心配にもなるが、割と今後の楽しみにもなった。
俺は公園を抜けて、市場に向かう。
市場にある魚屋の前で声を掛ける
「おばちゃん来たよ!」
「あら、今日も来たの。ちょっと待っててね」
おばちゃんは、裏から残り物のマグロを持って来て俺の前に置く。
「ここの魚ほんとうまいんだよな」
「ほんと、美味しそうに食べるわね。それにしても、どこの猫なのかしら。野良猫の割には綺麗だし」
おばさんのそんな声を聞きながら、ペロリと完食をする。
「今日はおしまいね」
「また明日もくるわ」
俺は魚屋を後にして、市場を抜ける。
すると、分かれ道が見える。
右に行くと男子校、左に行くと女子校。
今日はどちらにしようか悩んでいると、友達の猫が現れた。
「レオじゃん。お前、どうせまた女子校の方に行って、女子校生とどうやってイチャイチャするか考えてるんだろ」
ちょっとは考えたが、なんでわかるんだ。
「その顔は図星だな」
「そんな事ないぞ」
少し強気で答えて誤魔化す。
「ところでお前こそ何してるんだ」
「あ、誤魔化した。まあいいけどさ、俺は公園に日向ごっこしに行く所だったんだ」
「そうなんだ。じゃあ逆方向だな。そうだ! また裏路地で集会やるみたいだから来いよ」
「わかってるって」
俺達は逆方向に別れて歩いて行った。
結局俺は、女子校の方に歩いて行く。
少し歩くと、女子校に行くまでにクレープ屋さんがある。
あの亭主、また女子校生に夢中だよ。
女子校生とヘラヘラ喋りながらクレープを作ってる亭主を見て、少しあきれる。
歩いてクレープ屋まで近づく。
「ちび助、今日も来たのか。ちょっと待ってろよ」
店の近くにあるベンチの下で亭主を待つ。
「ほら、食べな。」
亭主は、すりおろしたリンゴを小さい器に入れて、俺にくれる。
これが案外うまい。
「ほんとお前不思議だよな。また来いって言う俺もそうだけどさ、なんかなんとなく俺の言葉がわかってる気がするんだよな」
まあ元人間だからな。
俺は亭主にツッコミを内心言いながらも、むしゃむしゃリンゴに夢中でそれどころではない。
食べ終わると、ちょうど女子校生の客が来た。
「すいません。このイチゴチョコください」
「はいよ.」
亭主は、こなれたようにクレープを作りながら、ヘラヘラして女子校生と話そうとする。
亭主の声に気づかなかった女子校生は、ベンチに座ると俺を見つける。
「このネコちゃん可愛い。触ってもいいですか?」
「いいけど、俺が飼ってるんじゃないから気をつけなよ」
「はい」
女子校生は俺を抱っこする。
何だろうこの匂い。
いい香りだ。
女の子に近づけば近づくほど、いい香りに襲われる。
それは甘くて、でもちょっと酸味もあって、たまに汗臭さもある女の子ならではの香りだ。
我を忘れそうになる。
ネコの本能なのか、人間の男が女に引き寄せされる時のオーラ的な何かなのかもしれない。
でも、その匂いが気になって俺は、女子校生の口をなめてしまっていた。
「くすぐったいよ。やめてよ」
ニコニコしながら女子校生は俺に注意をするが、俺はそんな事お構いなしに止めない。
人間の頃だったら明らかに犯罪だけど、今はネコ。
何をしても許される気がした。
そうこうしている間にクレープができあがる。
女子校生は、抱えていた俺を離して、クレープをもらいに行く。
「はい、クレープできたよ。」
「ありがとうございます。それにしてもこの子、すごい人間慣れしてますね」
「そういえばそうだね。多分どこかで飼われてるんじゃないかな。いつも毛並みもいいし、意外と飼い主は金持ちもね」
「いいなぁ。私もこの子みたいになりたい。自由気ままそうだし」
俺は横目で二人の会話を聞く。
だんだん飽きてきて、クレープ屋を後にする。
気づけば、昼の2時頃だった。
ちょうど、飼い主の女性がパートに行く時間だ。
住んでいる住宅街に向かい、俺は歩いて帰る。
家の前に着いて空をまっていると、少ししてから空は走って帰ってきた。
「レオ、待たせてごめん」
「そんな焦らなくてもいいのに」
「今日はどこ行ってきたんだろ」
「色々だな」
門を開けてドアの鍵を開けて、俺と空は家に入る。
リビングに行き、空はランドセルを適当に置く。
「レオ、ねこじゃらし持ってきたから遊んであげるよ」
ねこじゃらしか。
しゃーねえな、付き合ってやるよ。
ベランダ前で日向ごっこをしていたが、立ち上がってしっぽを立てながら、一旦背のびをして、空に近づく。
「ほんと、レオはねこじゃらしがすきだね」
「一応言っとくけど、お前の相手してやってるだけだからな」
「ほら、ほら、こっち、こっち。」
いくら言っても空は俺の声をにゃあとしか認識していない。
だから、気づいてもらえない時もあるけど、今の世界での生活を俺は割と楽しんでいる。