7.衝突注意、親指姫参戦
「え?」
「ちょっ、止まれな、ほんとに退きなーーっっ」
俺が状況を把握しきれない間に、どん!と小さな金色頭の塊がぶつかる軽い衝撃があった。
「ぎゃあっ!」
目の前で、小さな女の子が結構な勢いで転がり込んだ。
「まぁ」
白雪が、場にそぐわないのんびりとした声を出す。
「えっ!?どうしたどうした!?大丈夫か……?」
顔を伏せたままぷるぷると震える派手に転んだその女の子に、俺はちょっとの罪悪感と共に、咄嗟に手を差し伸べる。
さすが俺。こんな小さな子にも紳士。
ーーが、しかし。
俺の予想は、次の瞬間あっさりと裏切られた。
「っあんた、鋼でも着込んでんの!?」
顔を上げた女の子は、物凄い剣幕で俺を睨みつけた。
「ぼーっと立ってるのも信じられないわ!痛いじゃない!!」
ぎゃんぎゃんと足元で喚く小さな女の子。
えぇー……
俺は少し引いた。
彼女の顔立ちは、白雪に負けず劣らず綺麗だ。
白雪が上品な美しさなら、この子は華やかな美しさ。
ハーレムを希望する俺からすると、この子はハーレム要因になり得る。
だがそれは、この子が大人になって、綺麗になったら、という前提であって。
「……ガキじゃん」
つい呟いてしまう。
なんせ彼女は、どう見ても10歳前後の女の子だ。
俺はロリコンじゃないし。
生意気な子供には優しくしない主義だし。
「あんた今何て言ったの!?」
「ガキ」
「なっ、なんですってぇ!?」
女の子は俺の一言に余計に憤怒しながら立ち上がって、さらに上目遣いで俺を睨みつけた。
「無礼だわ!」
「そっちからぶつかってきたんだろ!謝るのはそっちだ」
「うるさいわね!わたくしを誰だと思っているの!?」
「生意気なちびっ子」
「ま、また別の悪口を言ったわね……!」
ぷるぷると、顔を真っ赤にした女の子が小さな体を震わせる。
「本っ当に無礼な人ね!わたくしはぜんっぜん、子どもじゃないわ!!」
どう見ても子供なのに、何を言う。
「大体あんた、なんなのよその格好!ださいにも程があるわ!」
「なんでだよ!かっこいいだろ!」
俺もついついムキになって言い返す。
だって、この服は俺の異世界第一号の服だ。
こんなガキんちょにケチつけられるのは、全くもって許せない!
「この異世界感溢れる服の魅力がわからないなんて……お子ちゃまは本当に可哀想だなぁ」
「そんな古風なファッション、化石よ化石!モテるとでも思ったの?見ているだけで恥ずかしいわ!」
「なんだとぉ!?」
ぎゃんぎゃんと口喧嘩になる俺たちに、しばらく傍観していた白雪が、にっこりと微笑む。
「ルト様、それぐらいで……」
「だって!こいつが、」
「なによ!あん、」
俺とちびっ子が一斉に白雪を振り向くと、そこに居たのは。
「ヤメロ」
「トメロ」
「コロス?」
「きっ、きゃあああああ!」
白雪の背後の小人たちの異様な圧に、女の子が後退り、俺の背後に隠れてぎゅっと服を握った。
「な、なんなのよあれっ」
「7人のおっさんだよ!おま、怒らせんなよ!しかもさりげなく俺を盾にしようとすんな!」
「うるさい!あんたなんか無礼でださい最悪な男なんだから、せめて盾ぐらいにはなりなさい!」
「このガキ!言わせておけばー!」
「ふふ、仲が良いのはいいことですが……」
白雪が、す、と冷めた目線を俺らの後ろに向ける。
「どちら様ですの?」
え?と俺が振り向くと、そこにはいつのまにか群衆はおらず、その場には何か異様な雰囲気が漂っていた。
代わりにいたのはーー
「リーナ姫、こちらにおられましたか」
姫?
俺は息を呑む。
そこには、一様に白い仮面を被り、上等な騎士服のようなものを着た、やたら圧のある大男たちの集団がいた。
なにこの異様なイベント!聞いてないし知らない!
「……あんたのせいよ」
ぼそりと女の子が力なく呟く。
「さぁ、いつまでも遊んでおりませんで。城に戻りましょう」
男の一人が、感情の見えない声で淡々と言う。
「……わかったわ。戻ります」
女の子は、諦めたように呟いた。
しかし、恨めしげにこちらを見上げ。
「けれど、ついでにこの無礼な男も捕まえてちょうだい」
「は!?」
え!?
いやそんな、まさかーー
でもさっきなんか、高貴な響きが聞こえた気もするしーー!?
俺が混乱していると、女の子は俺の意表をつけたのがよほど嬉しかったのか、にやりと、してやったりという笑みを浮かべた。
「あら、自己紹介がまだでしたわね。わたくしはリーナ」
ドヤ顔で髪をかきあげる。
「この国の、第七王女よ。ーー無礼者」
「……」
喧嘩売られた相手が悪すぎた。
冷や汗を垂らす俺に、白雪だけが、くすくすと笑っていた。