間話/白雪姫と炎の王国
「……さぁ、行きましょうか」
その日の夜。
ルトが寝静まったのを確認し、白雪はまるでピクニックにでも行くように、小人たちに微笑みかけた。
小人たちも、無言で武器を手に取り、白雪のあとに続く。
ぎぃ、と閉ざされたルトの部屋のドアノブが、月夜に照らされて怪しく光った。
「これからルト様と、旅をするのですもの。少しでも身軽にならなくてはいけないわ」
白雪は楽しそうに言った。
理由は明白だったが、今はまだその感情を言語化しない方がいいような気がしていた。
まだゆっくりと、その芽を温めたかった。
なにせその芽は、彼女の久しく感じがなかった好奇心が、少しばかりくすぐられるものだったからだ。
彼女が向かう先は、ただ一つ。
「--ご機嫌よう。お母様」
--東の国、テンミラに君臨する絶対的女王である、彼女の継母の部屋だ。
「……っ、この、白雪……!!」
憎悪の炎に身を焦がしながら、女王は白雪をギラギラとした目で睨みつける。
その視線を白雪は軽く受け流し、あどけない表情でくすりと笑った。
「お久しぶりですわね。腕、鈍りましたこと?」
白雪は手を翳しながら、コツコツと女王へ近づく。
「この糞餓鬼め……!!おまえ、どこからここまで来た……!!!」
「お母様。ここは元々私のお城です。お母様の知らない道や、人一人を簡単に捕える仕掛けなど、たくさんありますわ」
「ふざけるな!!黙れ!!!」
髪を振り乱し白雪に飛びかかろうとするも、白雪が手を翳すたびに女王は鈍い音を立て床へ這いつくばる。
「力が増幅しているのを感じますわ。こうやって、仕掛けはうんとうまく使えるんです。今どんなお気持ちかしら。お母様」
「……っっ」
「あぁ、そう言えば、まだ私が幼い頃、同じようにお母様に押さえつけられましたわね」
くすくすと懐かしむように白雪は笑う。
「あれは面白い体験でした。お母様が必死に私を魔法で押さえつけるものだから、ついつい私も乗ってしまって……。お母様の闇魔法をうっかり破らないようにするのは大変でした」
「この、化け物め……っっ!!!」
「最後までお付き合い出来ず申し訳ありませんでした。私もまだ若かったのです」
「……っっ!!!」
白雪の手に力が籠る。
「でも申し訳ありません。私、森の生活も良かったのですけれど……少し、外に出てみたくなりまして」
白雪が、月の光に照らされてうっとりと笑う。
「だから、お母様と遊んでもいられなくなりましたの。消えてくださる?」
「クソ!!!クソがァァァァァァ!!!!」
小人たちが、ぞろぞろと闇の中から姿を現す。
「シラユキ、アトハマカセロ」
「コロス。アトカタモナク、ケス」
彼らが手にするのは、何本もの松明。
女王は、そこでようやく自分の行く末を察し、目を見開いた。
「まさか……、おまえ……っ!!!」
「魔女は火炙り。--常識でしょう?」
白雪が、そっと唇に指を寄せる。
「なぜ、なぜ、私が魔女だと……」
「別に、どちらでも良いことです。ですが、最期はみんな、綺麗に美しくいきたいものでしょう?」
ここでようやく女王--東の魔女は思い知る。
なぜこの少女に、昔から寒気を覚えていたのか。
なぜ、何年も変わらず刺客を送り続けていたのか。
なぜ--自分が直接、手を下しに行かなかったのか。
「コロス」
「コロス」
「や、やっとわかった……!この女が……っ!!ぎゃあああああああああ!!!!!!」
髪に、服に、炎が点火する。
それはやがて、全身は広がり--
「あぁ……なんて綺麗な赤なのかしら」
白雪の黒い瞳に、美しい赤色だけが映っていた。
--その日、東の国では、城が一つ焼け落ちたという。
まるで魔法が解けたかのように、一晩で女王の悪政は終わり--
東の国は、一つの時代が終わった。
……ルトがぐーすか寝ている間に。
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「おはよう、白雪……」
「おはようございます。ルト様」
「朝から元気だな、お前……」
「えぇ。だって今日は、出発の日でしょう?」
「まぁそうだけどさ……。あ、朝食作ってくれてるの?」
「えぇ。今日は煮込みスープですの」
白雪の目が、手元の調理用の炎に照らされて、きらきらと光る。
「楽しみですわね、ルト様」