20.鉄線を超える解決法
「もう旅立つのか?」
「えぇ。短い間ですが、お世話になりましたわ」
「それほどまでに急がねばならないほど、近い内に北の魔女が現れるのか……」
「えぇ。南の国の脅威は、すぐそこにあるのです」
白雪が、うっすらと微笑む。
「ならば、せめて道中に人をつけよう。私がーー」
「お心遣い頂きありがとう存じます。でも、ここからは魔女の目を掻い潜る旅ですの。私たちだけで参ります」
「そうか……」
白雪の言葉に明確な拒否を感じとり、イバラ姫は少し悲しげに目を伏せた。
「……どうか、気をつけてほしい」
「えぇ」
「ご武運を祈る」
「あぁ。ありがとな」
俺たちはそう言い、東側の城に背を向ける。
向かうはーー西側の国。
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「……この魔法通信、持ってきといてよかったな」
俺はそう呟いて、カバンからそっと通信機を取り出す。
「えぇ。緩衝地帯であれば使えるのであれば、鉄線を越えなくても、王に連絡が取れますわ」
「王を呼び出すのはいいけど、その後はどうするのよ?」
リーナがそう尋ねる。
「鉄線の扉は、魔力流入を方法としていましたから……私の魔力解除でなんとかなると思いますわ。もし無理だとしても、最悪、鉄線ごしに洗脳解除を試みますわ。鉄線に流れる程度の魔力でしたら、洗脳解除の邪魔にはならないと判断しましたの」
「……まじで、何者なんだお前」
即座に考えたにはあまりに凄すぎるその作戦に、俺は感心したように呟く。
白雪は、何も言わなかった。
「ついたわ」
リーナが鉄線を指差す。
「この魔法通信、どうやって使うんだ?」
「……いいわ。かしなさい」
リーナが少し呆れながら俺から器具を受け取る。
「こうやって、魔力を込めてーー、駄目ね。ここでは使えないわ」
リーナが首を振る。
「何でだ?緩衝地帯なら、使えるって……」
「恐らく、境界線を越えればまた使えるのだと思います。扉の解除を試みますわ」
白雪が前に出る。
そして、鍵の場所を、そっと細い指で撫でた。
ぽぅ、と緑の淡い光がその鍵場を包む。
ーーしかし。
「……これは、」
白雪の声が、少しだけ張り詰める。
「白雪、どうかしたか?」
嫌な予感に、俺は声を掛ける。
「魔力構造が……西側と東側からかけられている都合上、複雑すぎますの。かなり多層化されていますわ……」
「なんですって?」
リーナが焦る。
「解除は可能ですわ。ですが、二日ほどかかってしまう。そうなれば、いずれは兵に見つかってしまいますわ……」
「……嘘だろ、」
俺は声を失う。
「何か、他の方法を考えましょう」
リーナが切り替え、そう言う。
「俺ならこれを登れるんじゃないか?」
フィジカル強いし。
俺は思いついたことを口にする。
「登るのは無理かと思いますわ。鉄線ですし、登ることを阻止する魔法がかかっております。ルト様でも、即死レベルの」
「無理じゃん……」
なら、どうすればいいんだ。
焦る俺たち。
そして、ふと思い出す。
俺の近所には、ちっこい犬がいた。
そいつはよく、庭で楽しそうに遊んでいたけど、俺を見つけては嬉しそうに尻尾を振り回し、そしてーー
「……下だ」
俺は呟く。
「下?どういうことなの?」
リーナが訝しげにこちらを見る。
「よく脱走してたんだ。うちの近所の犬。庭の柵の下を通って、俺のところに泥だらけで駆け寄ってきてた……」
「つまり?」
「リーナ、お前の小さな体なら、この鉄線の下をくぐれる」
リーナが、ハッとしたように目を見開いた。




