間話/イバラ姫と憎しみの炎
「イバラ姫、お前がこの国の王になるのだ」
ある日突然、私はそう告げられた。
「ーーあの愚か者は、この我を、第一継承者である王子に殺させようとした!」
憎悪を滲ませ、父王が唸る。
その目は、かつて見たことがない程の、激しい炎が燃え上がったような目をしていた。
「母上の、ことでしょうか」
「そうだ!」
父上は拳を握り、王座の肘掛けを力の限り叩く。
私はそんな父上の姿を、これまで見たことがなかった。
ずっと、厳しくもあるが優しい父上の姿しか見たことがなかったからだ。
「ですが、母上はーー」
「あいつのことを、母などと呼ぶな!」
グラスを足下に投げられる。
破片が、冷たく床に散る。
「……っ」
それまで、父上と母上は非常に仲睦まじかった。
母上はとても優しく慈悲深い人で、よく市井の孤児院に出掛けていたような人だった。そんな母上に、父上は心底惚れ込んでいた。
父上に側室はいたものの、母上以外とは子を成しておらず、きっとこれからも、そんな二人の背中を見て育つものとばかり思っていた。
そして、全てが完璧で、人として尊敬をしていた兄上はーー
「うまく逃げおおせたつもりのようだが……二人とも見つけ出して、必ずーー殺してやる」
憎悪の炎が、点火する。
私の全てを、包んでいく。
「イバラ姫、お前は我の盾になれ」
父上が、私を見下ろす。
そこには、何の温度も見えない。
子としての慈しみは、今この瞬間、父王の中で燃えて消えた。
「必ず、おまえのその剣をーーあの王子にまで届かせろ」
「……御意」
跪き、床を見る。
もう元には戻らないグラスの破片が、きらりと怪しく光った。