17.西と東の境界線。戦争の匂い
「あと何時間ぐらいでつきそう?」
俺は馬車に揺られながら、横を歩く見知った兵に話しかける。
「一時間ほどだ」
「まだあと一時間もあるのかぁ……」
「これでも飛ばしている方だぞ」
長時間一緒にいたためか、すでに気安く話す仲になっていた。
……俺、一応勇者なんだけどな。
「ですから、わたくしが食べたいのは固形の果実ではないの!半固形状の果実なの!」
無礼を働いた兵たちを前に、なぜかリーナは強く果実論を展開していた。
兵たちは困ったように、しかしなんとか半固形状の果実を用意しようと慌てている。
……無礼なのはどっちだ。
「それ、違いはなんなんだよ」
俺が呆れながら言うと、兵たちが安堵したような雰囲気になる。
「全然違うじゃない。歯触りも、味覚も」
「おまえまじでめんどくさい奴だな」
「なんですって!?」
リーナが、またきゃんきゃんと喚く。
「大体半固形状って、幼児が食べるやつだぞ」
ふ、と兵たちが顔を逸らす。
別に堂々と笑っていいんだぞ。
「わたくしの味覚を子どもの味覚と一緒にしないで!」
リーナが真っ赤になって怒る。
「ですが、私もその気持ちは少しわかりますわ」
まさかの白雪がリーナを援護する。
「何事も、腐りかけが一番美しいといいますし」
「なんかおまえが言うと別の意味に聞こえて怖いからやめて……」
「こうなったら、西側の王に嗜好を聞くしかないわ!王族でしたら、きっと皆半固形派よ!ほら、今すぐかけなさい!」
リーナが、戸惑う兵に魔法通信を押し付けようとする。
「おいバカ!そんなくだらないことのために魔法通信使おうとするな!」
俺はおかしい奴ばかりの現状に、心底げんなりとした。
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「ーーほら、ついたぞ」
そんな話ばかりしていると、兵に声をかけられる。
目の前には、いつのまにかどこまでも続く鉄線の景色が広がっていた。
その無機質な景色のあまりの冷徹さに、俺は少し寒気を覚えた。
「……境界線ですね」
「あぁ」
兵が、少し硬くなった声で言う。
「ここで、東側の兵に引き渡す」
「どうやって?」
俺が困惑すると、兵は鉄線についていた魔法通信を手に取った。
「これで、連絡を取る。それが向こうへ唯一の伝達手段だ」
「……」
肌で感じられる戦いの空気に、俺は黙るしかなかった。
「向こう側が応じれば、通行が許可される」
「ちゃんとわたくしの通行手形の効力を伝えなさいよ」
「……承知致しました」
兵が神妙に頷く。
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「ーー許可が出たようだ」
兵が、俺たちにそう告げた。
「すぐに来るはずだ」
「わかりましたわ」
白雪がこくりと頷く。
「なぁ……ひとつ聞いてもいいか」
「なんだ」
「その……」
俺はかなり躊躇ったが、聞いてみる。
「おまえたちも、戦場に行くのか?」
「あぁ。命が出れば」
「……」
俺は黙ってしまう。
元の世界では、ニュースや教科書でしか見たことがなかった世界だ。
それが今、目の前にある。
ーー本物の、戦場だ。
「その、気をつけろよ。これからも。色々と」
「あぁ。おまえたちもな」
ふっ、と兵が笑った。
そうか。彼も"人"なんだ。
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「ーーそちらが、西の国の来賓か?」
硬い声がする。
俺がその声の方を見ると、鉄線ごしに東側の兵が見えた。
胸の紋章が、西側とは違っている。
「そうだ」
兵も、低い声で応戦をする。
「では、鍵を」
二人が鉄線に近づき、それぞれの紋章の入った魔法石のようなものを取り出した。
そして、ガチン、という重々しい音が響き、鉄線の中央がゆっくりと開く。
「お待ちしておりました。西の国の王女様と、その御一家様。東側は、あなたがたを歓迎致します」
「……」
凄まじい空気だ。
「えぇ。ありがとう」
リーナが、堂々と鉄線を潜る。
俺は、はっと気がつき、兵に魔法通信を返そうとした。
「これ……」
「いや、いい。持っていろ」
「え?」
俺は瞬く。
「それは東側では使えないが、この緩衝地帯であれば繋がる。また南の国から戻ってきた時のために、持っておけ」
「……あぁ」
俺はその言葉を受け、魔法通信をそっとカバンにしまった。
「……またな」
「あぁ」
そうして、俺たちは、東側に足を踏み入れた。
……まさか、この先、この国でーー歴史を揺るがす大事件が起きるとも知らず。