16.西側の王登場。……イケメンでムカつくな
コンコン。
西の国と比べるといくらか質素な扉が叩かれる。
「……入れ」
ただそれだけの言葉が、空間の温度を変えた。
低めのテノールボイスが、扉の先から聞こえる。
「失礼します、王」
兵士が言いながら、扉を開ける。
「……誰だ?」
執務室、といっても差し支えない簡素な部屋に佇んでいたのは、銀髪高身長のーーとんでもないイケメンだった。
「国境付近にて捉えました、不審者たちです」
「スパイか」
「はい。自らを、"勇者"と」
「……勇者?」
王の完璧な表情が、少し崩れる。
「お言葉ですけど、」
リーナが口を挟む。
「この国の兵士は、事実確認も満足できずにわたくしたちを"スパイ"として拘束したんですの。その判断の軽率さ、万事に値しますわ」
「おまえ……っ」
兵の一人が血色ばむ。
「……いい。下がれ」
「し、しかし王よ……!」
「彼らは、本物の勇者御一行の可能性がある」
「え!?」
兵士が素っ頓狂な声を上げる。
「ーーその、痣」
俺の右腕に視線を向け、王が目を細める。
「確かに古代文書通りの模様だ。そして、そちらの女性ーー」
今度は、リーナに目を向ける。
「王族としての教育を受けた者特有の話し方と姿勢がある。そして少しの西側の訛り。その背格好からして、このお方はーー」
「えぇ。お察しの通り、西の国の第七王女、リーナですわ」
ぴん、と空気が張り詰める。
「な、しかし、王女は16歳で……!」
「呪いですわ。ご存知なかったの?」
ふん、とリーナが皮肉そうに鼻を鳴らす。
「この国の無礼をお詫び致します、リーナ姫様。そして、勇者御一家様」
王が膝をつき、頭を下げる。
兵士やその場にいた側近たちも、王の後に続き全員が頭を下げた。
「本当よ、無礼者」
リーナは、ここでようやく溜飲が下がったようで、張り詰めていた空気が、少し緩和された。
「王族パワー……」
「さすがですわね。場を動かすのが抜群にうまい」
俺が呆然と呟くと、白雪が静かに王を見てそう呟いた。
「っ大変、失礼を致しました……!こ、このお詫びは、私の命を持って……!」
「やめろ」
一人動いた顔が真っ青な先程の兵に、王が静かに制止をかける。
「この処罰は、私の命を持って。いかようにも」
「……っ」
王がそう言うと、兵がさらに真っ青になる。
いやいやいや、リーナがめっちゃ偉いのはわかってるけど……
俺が困惑していると、リーナが深い溜息を吐いた。
「ーーいいわ。あなたたちの覚悟をもって、全ての非礼を許します」
「……!!」
その場の全員が、息を呑むような音がした。
「おまえ、やるじゃん」
「うるさいわね」
リーナがめんどくさそうに俺をこずく。
「リーナ姫様の寛大なお心に感謝致します」
王が胸に腕をあて頭を下げると、ぎゅっと目と口を瞑り、先程の兵士も頭を下げた。
「もう、いいわ。それよりも、わたくしたちは東側へ早急に渡らなければならないの。そのための足を手配してちょうだい」
「承知致しました。すぐにでも」
王は、隣に控えていた側近へ素早く指示を出す。
白雪は、その様子をじっと見ていた。
「しかし、身分の高いリーナ姫様ご自身が行かれるとは、よっぽどのことでは?」
「南の国が、北の魔女に襲われるという予言が出ましたの。わたくしたちは、その警告を届けるため南の国へ渡るつもりですわ」
「なるほど……」
王が少し考え込む素振りをする。
「何か、思い当たることでもあるのでしょうか」
白雪が尋ねる。
「ここ最近、南の国では行方不明者が増えたとの噂がありまして」
「え?」
「数そのものはそこまで注釈するようなものではなかったのですが……少しばかり、気がかりだったのです」
「そうでしたのね……やはり、南の国には現在も北の魔女が絡んでいる可能性が高いわ」
リーナが硬い声でそう言う。
「予言と実際の兆候が一致している以上、早急にな対応が求められます。我が国としても、最大限の支援を惜しまないように致します」
「えぇ、頼んだわ」
リーナが満足そうに頷く。
「馬車の用意ができました」
兵が声をかける。
「もう出発か?」
「そのようですわね」
白雪がにっこりと微笑む。
「あぁ、そうだわ」
リーナがぽん、と手を叩く。
「護衛には、この者をつけて欲しいわ」
リーナが、先程の失礼な兵を指差す。
「わ、わたしですか!?」
「えぇ。今度はしっかり、わたくしたちを境界線まで送り届けなさい」
兵士は、目を見開き、深く頭を下げた。
「はい。この命を持って、必ずや」
「大袈裟ね」
リーナがふん、と鼻を鳴らした。
「では、道中何かあればこの魔法通信で仰せください」
王が、机に置かれていた魔法器具のようなものを俺を手渡す。
「西側内でしたら、繋がります」
「おぅ。ありがとな」
この世界の通信機械か?
これが何でどう使うのかさっぱりわからんが、とりあえず俺は神妙にそれを受け取っておく。
ーーなんか、このイケメンに使い方を聞くのはちょっと癪だったからだ。
「ご武運を」
王が、控えめに笑った。