9.親指姫と呼ばれる理由
「……で、言い訳を聞こうじゃないか」
俺は膝を打って、白雪に詰め寄る。
白雪はといえば、優雅にハーブティーを飲んでいた。
「使えると思いましたの」
「何が!何に!!」
俺がちょっとぷんすかすると、白雪がことりとカップを上品に置く。
「それはーー」
「あんたたちの考えることなんてお見通しよ。どうせ、この国の後ろ盾が必要なんでしょう?」
「後ろ盾?けど今更どうしてそんなものが必要ーーって、なんでお前までここにいるんだ……」
そこには、頬杖をついて椅子に座るリーナ姫がいた。
「わたくしも連帯責任で軟禁になったのよ。全く余計なことをしてくれたものね」
はぁ、とため息をつく。
「大体、何よ。あんたたち。勇者と亡国の姫君?あんたたちがそんな大層なものに見えると思って?嘘も休み休み言いなさい」
「嘘ではありませんわ」
鼻を鳴らしたリーナ姫に、白雪が微笑む。
「つーか、元はと言えばお前が悪いじゃん」
俺はリーナ姫に、もはや敬語を使う気にもなれずタメ口で話す。
「いーえ!わたくしは悪くないわ」
ぷい、とそっぽをむくリーナ姫に、俺は眉間に皺を寄せる。
「いやだってお前が俺らを捉えなければ、白雪がこんな暴挙に出ることもなかったんだぞ」
「……それ、八つ当たりって言うのよ」
「そんなことよりも」
「おい」
白雪はあくまで白雪ペースだ。
「夜ごはんはまだですの?」
「出る訳ないじゃない。あなた、状況がわかってるの?」
「えぇ。もてなされるべきかと」
「凄くない?あなた……」
リーナ姫がちょっと引いてる。
「なぁ、俺らってこれからどうなると思う?」
「わたくしが知る訳ないわ!……けどまぁ、明日までには国一番の鑑定士ーー占い師を呼び寄せて、あんたたちの魔力を徹底的に調べるでしょうね」
「え!なにそのワクワクするイベント……!俺の勇者属性がみんなの前で判明しちゃって、崇められちゃったりする……!?」
「……本当に、救いようがない人たちね」
リーナ姫が呆れたようにため息をつく。
「そういえば」
白雪が、ふっとリーナ姫を見る。
「先程のーー、"親指姫"とは、どういう意味なのでしょう」
その単語を口にした途端、リーナ姫があからさまに沈黙した。
「ちょ、白雪……」
どう考えてもこれは言っちゃダメなワードだ。
俺が目に見えて焦っていると、リーナは、ふんと鼻を鳴らした。
「……別に。もう国中が知っていることだから教えてあげてもいいわ。わたくしはーー10歳の頃に、魔女に呪いをかけられたの」
「魔女。呪い、」
俺が思わぬファンタジー用語に気を取られその単語を呟くと、リーナが少し皮肉げに笑った。
「そうよ。あの恐ろしい魔女は、ある日突然気まぐれのように現れてーーわたくしが、永遠に子供の姿のままでしかいられない呪いをかけていったわ」
リーナ姫の目が暗くなる。
「だからわたくしはこう見えて、れっきとした16歳の大人なの」
「えー!?」
「……なによその反応」
「中身も幼いから、てっきり普通に10歳かと……」
「本っ当に無礼な男ね!」
リーナ姫が、またきゃんきゃんと喚く。
「解除はできなかったんですの?」
「無理よ。わたくしが魔法をかけられたのは、北の魔女ーー。この世界の闇を統一する、世界最強の魔女よ。今、どこにいるかすらわからない存在だわ」
「まぁ……」
白雪が気の毒そうにため息をつく。
「わたくしは、いつまでも親指のように小さいまま。だから皆から、"親指姫"と呼ばれるようになったのよ」
リーナがつまらなそうに話す。
「……あの、普通に魔女とか呪いとか言ってるけど……聞いていい?なんすかそれ」
「あら、今更勇者様ごっこなんてしなくていいのよ」
ふん、とリーナ姫が馬鹿にしたように笑う。
「ごっこじゃねーよ!俺、本当に勇者なの!」
「嘘よ。だって本物の勇者様は、ある日女神様のようにこの地上に光り輝きながら降り立って、東西南北全ての魔女を、3日3晩寝ずに一掃してくれるのよ!わたくし、本で見たもの!」
「……それは、児童書の内容ですわね。実際には少し違いますわ」
「やーい!やっぱおまえ子どもじゃーん!」
「っわたくしを子ども扱いしないで!!」
真っ赤になってわなわなするリーナ姫。
「魔女のお話ですが」
「あ、あぁ」
白雪が話し始める。
「この世界には、4人の魔女がいますの。東西南北それぞれの名を名乗っていますが、一人一人が強力な魔力を持ち、また、この世界の混乱と混沌を常に狙っていますの。彼女たちは神出鬼没ですが、戦火や疫病がある場所には、必ずその存在があります」
「つまり、世界征服を狙ってる、倒すべき敵ってことか……?」
「えぇ。概ねその通りです」
白雪がにっこり微笑む。
おいおい、なんか急に……勇者っぽくなってきたぞ……!
「なるほど!だから白雪は、俺たちの存在を大国に認めさせて、後ろ盾が欲しかったんだな!」
「それもありますが……」
白雪が話し出した途端、ばん!と扉が粗暴に開けられる。そこには、騎士服の一人がいた。
「占い師様が来られた。お前たちを隅々まで調べさせて貰う」
「お、きたきた鑑定占いイベント!いっちょやってやりますかー!」
俺はちょっとわくわくしながら、席を勢いよく立ち上がった。