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いつか離れていってしまう君へ、精一杯の愛を

作者: Yuki@召喚獣

 桐生飛鳥(きりゅうあすか)は俺の幼馴染で、恋人で、そして今を時めく人気女優だ。

 幼いころから一緒に育って、一緒に遊んで、一緒に勉強して、それで……高校生の頃にどちらからともなく思いを伝えあって付き合い始めた。


 その頃はまだ飛鳥は普通の高校生で、俺も普通の高校生で、ただの幼馴染の男女が恋人になっただけの、ありふれているわけでもないけどそれなりにどこでも聞くような話で、俺だって何も思ってなかった。

 けれども今、大学三年生になった俺と飛鳥の間にはどうしたって乗り越えられないくらいの壁とでも表現するべきものがあって、俺はどうしたらいいかわからなくなってしまっていて。


 なんだろうな。どこで間違ったんだろうって話じゃなくて、これはただ単に俺が弱虫だっただけの話で。

 こんな俺のそばから、いつかは離れていってしまうだろう飛鳥へ、それでも俺は俺なりに精いっぱいの愛を――











 飛鳥はもともと中学校の時に演劇部に入っていた。俺は演技にはそんなに興味がなかったから入らなかったけど、飛鳥が舞台上で演技をしている姿を見るのが好きだった。

 高校生になって飛鳥は演劇部に入らなかったけど、それでも時々俺と一緒にいるときに演技をして楽しませてくれた。


「なんで演劇部に入らなかったんだ?」


 なんて聞いたこともあるけど、その時にはこれといった答えが返ってこなくて、ぽつりと飛鳥がつぶやいた言葉だけが俺の耳にやけにこびりついていた。


「忙しいと、さみしいから」


 それから、俺と飛鳥は付き合い始めた。たぶん付き合い始めたきっかけは、飛鳥が部活を止めて時間ができたからだと思う。もともと幼馴染で仲がいいこともあって、俺と飛鳥が一緒にいる時間が増えて、そして俺たちは恋人になったのだ。

 高校生の頃は順調に交際をしていた。高校生らしく制服を着ながら放課後にデートをしたり、カラオケに行ったり、クリスマスを過ごしたり、バレンタインのチョコをもらって、ホワイトデーにお返しをして。


 そして、付き合い始めてしばらくたったころ、俺たちはお互いの初めてを捧げあった。

 喧嘩もしなかったし、周りからもからかわれるくらいにはいつも仲良くしていて、俺は確かに幸せだったと思う。


 潮目が変わったのは、お互いに努力して進学した大学で、飛鳥が芸能事務所にスカウトされたころだった。

 飛鳥は十人が十人振り返るような絶世の美女というわけではなかったけど、アイドルグループにいても違和感がないようなかわいらしい顔立ちをしていた。それに加えて、演技をしていた経験があるからか「周囲に溶け込む」みたいな力があって、それが芸能事務所の人の目に留まって女優としてデビューしてみないかという話になったのだ。


 飛鳥は俺に相談してきた。「女優として試してみてもいいものだろうか」なんて言われて、俺が断れるはずがなかった。

 だって俺は飛鳥が演技をすることが好きだって知っていたから。中学の演劇部では本当に楽しそうに部活をしていて、演劇部に入らなかった高校でだって俺や家族の前でよく演技を披露して。


 そんな飛鳥をずっと見てきたのに、飛鳥に降ってわいたこのチャンスを飛鳥から取り上げることなんて俺にはできなかったのだ。

 だから俺は理解ある彼氏のふりをして「飛鳥がやりたいなら全力で応援するよ」って声をかけたんだ。


 本当は飛鳥が遠くに行ってしまうような気がして芸能の仕事なんてしてほしくなかったくせに。ずっと俺のそばにいてほしかったくせに。

 そんな俺の気持ちを俺は自分で押し殺して、笑顔で飛鳥を送り出したのだ。


 それからは早かった。俺には芸能界のことはよくわからないけど、飛鳥はどうやらチャンスをつかみ取ったらしくて瞬く間にドラマに映画に引っ張りだこの人気女優になった。

 テレビで飛鳥のことを見るのは当たり前で、雑誌やインターネット配信なんかにも積極的に登場する。


 年の近い若い世代からの支持を得ながら、飛鳥は着実に人気女優の道を駆け上がっていった。

 俺はというと、その飛鳥をテレビの前から眺めることしかできなかった。











 まだ飛鳥が人気になる前の忙しくなかったころ、飛鳥はレッスンやちょっとした仕事をしながらも合間合間に俺と会っては恋人らしいことをして、連絡を取り合って、睦あったりしていた。

 この時の俺は楽観的な考えで、「飛鳥のことは応援しているけど、だからと言って飛鳥が人気になるとは思っていない」なんて思いで日々を過ごしていた。


 けれどもそんな俺の思いは瞬く間に打ち砕かれて、飛鳥は駆け足でスターへの階段を駆け上がってしまった。

 飛鳥が忙しくなり始めると、当然ながら俺と一緒に過ごす時間は減っていってしまう。それでも最初のうちは連絡を取り合って隙間時間に会ったりはしていたのだけれど、徐々に飛鳥からの連絡が減っていって、会う時間も取れなくなってしまっていた。


 飛鳥は別にアイドルではないけど、若い売り出し中の女優に恋人がいると知られるのはマーケテイング的に美味しくないから、という理由で公的には恋人はいないことになっている。

 だから俺の存在なんて言うのは世間からしたら存在していないのと一緒で、俺にはどうすることもできなかった。


 俺からはそれなりに連絡を送っていたと思う。でも既読がつくのはしばらく時間が経ってからで。返信が返ってくることもまれになっていた。

 テレビや、インターネット越しではない飛鳥の声を聴いたのはいつが最後だっただろうか。こんな状態で、俺と飛鳥は本当に付き合ってるって言えるのだろうか。


 ……いや、はたから見たら付き合ってるなんて口が裂けても言えない状態だっていうことはわかってるんだ。でも、俺は意気地なしで弱虫だったから、今の飛鳥の気持ちを飛鳥本人に確認することが怖くて、何もできなかったんだ。

 飛鳥は本当に忙しくなる直前、俺に向かって「待っててね」と口にした。


「待っててって、どういうこと?」

「んー……上手く言えないけど、とにかく、待っててほしいかなって」


 なぁ飛鳥、俺ずっと待ってるけど、そろそろ苦しいよ。











 その日は朝から土砂降りだったのに、昼過ぎには快晴になるような不思議な天気だった。

 俺は大学の友人たちと別れて一人ワンルームのアパートに戻って何とはなしにテレビを見ていた。


 そしたら、そこで――


「人気女優桐生飛鳥熱愛発覚!?」

「お相手は人気アイドルグループの――」


 眩暈がした。

 手に持っていたスマホを取り落として、ただ茫然とそのニュースを見ていた。


 パパラッチがとったであろう飛鳥とそのアイドルとの密会写真みたいなものが映し出されていて、それは仲睦まじげな様子に見えるようなもので。


「彼とは友達です」


 なんて、よくあるコメントが事務所から発表されていた。

 俺はただ、それを見ていることしかできなかった。


 悲しかった。飛鳥が俺以外の男と仲睦まじげにしていることが。

 悔しかった。その男はどう考えたって俺が勝てるような相手じゃなくて。

 苦しかった。飛鳥のことを何もわからなくなっていたことが。


 ただ、それと同時に激しい納得もあって。

 女優として前に進み続ける飛鳥と、しがない大学生でしかなくてその場に留まったままの俺。


 俺と飛鳥の距離なんていうものはとっくに見えないくらい離れていて、つまるところこうなることは必然だったんだって。

 俺だけが、それを直視したくなくて見ないふりをしていたんだって。


 それを理解してしまうと、堰を切ったように涙が溢れてきた。

 今更だったんだ。本当に今更気づいたんだ。


 俺、自分が思ってた以上に飛鳥のことが好きだったんだってことに。


 だから必死に見ないふりして逃げ出して、まだ恋人としてつながってるって思いこもうとして。

 馬鹿だなぁ……。本当に馬鹿だ。


 とっくに俺と飛鳥は住む世界が違ってたのに。俺は精いっぱいの愛を飛鳥に捧げてたつもりでも、飛鳥は、飛鳥は……!

 ――こんなに苦しい思いをするなら、飛鳥を好きになんてならなければよかった。なんて、一瞬でも思ってしまった自分が死ぬほど嫌いになって。


 飛鳥に迷惑をかけるわけにはいかなくて、飛鳥に渡すはずだった俺の愛をどこかの誰かに譲るしかなくて。

 でもそんなのすぐに見つかるわけないって、自分が一番わかってるんだ。


 呆然としていた俺の耳に鳴り響く、スマートフォンの着信音。取り落としていたスマートフォンを拾い上げれば、画面には久しぶりに「桐生飛鳥」の名前が表示されていて。


 俺は震える指で応答ボタンをタップした。


「……もしもし?」


 久々に聞いたような飛鳥の声は俺の指と同じように震えていて。


 なぁ飛鳥。俺弱虫で、飛鳥のことが大好きな意気地なしでさ。自分で言う勇気がないから、飛鳥から言われるまでずっと待ってるんだ。

 いつまで待てばいいかな? 俺はいつまでだって待つよ。


 いつか俺のそばから離れていってしまう君を――――


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