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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第1章 いつかの少年
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8 心霊調査

 委員会の仕事は苦ではないが、会議はあまり好きになれない。発言がない中の沈黙の時間は特に苦手だ。


 一年の頃から所属している放送委員会は、月一で定例会を開いている。翌月の放送企画をまとめる会議だが、新しいアイデアが出ることはほとんどなく、大抵は前年度に実施した企画を踏襲しておしまいとなる。


「他に意見のある者は挙手をお願いします」


 本日何度目かになる委員長の言葉が部屋に響く。もちろん誰の手も上がらない。

 毎回着地点の決まっている会議で新しい企画のアイデアなど出ようはずもないのだが、今年の委員長はやけに粘る。

 あくびを堪えながら窓の外の雨に目をやると、ガラス越しに副委員長の笹山と目が合った。


 まずい。


「矢口くん、何かありますか?」


 笹山が笑顔で起立を促してくる。


 ちくしょう。俺が企画に興味がないことくらい知っているだろうに。

 渋々立ち上がり、簡潔に答える。


「特にありません」




 会議後、机を片付けていると笹山が近付いてきた。予想はしていたのであからさまに面倒だという顔を作る。


「ちょっと矢口くん。なんでもいいからアイデア出しなさいよ」


 笹山が丸めた資料で机を叩いた。

 これ見よがしにため息をついてやる。


「そんなこといわれても特に思いつかないよ。裏方で機械の操作してる方が性に合ってる」

「校内放送に有名アーティストを呼んで対談したいとか、なんでもいいのよ」

「予算どうすんだよ」

「来月の会議では発言しなさい。指名するから」


 いいたいことをいい残すと放送室からさっさと出て行く。今度は本当にため息が出た。


 去年から何度もくり返している笹山とのこのやりとりもいい加減面倒だ。来月の会議では適当な企画でも放り投げてやろうか。校内放送で横溝セレクションのクラシック特集をしようとでもいっておけば十分に務めを果たしたことになるだろう。


 放送室を出て鍵をかける。

 時計は十八時半を回ろうとしていた。日暮れにはやや早いが、雨雲のせいで外は薄暗い。さっさと帰ろうとしたが、折りたたみ傘を教室に忘れてきたことに気付く。さすがにこの雨の中で傘をささないわけにはいかない。どのみち鍵を返すために職員室へ行かなければならないし、少し遠回りして教室へ寄ることにする。


 放送室のある西棟から渡り廊下を通って東棟へ向かう。渡り廊下は四階、放送室と二年七組の教室も同じ四階だ。

 キーリングに指をかけ放送室の鍵をくるくると回しながら、まっすぐに教室へ向かう。安物のプレートがチャラチャラと音を立てた。


 傘をとって教室を出ると、階段の方から足音が近付いてきた。小さな話し声も聞こえてくる。見回りの先生だろうか。

 廊下を曲がったところで、突然、光を向けられた。光の向こうから、ぎゃあという悲鳴と何かが床に転がる音が響く。


「なんだ矢口か。驚かすなよ」


 懐中電灯を手に現れたのは、二年の松岡だった。その足元には同じく二年の平山がひっくり返っている。クラスは違うが、二人とも芸術選択が同じ音楽組だ。


「驚いたのはこっちだよ」


 階段前で腰を抜かしている平山に手を差し出す。


「何やってんだよ、こんな時間に」

「決まってんだろ、心霊調査だよ。オカルト研としては校内の怪談はほっとけないからな」

「ああ、例の噂ね」


 高谷がいっていた女生徒の幽霊の話だろう。どうやらだいぶ広まっているらしい。


「そうそう。目撃情報もいくつかあるし、これは調査が必要ってさ」


 俺の手をつかんで立ち上がった平山が胸を張った。さっきまで腰を抜かしていたことには触れないでおこう。

 それにしても。


「二人とも漫画研究会じゃなかったか?」

「掛け持ちだよ。俺の興味は一つの部活じゃ収まらなくてね。平山なんか美化委員も入ってる」

「よくやるな」


 思わず呆れた声が出てしまった。俺にその積極性の半分もあれば、笹山に文句をいわれることもないんだろうけれど。


「委員会はただの内申稼ぎだけどな。美化委員なら楽だし」


 へへと平山が笑う。

 なんにせよ、楽しそうで結構だ。


「それで、お化けは見つかったのか?」

「なんにも。北と西も回ってきたんだが、ラップ音一つならない」


 つまらないといった口調で松岡が首を振った。平山も口を尖らせている。俺としては普段生活している場所が心霊スポットにならなくて一安心だ。


「隊長、それでは東棟四階の調査を続けます」


 松岡がふざけて敬礼をした。平山もそれに倣う。


「うむ、励みたまえ諸君」


 悪ノリで返すと、元気よく「了解!」と返事が重なった。


 笑いながら階段を降りかけたところで、階上でパタパタと足音が響いた。少し考えたが、足を止めて松岡と平山が戻るのを待つ。陽が傾いてあたりは薄暗くなっていた。雨が窓ガラスを叩いて流れていく。

 しばらくすると懐中電灯を振り回しながら二人が戻ってきた。


「そろそろ帰らないか。雨も強いしさ」


 窓の外を指しながら促す。松岡が頷いた。


「そうだな、腹も減ったし。五階を回ったら帰るよ」


 二人は懐中電灯でお互いの顔を照らしながら五階へ上がっていく。少し迷って、俺もその後に続いた。


 さっきの足音は高森じゃないだろうか。

 さすがに二日続けて掃除用具入れに隠れていることはないと思うが。


「ちょっとついていっていいか。俺もお化けに興味ある」

「いいよ」


 平山が人のいい笑みを浮かべた。松岡が不満気に鼻を鳴らす。


「お化けっていうなよ。雰囲気が台無しだろ」

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