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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第4章 吾唯足知
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33 宛先不明の手紙

 昼を終えて、二年七組の教室に戻る。午後の打ち合わせにはまだ時間があるという矢口も一緒だった。

 歩きながら、矢口に訊ねる。


「舞台の出演枠って、あといくつだっけ?」

「二つ。けど多分、もう埋まるな。バンドやりたいっていってた一年がいたから」

「あれは? けん玉パフォーマンス」

「〈5連とめけん〉をマスターしてないから、今回はパスだって聞いた」

「そうか。そんじゃ、舞台の方はほぼ確定だな。あーあ、リコーダー部と合唱部のリハ時間の話、どうすっかなあ」


 頭の後ろで腕を組みながら、渡り廊下をのろのろと歩く。


「で、〈5連とめけん〉って何?」

「俺も知らない」

「お互い無知ですな」

「いやまったく」


 笑いながら教室のドアを開ける。中に入ると、教室の真ん中に集まっていたクラスメイトが一斉に振り向いた。いつもとは少し違う空気に、思わず一歩下がる。


「お、高谷、矢口、ちょうど良かった。お前らも知恵貸せよ」


 手招きする内田に応えて、輪に入る。


「なんだよ。なんかあったのか?」


 不審に思って訊ねると、久保がにやりとした。


「小野がラブレターもらったんだよ」

「ラブレター?」


 ちらりと小野を見ると、気まずそうな顔で頭をかいている。その視線の先には、うすい桜色の封筒があった。

 机に置かれた封筒を指して、久保がからかうような笑みを見せる。


「靴箱に入ってたんだ。さっき飯食いに出た時に見つけた。まったく、モテる男は違うぜ、なあ?」

「ああ、羨ましい話だよな」


 久保の視線を受けて、内田もにやりと頷く。おもちゃを見つけたような二人の表情に、小野が不満気に頬を膨らませた。


「それで、知恵ってどういうことだ?」


 隣にいた矢口が、やんわりと口をはさむ。


「ラブレターなんだろ? そんなに困るようなことでも書いてあったのか?」


 確かに。愛の告白に「知恵を貸せ」というのはよくわからない。余程の無理難題が書かれているのか、あるいは悪筆すぎて読めないか。……さすがに暗号で書かれてるってことはないと思うけど。

 手紙を取り上げた久保が、矢口に手渡す。


「読んでみろよ」

「いいのか?」


 矢口が小野をちらりと見る。視線を受けた小野が、難しそうな顔で頷いた。

 丁寧な手つきで矢口が手紙を開く。かさりと音を立てて出てきたのは、封筒と同じ桜色の便箋だった。さっと目を走らせた矢口が、便箋を俺に差し出す。のぞき込んだ先には、小さな丸い字で一文だけ書かれていた。




〈 三時 第二音楽室でまってます 〉




 思わず視線を送ると、矢口は無言で肩をすくめて見せた。


「差出人が書いてないんだ。時間と場所が指定されてるけど、日付はないから今日かどうかわかんないし。どうしたもんかなって話してたんだよ」


 内田が楽しそうに便箋を指差す。


「ラブレターに自分の名前を書き忘れるなんて、うっかりしてるよな」


 絶対ドジっ子属性だぜといいながら、久保がにやりとした。


「いや待て、その判断は性急だ。名前を書きたくても恥ずかしくて書けない、奥ゆかしい子かもしれない」

「大和撫子か。ありだな」

「だろ?」


 顔を合わせてにやにや笑う内田と久保に、小野が口を尖らせた。


「さっきから勝手に話を進めんなって。大体、差出人どころか宛名だって書いてないし、俺への手紙じゃないかもしれないじゃん。この内容じゃ、ラブレターかどうかもわかんないしさ」

「靴箱に手紙っつったら、ラブレターか果たし状って、相場は決まってんだよ」

「じゃあ果たし状かもしんないだろ」

「ばっかお前、こんなピンクの便箋に果たし状なんか書くかよ。これは間違いなくラブなレターだ」


 小野と久保がいい合う横で、内田がけたけた笑う。


「なあ、長澤、これ絶対ラブレターだよな。女子の意見を聞かせてくれよ」


 唐突にくるりと振り向いた久保が、クラスの女子に問う。急に指名された長澤は目をぱちぱちさせた後、手紙に顔を近付けてじとりと睨んだ。肩まである髪の毛先をくるくると指先に巻き付けながら、長澤が力強く頷く。


「うん、これはラブレターで間違いないわね。そういう香りがするもの」

「なんだよ、長澤まで」


 情けない声をあげる小野を無視して、クラスメイトたちは口々にいい合いをはじめた。


「誰だろ、六組の奥谷とか? 前に小野のことタイプだっつってたし」

「二組の小倉は? あの子ピンク色好きだよね?」

「絶対に一年か三年よ。二年の女子は協定を結んでるもの」

「なんの協定だよ?」

「小野くんはみんなのものだから、告白とかの抜け駆けは絶対NGって。名付けて〈みんなの小野くん保護協定〉」

「アホか」

「待て待て、条件を確認しようぜ。今日登校してるヤツで、小野に気があるヤツってことだろ?」

「範囲広すぎ。小野くんの女子人気舐めてるでしょ」

「夏休みっつっても、文化祭の準備とか部活動とかで、みんな学校に来てるからなあ。さすがにこの中から手紙の差出人を特定するのは厳しいんじゃねえか?」


 好き勝手に騒ぐクラスメイトの顔は、みんな生き生きとしていた。他人の恋路をつつき回すのは楽しいらしい。

 賑やかな輪から少しはずれたところで、不思議そうな顔で手紙を見つめる矢口に近付く。


「どうした?」

「いや、特に香りはしないと思って。長澤さん、何の話をしてたんだろ」


 文香とかも入ってないしと首を傾げる矢口の肩を、ぽんと叩いて首を振る。どうやら本気でボケているらしいので、深くはつっこまない。


「小野、どうすんだよ」


 しばらく騒いで満足したのか、内田が小野に声をかけた。一人困った顔をしていた小野が、不貞腐れた声で返事をする。


「なにが?」

「行くのか? 第二音楽室」


 期待に満ちたクラスメイトの眼差しに、小野は気まずそうに頬をかいた。


「行かない……かなあ」

「なんで?」


 思わず詰め寄った俺に、小野は驚いた顔で身を引いた。


「いや、誰からの手紙かわからないし。そもそも、俺宛かもわかんないから」


「心当たりはないのか?」という矢口に、小野は「まったくない」と首を振る。

 ほんの少し白けた空気の中、久保が思い切り両手を叩いた。ぱしんという大きな音に、全員の注目が集まる。


「よし、それじゃ、みんなで行ってみようぜ」

「お、いいな、それ。面白そうだ」


 久保の提案に、すかさず内田が同意を示す。


「ダメだって。ほんとに誰かいたらどうすんだよ」


 慌てたように小野が両手を振り回した。


「もし告白するために待ってる子がいたら悪いだろ」

「そう思うんなら、なんで行かねえんだよ」


 腑に落ちないという表情を見せる久保に、小野が拗ねたように口を尖らせた。


「だって俺宛じゃないかもしれないのに、そんな図々しい真似できるかよ。靴箱には出席番号しか書いてないんだぞ。間違って置かれたものだったらどうすんだよ」


 ぼそぼそと呟く小野を意外な気持ちで見つめていると、目が合った小野が不貞腐れた顔で睨んできた。


「なんだよ」

「いや、自分宛じゃないかもしれないなんて、小野でもそんなふうに思うんだなって」

「当たり前だろ、俺をなんだと思ってんのさ」


 心外だと小野が頬を膨らませる。

 久保が両手を二回叩いて教室を見回した。


「それじゃ、三時に第二音楽室ってことで。いいな?」

「だから、やめとけって。悪趣味だろ」


 クラスメイトの「賛成」という合唱に、小野が待ったをかけた。


「だいたい、午後は買い出しに行く予定だろ? 遊んでる場合じゃないって」


 真面目な顔で釘を刺した後、両手を腰にあてたポーズで「ちょっと男子ー、真面目にやってよね」とおどけて見せる。クスクスという笑い声の中、久保が「ちぇ」と不満そうに呟いた。


「リーダーがダメっつうなら仕方ねえな。ほら久保、不貞腐れてねえで仕事の続きやんぞ」

「へいへい、わっかりやしたよ」


 内田の声に、久保が舌を出して動き出す。


「せっかく面白そうなイベントだと思ったのになあ」


 文句を言う久保を矢口が「まあまあ」となだめた。


「行かなくて正解だったと思うよ。たぶん、行っても誰もいないだろうし」

「なんでわかるんだよ?」


 不思議そうな顔で久保が訊ねる。その横で、内田も頷いた。


「なんだよ、矢口。その手紙の主に心当たりでもあるのか?」

「一応ね」


 軽い調子で頷いた矢口に、全員の視線が集まった。


「久保くんのいう通り、これはちょっとしたイベントなんだよ」


 微笑んだ矢口が、俺を振り返る。


「なあ、そうだろ? 文化祭実行委員」

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