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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第4章 吾唯足知
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27 あまい、甘い

 シフォンケーキを鞄にしまう。小腹も空いたことだし味見をしてみたかったが、図書室は飲食禁止だ。楽しみは後にとっておくことにする。


 他に仕事もないので、とりあえず古本市のポスターを探す。数分後、ようやく見つけたポスターは、引き出しの奥で丸くなっていた。くしゃくしゃになったポスターをカウンターに広げる。横から覗き込んだ真木が眉間に皺を寄せた。


 ……正直、あまり出来が良くない。


 白い画用紙に黒マジックで〈平成二十五年図書委員会古本市〉と書かれたポスターは、シンプルというより明らかに作りが手抜きだった。端の方に無造作に貼り付けられた本のイラストの切り抜きは、インターネットのフリー素材をプリントしたものだろう。


「去年ってこんな感じだったっけ?」


 思わず真木に訊ねる。


「思い出した。去年の委員長が『図書委員会の古本市は、例年シンプルイズベストがテーマだ』といっていた」


 真木がうんざりしたようにため息をついた。


 言われてみれば記憶が甦ってくる。「図書委員会の伝統を尊重して、できる限りシンプルにするべきだ」との当時の委員長のお達しで、去年は図書室の机に古本を平積みにして並べるだけの簡素な作りとなった。店というより「引越しの途中です」というような有様に、訪れた客の何人かから失笑を買ったような気がする。病み上がりであまり覚えてないけど。


 手元のポスターに目を落とす。さすがに二年連続でこれじゃ、あまりにもひどい。

 仕方ない。


「そんじゃ、一から作るか」


 真木が頷いた。


「どれを使うかは最終的に図書委員会議で票を取るとして、とりあえずいくつかラフ案を作っておこう。三つか……四つくらいでいいか?」


 引き出しからA4のコピー用紙を取り出す。指先で鉛筆を回しながら、さて何から描こうかと考える。

 別の引き出しから色鉛筆を取り出した真木が、ぼそりと呟いた。


「別にポスターのデザインくらい、私たちで勝手に決めていいと思う。どうせ誰も興味ないだろうし」


 まあ、確かに。


「そうかもしんないけど、古本市は図書委員会全体で企画してるイベントだ。一部だけで決めてちゃ意味ないだろ?」


 実際に動くのは数人だけかもしれないが、それなら尚更、会議で委員全体に話を通す必要はある。自分たちが預かり知らないところで話が進んでしまったら、普段からやる気のない連中だって、あまり良い気はしないだろう。その気持ちは、たぶん小さな棘になる。


「普段の図書委員の仕事だって、俺たちだけじゃ手が届かないこともあるしさ。面倒だったり不公平だったりすることはあるかもしれないけど、何かを動かすには人手がいるし、組織で活動するには最低限の気配りは必要だよ」


 真木のいうことも一理ある。わざわざ手間と時間をかけて全体の承認を得るより、動いてるやつだけで片付けた方がはるかに効率的だ。それでも。

 棘は、できるだけ少ない方がいい。


「ま、浮世の義理ってやつだな」


 へらりと笑ってみせると、真木は小さく頷いた。




 カウンターに並んで、二人でさらさらと鉛筆を走らせる。

 ポケットから携帯電話を取り出した真木が、しばらく画面を睨んで徐に立ち上がった。


「ちょっと棚で資料を探してくる」


 そういうと携帯電話をぱたんと閉じ、早足でカウンターを出る。奥の本棚へと消えていく後ろ姿に「はいよ」と返事をしながら、ポスター案が描かれた紙を消しゴムで擦った。消しゴムのカスをゴミ箱に落とし、途中まで描いたアイデアを並べてみる。


 図書室があるのは西棟の端だ。あまり客足がつくような場所ではない。文化祭当日は人手不足が予想されるので、繁盛され過ぎても困るというのが正直なところだが、だからといって閑古鳥が鳴くのも侘しい。去年を思い返してみても客数はさして期待できないが、せめてポスターくらいは人目を引くものを用意したい。


 宣伝用に可愛らしいキャラクターでも作ろうか。何か動物とか……そういや、今年の干支は午だっけ、未だっけ?


 鉛筆の端でこめかみを軽く叩きながら頭をひねっていると、入口のドアがぎいと音を立てた。顔を上げた先、図書室のドアの隙間から、ぴょこんと百瀬が顔を覗かせる。カウンターに座る俺を見つけると、嬉しそうに手をぱたぱたとさせながら後ろ手でドアを閉めた。


「たかやくん、今、ちょっといい?」

「大丈夫だよ、どうした?」


 紙と鉛筆を端に寄せ、カウンター越しに微笑む百瀬に頷く。


「最近あまり会えなかったから、どうしてるのかなって気になってたの。元気だった?」

「もちろん、めちゃくちゃ元気だよ」


 より正確にいうなら、たった今、元気百パーセントになりましたよ。


「あのね、今日はこれを返しに来たの」


 そういうと、百瀬は手にしていた傘を差し出した。見覚えのある紺色は、先月、俺が百瀬に貸したものだ。


「いつまでも借りっぱなしにしちゃってごめんね。なんだかすごく忙しくって、なかなか会いに来れなかったの」


 上目遣いに「怒ってる?」と百瀬が訊ねる。大きめのカーディガンの袖からのぞく指先が可愛い。


「まさか、怒ってないよ。いつ返してくれても構わないやつだから、気にしなくていいって」


 君の手にあるならその傘も本望だよ。


 よかったあと嬉しそうな顔をした百瀬が、持っていた紙袋をカウンターにのせる。


「それと、たかやくんに渡したいものがあって」

「俺に?」


 紙袋の中に手を入れた百瀬が、小さな包みを取り出した。やわらかなクリーム色の包装紙にくるまれた小さな箱に、淡い桜色のリボンが緩くかかっている。リボンの端が不揃いなので、素人のラッピングだと一目でわかった。


「今日、総合科二年は全クラス調理実習だったの。上手じゃないかもしれないけど、食べてくれたら嬉しいな」


 照れたように笑う百瀬の頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。


 思わず「あ、うん」とだけ呟いて包みを見つめる。調理実習で作ったということは、つまり手作りだ。天使が作ったものを頂けるとはなんたる僥倖。六曜を気にする習慣はないが、今日は絶対に大安だ。


 嬉しさと驚きで固まる俺の目の前に、百瀬が包みを差し出した。


「こないだの御礼に」


 桜色のリボンがくるりと揺れる。

 慌てて手を伸ばして受け取ると、百瀬の指先がやわらかく触れた。叫び出しそうになるのを堪えながら、声を絞り出す。


「い、や、そんな、ご丁寧に、どうもありがとうございます」

「こちらこそ。傘、ありがと」


 鈴を転がすような声がふわりと響き、桜色の唇が弧を描く。その唇に人差し指をあてて、百瀬はぱちりとウインクした。


「ひとつ、あたりがあるの。楽しみにしてて」

「あたり?」


 ということは、中に何かが入っているのだろうか。箱のサイズを見るに、多分クッキーとかだと思うんだけど。もしかしてロシアンルーレットみたいに、ひとつだけすごい隠し味があるのかもしれない。辛子からしとか山葵わさびとか。


 ちらりと目線を上げて百瀬を窺うと、いたずらを隠すような瞳がぱちりと瞬きをした。

 ……いや、天使の手作りなら、辛子でも山葵でもキャロライナ・リーパーでも構わない。


「ありがとう。楽しみにしておくよ」


 そう返すと、百瀬はにこりと頷いた。


 紙袋を丁寧に畳んで鞄にしまった百瀬が、「じゃあね」と手を振る。そのままドアに向かいかけて、思い出したように足を止めた。


「そういえば、文化祭の実行委員はどうなったの?」

「雑用だけでいいっていうから、一応引き受けたよ。毎年人手不足みたいだからさ」


 最初はクラスのまとめ役なんてのは柄じゃないと渋ったが、裏方だけで構わないからという小野の説得に折れた。仕方なく頷いた俺の隣でクラス委員がバンザイをしていたから、余程なり手がいなかったんだろう。そりゃそうだ。部活動が盛んな烏山高校では、ほとんどの生徒が何らかの部活に所属している。文化祭では各部とも企画やパフォーマンスに力を入れているから、生徒の大半はその準備に追われて実行委員どころじゃないに違いない。


「わあ、素敵! 楽しみね」


 ぱっと笑った百瀬が、両手をぱしりと合わせた。


「興味があるなら、百瀬も来てみるといいよ。実行委員じゃなくても、手伝いはいつでも大歓迎だからさ」

「ほんと? 嬉しい! それじゃ、お手伝いに行くね」


 嬉しそうな笑顔に、こちらも笑みを返す。そんなに楽しみにしてくれるなら、面倒事を引き受けた甲斐もあるというものだ。百瀬と一緒に文化祭の思い出を作りたいという下心も多分にあるけれど。


 あ、と小さく声をあげた百瀬が、ポケットから携帯電話を取り出して開く。


「たかやくん、ごめんね。そろそろ時間だから、私行くね」


 少し慌てたように携帯電話をしまう百瀬に訊ねる。


「部活?」

「ピアノ教室。もうすぐコンサートなの」


 へえと驚いた俺に、百瀬は照れたように笑った。


「百瀬、ピアノ弾けるんだ。かっこいいな」

「そんなことないよ。まだ全然下手だし」


 天使とピアノとは、なんと理想的で絵になる組み合わせだ。神様はよくわかっていらっしゃる。


「楽器ができるってかっこいいよな。そうだ、文化祭で演奏してみたら? 舞台の個人出演枠に、まだ空きがあったと思うし。俺、推薦するよ」

「それは、ちょっと恥ずかしいから、だめ」


 百瀬がピアノを弾く姿を見たいと思ったが、本人にあっさりと拒否された。


「残念。聴いてみたかったのに」


 恥ずかしいというなら仕方ない。奥ゆかしさも天使の美徳だ。

 ほんの少し頬を膨らませた百瀬が、ぽそりと呟く。


「たかやくんだけだったら聴いてもらってもいいけど……」


 上目遣いの目がちらりとこちらを見た。


「たかやくん、好きな曲はある?」

「へ?」


 急な問いに慌てて頭の中のレコードをひっくり返すが、どれにもタイトルが書いていない。


 運動会のかけっこでよく流れるやつって何だったっけ? 〈天国と地獄〉? いや、ああいう元気な感じの曲じゃなくて、なんかこう、もっと綺麗なメロディの……


「ドビュッシーの〈月の光〉……とか」


 かろうじて覚えていた曲名を口にすると、百瀬がにこりとした。


「いい曲よね、〈月の光〉」


 たかやくんはドビュッシーが好きなのねと微笑む百瀬に、曖昧に笑って頷き返す。

 好きというより、他に曲名を思い出せない。中学までの音楽は不得意というわけではなかったが、ドビュッシーをドビッシューだと間違えて覚えていた程度の興味しかなかった。中二の期末試験でバツをもらい、母に爆笑された思い出から、何となく記憶にあっただけだ。


 両手を身体の前でそろえた百瀬が、妙にかしこまった仕草で深々とお辞儀をした。


「リクエスト、お受けします」


 頭を上げ、花が開くようにふわりと笑う。


「いつか聴かせるね。約束」


 思わず見惚れた俺に小声で耳打ちすると、伸ばした小指の先を頬にあてて、百瀬はいたずらっぽい笑みを見せた。

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