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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第1章 いつかの少年
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7 かくれんぼの謎

「そういや、俺も見たぜ〈保健室の高森さん〉」


 ふいに高谷が顔を上げた。

 思いがけず聞いた高森の名に心臓が揺れる。


「ついさっき、美術の時間にちょっと指を切っちゃってさ。保健室に絆創膏をもらいに行ったんだ。そしたら高森がいて養護の新川先生と話してた。新川先生が、とにかく自分を傷つけないようにしなさいって諭してたみたいだったし、腕が包帯でぐるぐる巻きにされてたから、多分リストカットとかそんなヤツなのかな。俺が入ったら高森が慌てて出て行ったから、詳しい話は聞いてないんだけどさ」


 なんかしんどそうな奴だなと高谷はいった。

 確かに、よくわからないがとにかく面倒くさそうだ。あまり関わらない方がいいだろう。

 けれど。


「あのさ」


 人は理由もなく泣いたりするものだろうか。


 いや、理由なく泣くかもしれないが、あんなふうに人前で大粒の涙をこぼすことがあるのだろうか。

 少なくともそんな経験は俺にはない。だからこれはただの好奇心で、俗っぽい野次馬根性だ。


「誰もいない放課後の教室に、一人で掃除用具入れに入っている理由って何かあるかな」

「なんだそりゃ、どんな状況だよ」


 高谷が呆れた声を出す。

 そうだね。説明しながら俺も同じことを思ったよ。どんな状況だったんだあれは。


「うん、まあ、例えばなんだけど」


 呆れた顔のまま、高谷が首をひねった。


「あんまり思いつかないけど、かくれんぼの練習とか?」


 なんてこったい。俺の発想は高谷と同レベルか。

 心の中でショックを受ける俺に気付かないまま、高谷が続ける。


「ホラー映画に出演する練習とか、掃除用具入れのプロフェッショナルとか。あとは可能性は低いけど一人になりたかったとか」


 最後が一番可能性があるんじゃないのかというつっこみは面倒なのでしないことにする。


「一人になりたいなら教室でいいだろ、誰もいないんだから」


 粟國が面倒くさそうな声で応えた。さっきからあまり話さないと思っていたら、どうやら眠くなってきたらしくあくびを噛み殺している。食べたら寝る。健康優良児だ。


「教室じゃなくて、さらにせまい掃除用具入れにいたってことは隠れてたんだろ。そいつ、何かから逃げてたんじゃないか?」


 隠れて悪事を企んでたって線もあるけどな、というと粟國は今度こそ大きくあくびをした。


 放課後の無人の教室。

 涙を溜めて睨みつけてきた彼女の顔を思い出す。


 そうか、あれは嫌悪じゃなくて恐怖だったのか。

 隠れて、怯えて、怖がって、逃げた。


 しまった。もしかしたら、俺はかける言葉を間違えたのかもしれない。


「参考になった。ありがとう」


 二人に向かって頭を下げると、粟國が右手をひらひらとさせた。


「礼なら形のあるものでな」

「いや、結局なんの参考になったんだよ。なんの質問?」

「本当にありがとう、粟國くん」

「あれ、俺は?」


 騒ぐ高谷を放置して立ち上がる。

 昼休みはそろそろ終わろうとしていた。


 雨は、まだ止まない。

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